君と見た景色
お前と顔合わせたのっていつぶりだった?
その人は横たわるもう1人に声をかけた。
僕が帰ってきた時も、居なかったからその前……、もしかして半年くらい前だったっけ?
どうだったか、と顎に手を当てその人は正確な時期を思い出そうとする。けれど、会わないのが当たり前となっていたのだから思い出せないようで、
だーめだ。お前の顔ひとときも忘れたことないけど、会ってないって時期までは思い出せないや。
肩をすくめてそう言葉を投げかける。
何度も言葉を投げかけられているのに、横たわるもう1人は言葉を返そうともしない。
それが当たり前であるように、その人は続ける。
返事くらい返してからにしろよ。なぁ。
最後にその人が覚えているのは、自分が一方的に相手を怒鳴りつけた瞬間。相手の見透かしたような、取るに足らないと言わんとするような表情。
こんな時にも頭の中の記憶から離れていくことがない。
その人は思わず、その棺が載っている台を蹴飛ばしそうになる。だが、それは紳士的な行動ではない。
脚を蹴り出そうとした直前で、止まる。
それからその人は踵を返し、足早にその花の香りと人が大勢いる部屋を後にした。
花の残り香がまだ黒い衣服に染み付いている。
静かな夜明け
ーそして、三日三晩続いた彼らの死闘は、
男の胸を女の剣が貫いて終わった。
いくら、男が無尽蔵に再生する身体を持っているとはいえ、毒と飢に身体を蝕まれていては、普段は致命傷にすらならなかったその攻撃にも、耐えることはできなかった。
女の方も五体満足とは言えなかった。片腕は使い物にならずだらりと垂れており、腿には深々とした刺し傷がある。
そのせいか倒れた男の元へ近づくのも脚を引きずっていった。
女がわずかに生きようとしている男に近づいた時、
男の口角が上がった。
普段の軽口を叩く不敵な笑みではなく、どこか見送るような表情。
その表情を女はただ冷たく、おそらくただ冷たく見下ろして、
男の胸に刺さったままの剣を深く地面へと刺した。
ながく、ながく、上らなかった、太陽が昇る。
陽が高く昇るまでの寒々とした冷気が女を包んだ。
heart to heart
「………えーっと、意味はー……」
俺はHの項目を指でなぞり、辞書を開く
eの項目を目で辿っていた時、
「あのセンコーめんどくさい宿題出すよなーホント。」
横からアイツが口を出してきた。
「何だよ、お前はもう全部調べ終わったのかぁ?」
「あたりめーだろー。コレがあるんだからさー。」
と、アイツは自慢げにスマートフォンを見せびらかす。
「必要なら貸してやろうか?」
と、半ば心配してなのか声をかけてくる
「いや、いい。」
対抗心もあっていつも通りに断る
「いつもそうだよなー。スマホで見ちまえばはえーのに。」
「いいだろ別に、こうやって紙触ってるの、好きなんだよ。」
アイツをみていた視線をまた、辞書へと辿らせる。
aの次は、と
「あーっそ。ま、早く終わらせてくれよー。この前のゲームの続きしたいからさー」
「先に始めてろよ」
適当にいつもと同じくあしらう。
rtと見つける。揃った。
これだけだと別の意味になってしまうから、
表現の例文を探してみる。
「……。」
“腹を割って話す”
見つけた言葉を解答欄へ記入していく。
「なぁ、まだぁ??」
アイツがまた飽きてきたと言わんばかりに声を上げる
「うるせーなぁ。今半分だよ」
「はぁあ?遅すぎ、俺のプリント見せるから書き写せ」
「勝手なことすんなよ、やるわけねぇだろ」
と、ドタバタと小競り合いをする。
まだ、俺たちには関係のない言葉だなぁ、って何となく感じた。
ベルの音
思わず、空を見上げた。
星が見える帰り道、聴こえるわけがない音が、
聞こえた気がしたから。
けれど空は相変わらず、寒さに凍えているような星が数多に輝いているだけ。
自分も思わず身を震わせる。
「さぶ……。早く帰ろう……。」
子どもの頃よりはるかに背も伸びているけれど、
どうしてもこの時期は白いケーキを買ってしまう。
丸いケーキでは無くなってしまったけれど、1ピースのケーキだとしても、自分の足取りを軽くするのには充分で。
だから、空に軽やかな音色が鳴っている気がしたのかもしれない。
喪失感
欲望というのは誰しもが持っている。
金が欲しい、美味いものをたらふく食べたい、生きていたい。ほかにも人の数だけ欲望はある。
欲望が満たされて充足しているはずなのに、
もっと、もっとと飢えてはまた欲しがる。
満ち足りないからその身体の中を満たそうとする。
失って、飢えるから欲しがる。
無くなってから気づくとはよく言ったものだよな。