ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
なんで逃げてるんだっけ?
思い返せば、発端は些細な喧嘩だった。
あんな言葉、本音じゃないのに。
無意識に込み上げていた言葉は、気づけば口から漏れていて。
止まることを知らない言の刃は、姉の心を深く刺していた。
それに気づいたのは、姉を傷つけてから公園に着くまでのわずか数分。家を飛び出してなければ、今すぐ謝れてたのに。
これじゃあ、帰りたくても帰りずらいなぁ。
とりあえず公園の綺麗目なベンチを選んで腰を下ろした。
「どうしよ」
思わず吐いた一言は、案外どうでもよさそうで。大して気にしてないような気がしてきて。なんか自己嫌悪。
「はぁ……」
さらにため息。
あんまり重たくないな。
もっと、重ためのため息じゃないと今すぐ家帰って姉に謝罪ルートで確定じゃん。早いよ。気まずいよ。
まだ、センチメンタルに浸ってたい。
だから私は、深く深呼吸したあとにもう一度特大のため息をこぼした。
「すぅ………………はぁ~~~~~~」
「すごいため息」
「はぁ!?」
すっとんきょうな声を上げてしまった。はずかし。
誰だか知られないが、とんでもないため息現場を目撃されてしまった。はずかし。
「すいません、大きな声出しちゃって」
私は逃げるように顔を背けた。
しかし、そいつは何故かまだ横にいる。というか私の横に座ってきた。
「こんな夜の公園でため息ついて。そっちもいろいろあったんだねぇ」
そいつの声には聞き覚えがあった。
ああ、そうか。
思い出したぞ。
彼の顔を見て確信する。
「出たな夜の帝王! お前の噂は知っている! か、顔がいいからってところかまわず手ぇだして。つ、ついに私にも手を出しに来たのか!? そ、そう簡単に私の貞操を破れると思うなよっ!」
私は全力で捲し立てながら、手刀受けの構えを取る。
「……はぁ。そんなんじゃないよ。てか、誰がそんなこといってたのか知らないけど。嘘だからね」
彼の顔は確かに不名誉な二つ名に憤りを感じてるように見えた。けして、あれよあれよと手をだしてきたことに誇りを持ってるやつの顔ではなかった。
なるほど、彼には申し訳ないことを言ってしまったな。
「あの、すいませんでした。私、いきなり失礼なことばかり言ってしまって」
「ん、誤解が解けてよかったよ。まあ、君もなんかあったんだよね。こっちもごめんね、いきなり話しかけて。偶然見つけて、二年になってから同じクラスなのにまだ話してないなーって思ってさ」
だから話しかけてきたのか。そういえば彼はクラスメイトだったなぁ。
まだ4月上旬なのに、まだ話してないという理由で私に声をかけてきた。
私のことが好きなのだろうか?
いやいや落ち着け。例えそうだとしても私には考えないといけないことがあってだな。
「大丈夫?」
「あっあはぁー。大丈夫でっせ。いや、ええ、まあ。姉と喧嘩しまして」
うわ。たどたどしいうえに変な語尾使ってしまった。彼が気にしてないことを願おう。
「そっかぁ~。きょうだい喧嘩かー。じゃあ、俺も似たようなもんかなぁ」
「あ、あなたもそうなんだ……」
しばらくの間を置いて、彼が口を開いた。
「あのさ、走らない? あそこの桜まで」
「え」
急に何を言い出すのか、彼は前方にある桜の木を指していう。
私が返答にまごついていると、
「よーい、ドン!」という合図を放って彼は走り出していた。
「え、ちょっと!」
私も彼に続いて走り出す。
先に桜の木についていた彼は、肩で息をする私と違ってまだまだ余裕を感じる。
何か運動でもしてるんだろうな。
「いい笑顔だねぇ。やっぱり走ると気持ち入れ替わるね」
まあ、たしかに走ると心が気持ちがリフレッシュする。
でも、私には彼の顔は見れないから。
「街灯も無しにこんな暗闇で他人の顔わかるわけないじゃん」なんて言ってしまう。
「推測だよ。なんとくそう思ったんだ」と答える彼の口調はおだやかで優しい。きっと笑ってるんだろうな。
そして私も笑ってる。
それから私は彼に別れを告げて、家まで走っていた。
ただ、必死に走る私。姉と仲直りするために。
笑顔を添えて。
〜ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。〜
5/31/2023, 3:52:26 AM