ただ君だけ、って思える人に出会えるのって、
正直、生きててそんなに何度もあるわけじゃないんだよね。
誰かと笑ったり、泣いたり、手をつないだりすることは、
たぶん誰とでもできるんだけど、
「この人だけには見せてもいい」って瞬間は、すごく稀だと思う。
君は、そういう人だった。
うまく言えないけど、
隣にいてくれるだけで、景色が少し柔らかくなるっていうか。
その感覚だけで、生きていけそうだって思ってた。
結果的にそうじゃなかったけど。
それでも、ねえ、君だけだったんだよ。
ほんとうに。
ただ君だけ
「未来への船」が来た。
ある日突然、駅前のロータリーに。
特に告知もなく、アナウンスもなく、
気づいたら、ちょっと古びた感じの船が、パン屋の隣に停まってた。
錨もちゃんとあったけど、地面に直置きだった。
係員とかもいなくて、ただ入り口に貼り紙が一枚。
「未来へ行く方はご自由にお乗りください」
……自由すぎる。
で、その船がなんなのか、どこに行くのか、
どんな未来なのか、誰も説明してくれない。
ただ、“未来に行く”ということだけは間違いないらしい。
そんな状況で、当然いろんな人が集まってくる。
スマホ片手に写真だけ撮って帰る人。
「こういうのって、結局オチないやつでしょ」とか言う人。
「船っていうより、バス停の延長って感じだよね」と冷静に分析する人。
そして、実際に乗る人。
スーツケースを引きながら、無言で乗る人が何人かいた。
理由は誰も聞けない。だって、帰ってこないから。
で、自分はどうしたかっていうと……
近くのファミマで肉まん買って、ちょっとだけ眺めて、帰った。
なんか、まだいいかなって思った。
今乗っても、たぶん未来についていけない気がして。
あと、寝癖がすごかったし、その日。
「未来への船」
手紙を開くと、自分の字だった。
しかも、ちょっと恥ずかしいタイプの自分の字。
やたら丸くて、やたら丁寧で、やたらバランス悪いやつ。
たぶん中学2年のときに書いた「未来の自分へ」。
タイムカプセルとかじゃなくて、
ただ、たまたま机の奥から出てきたやつ。
「ちゃんと夢叶えてますか?」って書いてあった。
……うん、まあ、答えにくいよね。
まず、どの夢のこと?ってなるし、
あの時って「漫画家か美容師かアナウンサーか迷ってる」とか言ってた時期だし。
ひとつもその道にいってないって、言うべきか?
「親にはちゃんと感謝してますか?」とも書いてあった。
……それはちょっとギクッとした。
たぶん今のほうが、反抗期入ってる。逆に。
あと、「大人になったら、きっと毎日楽しいよね!」って書いてある。
いや…いやいやいや。
未来に幻想持ちすぎ。
毎日じゃない。月に2回くらいです。
あと、仕事終わりの冷凍うどんに感動してる時点で、
あんまり“キラキラ”してない未来かもよ?
でも最後に、
「未来の自分、大好きです」って書いてあった。
……なんか、それだけで許したくなるからずるい。
バカだなあ、って笑えるくらいの素直さって、
もう今の自分には残ってないんだよなあ。
ていうか、なんでこれ、残してたんだろう。
自分で書いたくせに、
自分に一番効いてくるの、ほんとやめてほしい。
手紙を開くと
「目が合うって、どういうことなんだろうね」
って、ふと口にしたら、
あなたは笑って、
「今、目、合ってるよ」って言った。
でもさ、私が言いたかったのは、そういうことじゃなくて。
ただ視線がぶつかるだけじゃ、
心までは届かないでしょ?
あなたが見てるのは、
“私のいる方向”であって、
“私そのもの”じゃなかった気がする。
なんでわかるの、って言われたら、
わかんないよ。
でも、そういうのって、
わからないからわかること、
あるじゃん。
たとえば、隣に座ってるのに、
どこかすごく遠い人みたいな。
笑ってるのに、ひとりで泣いてるみたいな。
…そんなふうに、
あなたの瞳と、私の瞳が、
すれ違っていたことに、
気づいたのは、
あなたがもう、目をそらしたあとだった。
すれ違う瞳
ふとした瞬間に、自分が思ってたよりも小さい人間だって気づく。
たとえば、
お店で隣のテーブルの料理が先に来たときに、ちょっとイラッとした瞬間。
たとえば、
エレベーターの「開く」ボタン押してたのに、誰も「ありがとうございます」って言わなかった瞬間。
たとえば、
LINEの既読スルーに3分も耐えられなかった瞬間。
たとえば、
「好きなタイプは?」って聞かれて、「優しい人」って無難な答えを出してしまった瞬間。
こういう小さな瞬間に、
「俺って意外と器ちっちゃいな」ってなるんだけど、
でもよく考えたら、
器が大きい人間なんて、そもそも器の大きさとか気にしてないんだよね。
だから、
「俺って器小さいな〜」って思ってる時点で、
まだちょっとマシなんじゃないかって思ってる自分がいて、
さらにそのことに気づいて、
「うわ、めちゃくちゃ小さいな俺」って落ち込む。
この、ふとした瞬間の無限ループ。
もういっそ、
「俺は器小さいんで!」って開き直ったほうが楽なのかもしれない。
でも、開き直ったら開き直ったで、
たぶん次は、周りの人に
「あいつ、開き直ってるけど、それを許されるほど魅力ないな」って思われるんだろうな。
……って考えてると、
ラーメン、もう伸びてる。
「ふとした瞬間」