お題:今日にさよなら
「放課後の卒業式」
気付くと僕は放課後の教室に居た。
放課後というのも変な話だ。
僕は33歳で、とうの昔に学校というものを卒業している。
僕はどうやら高校時代の制服を着ているようだった。
ふと気になって自分の掌を見つめる。
腹や頭を触ってみる。どうやら僕は33歳の姿のまま制服姿で教室にいるらしい。
教室内の机にはまばらに制服姿の男女が座っている。
てんでばらばらな制服を着ており、同年代から白髪の老人まで居た。
僕は全体の人数を数えようとしたが、どうしてもうまく数えられない。多分10人程だろう。
窓から眩しいほどの夕陽が射し込んでいた。
蛍の光がどこからか聴こえてきた。
ガラガラと教室の戸が開いた。
スーツ姿の男が、入ってきた。
あれは確か、僕が通っていた高校の校長先生だ。
唐突に誰かの名前が点呼された。
ガラリと椅子を下げ、白髪の老人が立ち上がった。
制服姿の老人はやや緊張した面持ちでつかつかと歩み、校長先生の正面に立った。
校長先生が証書を掲げ、同年代とも思える老人を見つめ言った
「卒業証書。君は今日という日に満足しましたか?」
老人の掌が硬く握られているのが見えた。
一瞬躊躇った様にも見えたが、沈黙したまま会釈をし卒業証書を受け取った。
そして紙をうやうやしく丸め、再度お辞儀をし教室を出ていった。
間を置かず次の者が呼ばれた。
「今日という日に満足しましたか?」
同じことを聞かれる。
ある者は不貞腐れた様に顔をしかめ、ある者は肩を震わせ涙を流した。
しかし、皆その証書を受け取り教室を出ていった。
最後に僕が1人教室に残された。
僕の名前が呼ばれた。
先生の前に立った。
君は、と言いかけてから沈黙の間があった。
僕は先生の胸元に下げていた視線をチラと上げた。
「おじいちゃん……」
それは10年前亡くなったはずの祖父の姿だった。
祖父の表情は変わらない。
「卒業証書。君は、今日という日に満足しましたか?」
祖父が僕の顔をまじまじと見つめた。
死ぬ間際の祖父とは違う、若かりし頃の祖父だった。
向けられているのは穏やかな表情なのに、息が詰まった。
受け取って良いのか。
僕は、ちゃんと今日という日を生きたのか。
僕は俯いたまま卒業証書を受け取る。
受け取った瞬間、不意に気付く。
そうか、僕は毎日これを繰り返していたのだ。
放課後の教室に残され、何度も卒業式をしてきたのだ。
今日という日を悔やまぬ為に。
今日という日にさよならを告げに。
お題:誰よりも
『特攻隊長』
いつからだろう。
私には隊長というあだ名が付けられていた。
「隊長ってさ、いざとなったら絶対身体張ってみんなのこと守りそうだよね」
「分かる!アルマゲドンのブルース・ウィリスみたいなやつ。仲間の身代わりになって、お前は生きろとか言いそう」
同じ高校に通うクラスメート達は、私の顔を見る度にそんなことを言う。
確かに私は人よりも正義感が強いかもしれない。
いじめられている友達をかばったこともある。
けれど、なんだかモヤモヤする。
私は果たして、いつでも皆が思うような私なのだろうか。
それでも皆は言う。
「隊長って、誰よりもみんなのこと考えてるよね」
「分かる!隊長っていうか、特攻隊長って感じ」
いつからか、私のあだ名は隊長から特攻隊長に変わっていた。
私はありもしないシチュエーションを夢想するようになった。
エイリアンやテロリストが学校に攻めてきて、私は1人身体を張って犠牲になるのだ。
創作物の中で、綺麗ごととしては良いかもしれない。
でも痛いのは嫌だし、私だって死にたくない。
普通に嫌だなーと思った。
そんなことを考えていたせいか、ある日エイリアンが学校に攻めてきて全校生徒の大半が喰われた。
私とクラスメートはバリケードを張り、教室に立て籠もった。残された武器は自爆スイッチ付きのダイナマイトだけだった。
「こういうのはやっぱり、くじ引きで……」
と、クラス委員長が言いかけたところで、何故か私を見た。
そしてクラスメート全員が、じっとりと縋るような目付きで私を見た。
普通に嫌だなーと思った。
10年後の私から届いた手紙
10年前の自分に手紙を書くことになった。
勿論、未来パトロールの厳密な検閲が入るので具体的な事象について書くことは出来ない。
有馬記念の結果や宝くじのアタリナンバーを書こうとしたら、即座に連行されてしまうだろう。
ただ、あえて言っておくとそれらの情報に意味はないのだ。
時間とはひどく流動的で、一律なものではない。
未来からの干渉は、薄く波紋の様に広がり世界を作り変えてしまう。サイコロの出目は常にランダムである。
過去の自分に競馬雑誌を送りつけたとして、有馬記念でドゥデュースが勝つ保証はどこにも無いのだ。
それは兎も角として、抽象的な内容にしろ手紙を受け取った過去の自分は【今の私】とは少しだけ別の人生を歩むことになる。それは果たして是か非か。
経験上、人は5年で大きく変わり、10年で別人になりうる。
私自身を振り返ってみると、欲しいものも価値観も、10年前と今とではかなり異なっていることに気付く。
一体、この私自身はどの様に形成されてきたのか。
考えても考えても【今の私】の作り方は分からない。
身に付けたうんちくも性格も趣味嗜好も、どこから拾ってきて積み上げたのだろう。
そう考えると、急に今の自分が尊く思えてきて過去に手出しするのが怖くなる。かといって、この機会に何も書かないのは勿体無い気がする。
うんうん唸って悩んだ結果、私は1言だけ綴って投函する。
『なんとかなる』
10年前の私はホッとするだろうか、失望するだろうか。
半々かもしれない。
けれど今の私には、これが精一杯。
実は先日、10年後の私から届いた手紙にも同じことが書いてあったのだ。
もうちょっとこう、何かあるだろうとも思った。
が、10年経ってそうならば、本当にそれしか言いようが無いのだろう。
ここに書いたことはすべて、勿論仮定の話。
人は月日と共に変化する。
けれど、奥底に変わらないものがあると思えるからこそ人は明日を生きてゆけるのかもしれない。
お題:スマイル
『スマイル下さい』
「スマイル下さい」
僕は思いきって口にしてみた。
1回言ってみたかったセリフだった。
マクドナルドの店員さんが困った顔で答える。
「実は、スマイル0円は先月で止めちゃったんです」
「え、そんなことある?君ら接客業じゃないの」
「申し訳ございません。代わりにサブスクプランを御用意させて頂いておりまして」
「サブスク?なにそれ」
「えー、月額500円でですね、系列店すべてでスマイル放題のサービスをさせて頂いております」
怪しげなサービスではあったが、僕は好奇心で登録をしてみた。登録するとスマイルパスポートというものが渡され、店内入口の磁気が検知する仕組みだそうだ。
僕は心なしか以前よりもマクドナルドに行く機会が増えていった。店内にはにこやかで明るい空気が溢れていた。
「あのスマイルは嬉しいんですけど、唐突に真顔になるの怖いからやめて欲しいんですが」
「お客様のプランですと、1度の御来店でスマイルは10秒までとなっておりますので」
「えぇ、じゃあ解約しようかな」
「3ヶ月以内に解約されますと、お客様を睨みつけるペナルティが発生してしまいます」
「なにそれ、怖っ」
「そんな方におすすめのグッドスマイルプラン。完全スマイル放題が1500円のところ、乗り換えのお客様に限り月額1000円で提供しております」
「分かったよもう、それで良いよ」
帰宅して妻に説教された。
「あなた、また変なサブスクに加入したでしょ」
「仕方ないよ、そういう時代の流れなんだから」
「時代時代ってね、そうやって流されっぱなしだから搾取される側なのよ。老後の資金とか子育て資金とか、ちゃんと考えてる?そもそも、いい歳して毎週マクドナルドって健康のことちゃんと考えてるのかしら」
「もう良いよ、寝るからおやすみ!」
マシンガンの様に話し続ける妻を遮り、僕は布団に潜り込んだ。妻の言うことは大体において正論だった。
聞き流してはいたが、まさにその通りなんだよなーと思いながらまぶたを閉じた。
明くる日、妻と一緒にファミレスに行った。
スマイルパスポートの系列店なので、店員は僕らにニッコリと笑みを浮かべている。
妻はパスポートを持っていないが、同伴なのでちょっと得した気分だ。
偶然店内でご近所さん家族と出くわした。
「あら、今日はご主人と一緒なのね」
奥様が品の良い笑顔で僕たちに会釈する。
妻が何か言いたげにしてるなと思ったら、唐突にまくし立て始めた。
「ちょっといいかしら、野菜はちゃんと食べてる?肉ばかりじゃなく、もっと野菜を食べなさい。人間ドックは定期的に行くこと。子供の味覚は幼い頃に出来上がるのだから、濃い味付けのものばかりじゃ駄目よ」
あまりに失礼な妻の物言いに口を挟もうとしたら、隣の奥様がすっと手で制した。
「いえいえ、違うんです。私ってば、はっきり言われないと駄目なところがあって説教され放題サブスクに加入したんです。お宅の奥さんにはいつもお世話になってるのよ」
僕の知らないところで、妻はとんでもない商売を始めているらしかった。これもまた時代の流れというやつか。
お題:どこにも書けないこと
『痴漢にご注意!』
昼下がり、警察署に連行されてきた男は元カレだった。
私はコーヒーを吹き出しそうになるのを堪え、うつむいた。
彼も私に気付いたのか、一瞬カッと目を見開き視線をそらした。
元カレは痴漢の容疑で取り調べを受けるらしかった。
「河森さん、調書を担当して下さい」
「えぇ?私ですか」
よりに寄って私に白羽の矢が立つ。
「刑事課の男性が皆、出払ってるので」
先輩の女性警部が淡々とそう告げた。
仕方ないとはいえ、元カレの取り調べは流石に憂鬱だった。しかも、私達は元カレの浮気が原因で喧嘩別れしたのだった。
3年前、私は大学で少林寺拳法サークルに所属していた。
金的蹴りばかり狙うので、男性部員は皆私との立ち合いを恐れていた。
元カレもまた、同じサークルの所属だった。
私は真剣に少林寺拳法を極めたかったのに、奴は猫被りの不真面目な後輩相手に不貞を働いたのだった。
私は元カレを去勢させる勢いで金的蹴りを連続で繰り出し、結果的にサークルを追放されることになった。
後悔は無いが、私がもう一撃クリティカルな蹴りを当てていれば新たな犠牲者を出さずに済んだかもしれない。惜しいことをした。
元カレと私、先輩の女性警部が取り調べ室に入る。
調書を作成する為に、私はパソコンの電源を入れた。
元カレは蒼白な顔で、私とあくまで視線を合わせない。
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
今から私は目の前の敵と対峙するのだ。
そう、あれは遠い夏の日のことだった。
私は焼け付く様な真夏のピッチャーマウンドに立っていた。
高校野球県予選大会決勝、同点で9回2アウト満塁。
親友でマネージャーのあゆみが両手を握って祈っている。
「私を甲子園に連れてって!」
私は朦朧とした意識の中で汗を拭う。
ごめん、あゆみ。私には次の一球を投げるくらいの力しか残されていないんだ。
『決勝戦も大詰めとなってまいりました。ピッチャーマウンドは河森、バッターは元カレ。この一球で試合が決まるのか!』
実況席も大盛り上がりだ。
キャッチャーとのサインが決まる。
3年間苦楽を共にした仲間。迷うことなく私は頷く。
そして、私の青春のすべてを乗せたストレートが元カレの股間めがけて放たれた。
「河森さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。聞いてますよ」
私は妄想の海から現実に引き戻される。
大丈夫、調書はきちんと作っている。
しかし先輩の女性警部は首を傾げ、眉を潜めている。
私の脳内を見破るとは、中々勘の良い先輩である。
◯◯駅構内において、容疑者◯◯が女子高生の尻に触った疑いあり云々。
やはり、私があの時に仕留めておくべきだったか。
そう、あの過ぎ去りし遠き春の様に。
源平の戦いも佳境となり、場所は阿波ノ国屋島。
源氏が急襲をかけるも、平家一行は船で沖へと逃れていた。陸と海で対峙する両軍。
そんな折、那須与一河森は突然呼び出された。
「あそこで縛られてるのって貴女の元カレよね。せっかくだから射抜いてしまいなさい」
親友で大将でもある、源あゆみ義経が耳元で囁いた。
目を凝らすと、M字開脚にされた元カレが船の甲板に縛り付けられている。
どうやら平家が我々を挑発し、射抜けるものなら射抜いてみよと言っているらしい。
私は弓を持って目標を見定める。元カレが拡声器を手に何か叫んでいる。
「違うんだ、俺の話を聞いてくれっ!」
「違わない。私は何も間違えない」
「お願いお願いします、ちょっと待ってぇ!」
「南無八幡大菩薩、我に元カレの金玉射させたまえっ」
私の放った弓矢はズバビューンと宙を切り裂き、元カレの股間目がけて襲いかかった。
「あのですね、河森さん」
「えぇ、ちゃんと聞いてますよ」
私はちゃんと仕事をしている。調書は出来上がりつつある。
「そうじゃなくてね、彼冤罪だったそうです。今駅員さんから連絡が入りました」
はぁ、そんなわけないじゃないですか。
私は思わず叫びそうになる。
ほっとした表情の元カレを睨みつける。
私の中で書かれた架空の調書が、虚空の彼方へと吹き消された。