decn夢
ヒロミツのことをモブに自慢する夢主
※人が死にそうです
さて、男にはこの状況が理解できなかった。
分かるのは、自分の命は風前の灯火であり、目の前にいる珍妙な格好をした男に握られているという一点のみである。ただ風変わりな男……、動脈から噴き出す鮮血を連想する真紅の長い髪も、洋装とも和装ともとりようがない出立ちも、なにひとつ男の目には入ってこない。男が凝視するのはしなやかなその手に握られたナイフであり、ナイフが添えられたロープであり、そのロープは複雑な歯車と鉄パイプの隙間を通って男の首に輪っか状に引っ掛かっている。
真紅の髪の男が楽しげに機械の構造を説明していたが、彼に理解できるのは“このロープが切られたら自分は首吊り死体になる”という事実のみだ。文字通り命を握られている状態で彼はただ、この真紅の男が所属する「黒の組織」にちょっかいを出したことを後悔するしかなかったし、男が延々と話すことを聞くしかない。
そう、“兄弟の話”らしい。
黙って話を聞けたら解放してやらんでもない、と真紅の男はいった。
さっきからナイフの先でロープをいじりながら真紅の髪の男が語るのは、「兄弟の話」である。えらく頭がよくて難しい本が読めて優しい兄と、とにかく愛くるしくてかわいい弟の話。男が心底誇りに思っているらしい兄弟の話。ただし男がしゃべっている弟が好きな母のカレーライスの話は3回目であり、兄が聞かせてくれた三国志の偉人の話は5回目である。……ネタがないのなら、まあそういうことなのだろうと思った。
「…………、と、いうわけさ! あーーー、すっきりした!」
「じゃ、じゃあ解放してくれよ! あんたの話、ずっと黙って聞いてたんだからさ!」
「え、あんな与太話、信じたの? 僕の自慢の、誇らしい大好きな兄弟のはなしを、どうして君にするの?」
きょとんとした目が愉快げに細められる。
え、と声がでる前に、すっとナイフが線を描くのをみた。その向こう側で真紅の髪の男が、それはきれいな笑みを浮かべていた。
「死人にくちなしって言葉、知らないの?」
8/16/2023, 11:51:31 AM