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8/18/2023, 10:24:22 AM

decn夢小説




 ふと、坂口の視線が揺れる……、その先に鏡がよくあることに気づいたのはいつだったかは、コナンは覚えていない。
 鏡。姿見のような大きなものもあれば、鏡というよりは単純に風景が映りこんだだけの板の場合もあった。どちらにしても手持ちぶさたの坂口がふとなにかに気づいたように視線を動かしてそれをみる。真っ正面に、横目に、じっと、ちらりと。濃い色眼鏡越しに涼しげな夜桜じみた色彩の瞳を動かして、自分をみている。ふとした時に、その場から坂口がひとりだけぽつんと抜け落ちても誰も気づかないような、ひっそりとした間に。

「坂口さん」「先輩」「おい、坂口」「安吾さん」……、と。

 誰かが声をかければ、彼はその瞬間には視線をこちらに戻して、何事もなさげに口を開く。小さな小さな隙間をぬうようにそらして見つめていた自分自身などお構いなしに、捨て置くように。どうでもいいもののように。
 それが気になって仕方なかった。
 彼には何が見えているのか、しりたくなったのだ。
 その場の流れに戻っていく坂口をちらりとみてから、彼が視線をやっていた鏡をみたことがある。なんの変哲もない鏡は、これまたなんの変哲もなくポケットに手を突っ込んだ色眼鏡の男を映していた。
 いつもとなんら変わらない、江戸川コナンがいる坂口安吾が、そこにいるだけだった。

8/16/2023, 11:51:31 AM

decn夢
ヒロミツのことをモブに自慢する夢主
※人が死にそうです

 さて、男にはこの状況が理解できなかった。
 分かるのは、自分の命は風前の灯火であり、目の前にいる珍妙な格好をした男に握られているという一点のみである。ただ風変わりな男……、動脈から噴き出す鮮血を連想する真紅の長い髪も、洋装とも和装ともとりようがない出立ちも、なにひとつ男の目には入ってこない。男が凝視するのはしなやかなその手に握られたナイフであり、ナイフが添えられたロープであり、そのロープは複雑な歯車と鉄パイプの隙間を通って男の首に輪っか状に引っ掛かっている。
 真紅の髪の男が楽しげに機械の構造を説明していたが、彼に理解できるのは“このロープが切られたら自分は首吊り死体になる”という事実のみだ。文字通り命を握られている状態で彼はただ、この真紅の男が所属する「黒の組織」にちょっかいを出したことを後悔するしかなかったし、男が延々と話すことを聞くしかない。
 そう、“兄弟の話”らしい。
 黙って話を聞けたら解放してやらんでもない、と真紅の男はいった。
 さっきからナイフの先でロープをいじりながら真紅の髪の男が語るのは、「兄弟の話」である。えらく頭がよくて難しい本が読めて優しい兄と、とにかく愛くるしくてかわいい弟の話。男が心底誇りに思っているらしい兄弟の話。ただし男がしゃべっている弟が好きな母のカレーライスの話は3回目であり、兄が聞かせてくれた三国志の偉人の話は5回目である。……ネタがないのなら、まあそういうことなのだろうと思った。

「…………、と、いうわけさ! あーーー、すっきりした!」
「じゃ、じゃあ解放してくれよ! あんたの話、ずっと黙って聞いてたんだからさ!」
「え、あんな与太話、信じたの? 僕の自慢の、誇らしい大好きな兄弟のはなしを、どうして君にするの?」

 きょとんとした目が愉快げに細められる。
 え、と声がでる前に、すっとナイフが線を描くのをみた。その向こう側で真紅の髪の男が、それはきれいな笑みを浮かべていた。

「死人にくちなしって言葉、知らないの?」

8/15/2023, 10:43:20 AM

 唖然というか、戸惑っているというか。
 夜の、誰もいない浜辺にたたずむ同僚の様子を説明するならそんなところだろう。海を目の前にしてどういう反応をとればいいのか迷って、迷う以前に動揺してフリーズしたそれ。何事も黙々とこなすか、あるいは狙いすましたような天然で煙にまくような男が、軽く緑の瞳を見開いて、浜辺に打ち寄せる海を見つめている。……おかしいというか、面白いというか。こいつでもそんな顔をするのかと意外さもあって、どんな声をかけていいのかこちらも迷ってしまった。
 そんな降谷の逡巡の間を縫うように、子供たちの笑い声が聞こえてくる。その歓声にようやく我に返ったらしい織田作之助がそっとを目蓋を上下させた。ゆっくりと胸板を上下させて深呼吸して、そこで遅ればせながら自分を凝視している同僚に気づいたようで、今度はいつもの調子でまばたきをして口を開いてくる。

「……降谷さん、なにか?」
「あぁ……、いや、なんでもない」

8/8/2023, 10:16:55 AM

「花よ蝶よと愛でられるほど、俺は見惚れる男なのか?」

そう怪訝そうに聞いてくる君への返事なんて、とっくの昔から知ってるだろうに。
……ただ君は、花でもなければ、蝶でもなく。
はじめて出逢ったあの日から、俺の頭上で輝く星だけれど。