泣けない3人
僕ら3人は、教室の中でちょっと浮いた存在だったのかもしれない。
小学校の運動会で、クラスの応援もせず鬼ごっこをしていた。
音楽の授業では一生懸命歌うふりをして口パクだった。
間違った方法ではあったが、僕らは早く大人になりたかったのだ。
2人だったら注意されて直されたかもしれない。
どちらか1人が裏切って、周囲に同調していたかもしれない。
しかし僕らは3人で、そろってふてぶてしい子供だった。
5年、6年生とそろって3人は同じクラスだった。
特に大きな出来事もなく、何となく卒業式はやってきた。
先生もクラスメートも感極まった表情をしていた。
最後は教室に集まり、先生からのお話があった。
先生は話始めのタイミングでラジカセをカチっと押して、しんみりする音楽を流し始めた。
僕らは目配せをし、手で口元を押さえ笑い出しそうなのを我慢した。
先生のお話が終わると、僕ら3人以外のみんなが涙をこぼしていた。
流石にちょっと困ったなーと思っていると、先生にポンポンと肩を叩かれた。僕ら3人だけが肩を叩かれた。
「最後くらい素直になりな」
そんなこと言ったって先生、仕方ないものは仕方ないんですよ。
現実逃避
『彼岸の町』
浴室を真っ暗にすると、時々浴槽の底からボンヤリとした光が見える。
水面を掌でかけば、たちどころに消えてしまう仄かな灯。
それを消さぬよう、つま先からそっと湯船に入る。
身体の周りを光の玉が飛び交っているのが分かる。
やはり手で光に触れることは出来ない。
それを捕まえるには、潜るしかない。
私は息を止め、頭のてっぺんまで湯に浸かる。
そうすると蛍の様な夜光虫が尾を引いて飛んでいるのだ。
更に潜ると、浴槽の底は穏やかな川面になっている。
対岸には橙を灯した美しい町並みが見える。
浴槽の上から見えたボンヤリした光は、夜光虫ではなく町の灯だったのだ。
その川は湖の様に広く深く、とても泳いで渡れそうにはない。
夜光虫の群れが水面を滑るように飛んでいく。
彼らはあの町を目指している様だった。
不意にパチリと浴室の電気が点く。
「お姉ちゃん、また真っ暗でお風呂入ってる」
脱衣所に居るのは5つ下の妹の様だった。
「良いでしょ。勝手にさせてよね」
「良くないよ。私電気点いてないからお風呂に入る準備してたのに、びっくりするからやめてって」
妹の気配が去る。
浴槽の縁に首を預け、湯気に霞む天井を見つめる。
水底の風景について誰かに話したことはない。勿論、妹にも親にも。
やはり、あの町は幻なのだろうか。
光の夜光虫を紡いで橋をかければ、対岸に行けるだろうか。
あの町に行ってしまったら、戻って来れない気がする。
でも、それでも良いんじゃないか。
社会人になって3年が経つ。
夢中になれることもなく、日々のルーチンのみで時は走り去ってゆく。
心の中ではいつも、あの幻の町を見つめている。
仕事中、友人との買い物中、あの灯が無性に懐かしく思える。
きっと今日も、私はあの川面から対岸を見つめるだろう。
行けば決して戻れぬ彼岸であったとしても。
物憂げな空
物憂げな空 走る雲は野良
三毛猫まぶた閉じる 気分上の空
春霞くもりがち 仕事ツラく
ネクタイピン外れ 襟元みっともなく
花咲き乱れても それを見る者無く
我々は想う集う 社畜自由求む
でも枷をハメる 送るスパムメール
自らに問う そこで何を乞う
物憂げにドライブ 走る嗤うスローライフ
お題:小さな命
『地球飼育セット』
小学校の自由研究で地球を飼育することにした。
夏休みが始まってしばらく経っても研究テーマが決まらないので、パパが東急ハンズで地球を買ってきたのだ。
箱に仕舞われた地球は生まれたてで、海はまだ無く熱々の岩石の塊に見えた。
パパはバーベキュー用のトングでそっと地球を取り出し、耐熱用水槽の中に入れた。
「地球だって生き物なんだから、ちゃんと面倒をみるんだぞ」
パパはそう言って満足気に水槽の縁をなぞった。
僕は頷いたものの、あまり興味を持てなかった。
だって地球の世話なんて、ほとんどすることがないじゃないか。
せっかく買って来た地球も、数日後にはリビングの置物と化していた。
僕が世話をしなくても地球はすくすくと育った。
時間が大体1千億倍で進むので、気付いたら地球の表面は海になり大陸が出来ていた。
僕が興味を失った飼育セットを一番熱心に観察したのはママだった。
ママは飼育セットに付属されていた観察望遠鏡を毎朝覗き、生物の進化を眺めるのが日課になっているようだった。
勿論、僕の自由研究なので記録は自分でとらなければいけない。
パパは自分の役目を全うしたと思っているらしく口出ししてこなかったが、ママは違った。
こんなにも日々変化しているのだから、ちゃんと書きなさい。
今朝、魚類が両生類に進化したのに何故書き漏らしてるの、とかなんとか。
地球飼育セットには人工の太陽もセットで付いていた。
地球の発育には程よい陽の光が必要らしく、距離を間違えると氷河期になったり蒸し焼きになってしまったりする。
なので太陽もまた固定で、窓際のサボテンの横に置くことにした。
サボテンは暑さに強いらしく、太陽の横でも平気な様だった。
ある日、僕の友達が遊びに来た時のこと。
その友達は、最初こそ地球をまじまじと眺めていたがすぐに興味を失くしたらしくオセロをしようと僕を誘ってきた。
「これ、机の上にあるの邪魔じゃない?」
友達は地球の水槽を指さして言った。
「でも、パパがそれ動かすなって言ってたし」
「ちょっとぐらいなら大丈夫でしょ」
迷ったが、僕はカーテンの横に水槽を移動させた。
僕のクラスでは最近オセロが流行っていて、僕ら2人のオセロの強さは拮抗していた。
その日のオセロも白熱した戦いになった。
僕は集中力の切れた友達のミスに付けこみ、紙一重で勝つことが出来た。
それからテレビゲームをし、キャッチボールをした。
僕は移動させた地球のことを、すっかり忘れてしまっていた。
思い出したのはママがパートから帰ってきてからだった。
地球は熱を帯び、すっかり赤茶けていた。
ママは見るも無残な地球を見て、顔を真っ青にしていた。
怒られるに違いないと思って僕は身構えた。
なのにママは、僕には何も言わずポロポロと涙をこぼし始めたのだ。
直にパパが帰って来た。
パパの第一声は、ああやっちまったか、という呆れ笑いだった。
そして、泣いているママの背中をポンポンと叩いた。
夏休みはまだ長いし、また買ってこれば間に合うよ、と。
ママはその手を振り払い、パパを怒鳴りつけた。
「みんな、みんな死んでしまったのよ!もう彼らは戻って来ないのよ」
僕とパパは、悲しむママの前で俯き、立ち尽くすことしか出来なかった。
お題:枯葉
『骨の魚』
枯葉が舞っている。
私は最初、そう思った。
市民病院前の遊歩道を歩いていた時のことだ。
果たして2月の下旬に枯葉が散るのか。
ひらりひらりと舞うそれは、陽光をキラリと反射して身を翻した。
「魚だ」
それは紛れもなく魚だった。
私は慎重に、水を掬う様に宙の魚を掌に収めた。
魚はまるで木の葉の様に薄かった。
正確に言うと、骨だけで出来た魚だった。