お題:スマイル
『スマイル下さい』
「スマイル下さい」
僕は思いきって口にしてみた。
1回言ってみたかったセリフだった。
マクドナルドの店員さんが困った顔で答える。
「実は、スマイル0円は先月で止めちゃったんです」
「え、そんなことある?君ら接客業じゃないの」
「申し訳ございません。代わりにサブスクプランを御用意させて頂いておりまして」
「サブスク?なにそれ」
「えー、月額500円でですね、系列店すべてでスマイル放題のサービスをさせて頂いております」
怪しげなサービスではあったが、僕は好奇心で登録をしてみた。登録するとスマイルパスポートというものが渡され、店内入口の磁気が検知する仕組みだそうだ。
僕は心なしか以前よりもマクドナルドに行く機会が増えていった。店内にはにこやかで明るい空気が溢れていた。
「あのスマイルは嬉しいんですけど、唐突に真顔になるの怖いからやめて欲しいんですが」
「お客様のプランですと、1度の御来店でスマイルは10秒までとなっておりますので」
「えぇ、じゃあ解約しようかな」
「3ヶ月以内に解約されますと、お客様を睨みつけるペナルティが発生してしまいます」
「なにそれ、怖っ」
「そんな方におすすめのグッドスマイルプラン。完全スマイル放題が1500円のところ、乗り換えのお客様に限り月額1000円で提供しております」
「分かったよもう、それで良いよ」
帰宅して妻に説教された。
「あなた、また変なサブスクに加入したでしょ」
「仕方ないよ、そういう時代の流れなんだから」
「時代時代ってね、そうやって流されっぱなしだから搾取される側なのよ。老後の資金とか子育て資金とか、ちゃんと考えてる?そもそも、いい歳して毎週マクドナルドって健康のことちゃんと考えてるのかしら」
「もう良いよ、寝るからおやすみ!」
マシンガンの様に話し続ける妻を遮り、僕は布団に潜り込んだ。妻の言うことは大体において正論だった。
聞き流してはいたが、まさにその通りなんだよなーと思いながらまぶたを閉じた。
明くる日、妻と一緒にファミレスに行った。
スマイルパスポートの系列店なので、店員は僕らにニッコリと笑みを浮かべている。
妻はパスポートを持っていないが、同伴なのでちょっと得した気分だ。
偶然店内でご近所さん家族と出くわした。
「あら、今日はご主人と一緒なのね」
奥様が品の良い笑顔で僕たちに会釈する。
妻が何か言いたげにしてるなと思ったら、唐突にまくし立て始めた。
「ちょっといいかしら、野菜はちゃんと食べてる?肉ばかりじゃなく、もっと野菜を食べなさい。人間ドックは定期的に行くこと。子供の味覚は幼い頃に出来上がるのだから、濃い味付けのものばかりじゃ駄目よ」
あまりに失礼な妻の物言いに口を挟もうとしたら、隣の奥様がすっと手で制した。
「いえいえ、違うんです。私ってば、はっきり言われないと駄目なところがあって説教され放題サブスクに加入したんです。お宅の奥さんにはいつもお世話になってるのよ」
僕の知らないところで、妻はとんでもない商売を始めているらしかった。これもまた時代の流れというやつか。
2/9/2024, 5:42:53 AM