お題:枯葉
『骨の魚』
枯葉が舞っている。
私は最初、そう思った。
市民病院前の遊歩道を歩いていた時のことだ。
果たして2月の下旬に枯葉が散るのか。
ひらりひらりと舞うそれは、陽光をキラリと反射して身を翻した。
「魚だ」
それは紛れもなく魚だった。
私は慎重に、水を掬う様に宙の魚を掌に収めた。
魚はまるで木の葉の様に薄かった。
正確に言うと、骨だけで出来た魚だった。
お題:今日にさよなら
「放課後の卒業式」
気付くと僕は放課後の教室に居た。
放課後というのも変な話だ。
僕は33歳で、とうの昔に学校というものを卒業している。
僕はどうやら高校時代の制服を着ているようだった。
ふと気になって自分の掌を見つめる。
腹や頭を触ってみる。どうやら僕は33歳の姿のまま制服姿で教室にいるらしい。
教室内の机にはまばらに制服姿の男女が座っている。
てんでばらばらな制服を着ており、同年代から白髪の老人まで居た。
僕は全体の人数を数えようとしたが、どうしてもうまく数えられない。多分10人程だろう。
窓から眩しいほどの夕陽が射し込んでいた。
蛍の光がどこからか聴こえてきた。
ガラガラと教室の戸が開いた。
スーツ姿の男が、入ってきた。
あれは確か、僕が通っていた高校の校長先生だ。
唐突に誰かの名前が点呼された。
ガラリと椅子を下げ、白髪の老人が立ち上がった。
制服姿の老人はやや緊張した面持ちでつかつかと歩み、校長先生の正面に立った。
校長先生が証書を掲げ、同年代とも思える老人を見つめ言った
「卒業証書。君は今日という日に満足しましたか?」
老人の掌が硬く握られているのが見えた。
一瞬躊躇った様にも見えたが、沈黙したまま会釈をし卒業証書を受け取った。
そして紙をうやうやしく丸め、再度お辞儀をし教室を出ていった。
間を置かず次の者が呼ばれた。
「今日という日に満足しましたか?」
同じことを聞かれる。
ある者は不貞腐れた様に顔をしかめ、ある者は肩を震わせ涙を流した。
しかし、皆その証書を受け取り教室を出ていった。
最後に僕が1人教室に残された。
僕の名前が呼ばれた。
先生の前に立った。
君は、と言いかけてから沈黙の間があった。
僕は先生の胸元に下げていた視線をチラと上げた。
「おじいちゃん……」
それは10年前亡くなったはずの祖父の姿だった。
祖父の表情は変わらない。
「卒業証書。君は、今日という日に満足しましたか?」
祖父が僕の顔をまじまじと見つめた。
死ぬ間際の祖父とは違う、若かりし頃の祖父だった。
向けられているのは穏やかな表情なのに、息が詰まった。
受け取って良いのか。
僕は、ちゃんと今日という日を生きたのか。
僕は俯いたまま卒業証書を受け取る。
受け取った瞬間、不意に気付く。
そうか、僕は毎日これを繰り返していたのだ。
放課後の教室に残され、何度も卒業式をしてきたのだ。
今日という日を悔やまぬ為に。
今日という日にさよならを告げに。
お題:誰よりも
『特攻隊長』
いつからだろう。
私には隊長というあだ名が付けられていた。
「隊長ってさ、いざとなったら絶対身体張ってみんなのこと守りそうだよね」
「分かる!アルマゲドンのブルース・ウィリスみたいなやつ。仲間の身代わりになって、お前は生きろとか言いそう」
同じ高校に通うクラスメート達は、私の顔を見る度にそんなことを言う。
確かに私は人よりも正義感が強いかもしれない。
いじめられている友達をかばったこともある。
けれど、なんだかモヤモヤする。
私は果たして、いつでも皆が思うような私なのだろうか。
それでも皆は言う。
「隊長って、誰よりもみんなのこと考えてるよね」
「分かる!隊長っていうか、特攻隊長って感じ」
いつからか、私のあだ名は隊長から特攻隊長に変わっていた。
私はありもしないシチュエーションを夢想するようになった。
エイリアンやテロリストが学校に攻めてきて、私は1人身体を張って犠牲になるのだ。
創作物の中で、綺麗ごととしては良いかもしれない。
でも痛いのは嫌だし、私だって死にたくない。
普通に嫌だなーと思った。
そんなことを考えていたせいか、ある日エイリアンが学校に攻めてきて全校生徒の大半が喰われた。
私とクラスメートはバリケードを張り、教室に立て籠もった。残された武器は自爆スイッチ付きのダイナマイトだけだった。
「こういうのはやっぱり、くじ引きで……」
と、クラス委員長が言いかけたところで、何故か私を見た。
そしてクラスメート全員が、じっとりと縋るような目付きで私を見た。
普通に嫌だなーと思った。
10年後の私から届いた手紙
10年前の自分に手紙を書くことになった。
勿論、未来パトロールの厳密な検閲が入るので具体的な事象について書くことは出来ない。
有馬記念の結果や宝くじのアタリナンバーを書こうとしたら、即座に連行されてしまうだろう。
ただ、あえて言っておくとそれらの情報に意味はないのだ。
時間とはひどく流動的で、一律なものではない。
未来からの干渉は、薄く波紋の様に広がり世界を作り変えてしまう。サイコロの出目は常にランダムである。
過去の自分に競馬雑誌を送りつけたとして、有馬記念でドゥデュースが勝つ保証はどこにも無いのだ。
それは兎も角として、抽象的な内容にしろ手紙を受け取った過去の自分は【今の私】とは少しだけ別の人生を歩むことになる。それは果たして是か非か。
経験上、人は5年で大きく変わり、10年で別人になりうる。
私自身を振り返ってみると、欲しいものも価値観も、10年前と今とではかなり異なっていることに気付く。
一体、この私自身はどの様に形成されてきたのか。
考えても考えても【今の私】の作り方は分からない。
身に付けたうんちくも性格も趣味嗜好も、どこから拾ってきて積み上げたのだろう。
そう考えると、急に今の自分が尊く思えてきて過去に手出しするのが怖くなる。かといって、この機会に何も書かないのは勿体無い気がする。
うんうん唸って悩んだ結果、私は1言だけ綴って投函する。
『なんとかなる』
10年前の私はホッとするだろうか、失望するだろうか。
半々かもしれない。
けれど今の私には、これが精一杯。
実は先日、10年後の私から届いた手紙にも同じことが書いてあったのだ。
もうちょっとこう、何かあるだろうとも思った。
が、10年経ってそうならば、本当にそれしか言いようが無いのだろう。
ここに書いたことはすべて、勿論仮定の話。
人は月日と共に変化する。
けれど、奥底に変わらないものがあると思えるからこそ人は明日を生きてゆけるのかもしれない。
お題:スマイル
『スマイル下さい』
「スマイル下さい」
僕は思いきって口にしてみた。
1回言ってみたかったセリフだった。
マクドナルドの店員さんが困った顔で答える。
「実は、スマイル0円は先月で止めちゃったんです」
「え、そんなことある?君ら接客業じゃないの」
「申し訳ございません。代わりにサブスクプランを御用意させて頂いておりまして」
「サブスク?なにそれ」
「えー、月額500円でですね、系列店すべてでスマイル放題のサービスをさせて頂いております」
怪しげなサービスではあったが、僕は好奇心で登録をしてみた。登録するとスマイルパスポートというものが渡され、店内入口の磁気が検知する仕組みだそうだ。
僕は心なしか以前よりもマクドナルドに行く機会が増えていった。店内にはにこやかで明るい空気が溢れていた。
「あのスマイルは嬉しいんですけど、唐突に真顔になるの怖いからやめて欲しいんですが」
「お客様のプランですと、1度の御来店でスマイルは10秒までとなっておりますので」
「えぇ、じゃあ解約しようかな」
「3ヶ月以内に解約されますと、お客様を睨みつけるペナルティが発生してしまいます」
「なにそれ、怖っ」
「そんな方におすすめのグッドスマイルプラン。完全スマイル放題が1500円のところ、乗り換えのお客様に限り月額1000円で提供しております」
「分かったよもう、それで良いよ」
帰宅して妻に説教された。
「あなた、また変なサブスクに加入したでしょ」
「仕方ないよ、そういう時代の流れなんだから」
「時代時代ってね、そうやって流されっぱなしだから搾取される側なのよ。老後の資金とか子育て資金とか、ちゃんと考えてる?そもそも、いい歳して毎週マクドナルドって健康のことちゃんと考えてるのかしら」
「もう良いよ、寝るからおやすみ!」
マシンガンの様に話し続ける妻を遮り、僕は布団に潜り込んだ。妻の言うことは大体において正論だった。
聞き流してはいたが、まさにその通りなんだよなーと思いながらまぶたを閉じた。
明くる日、妻と一緒にファミレスに行った。
スマイルパスポートの系列店なので、店員は僕らにニッコリと笑みを浮かべている。
妻はパスポートを持っていないが、同伴なのでちょっと得した気分だ。
偶然店内でご近所さん家族と出くわした。
「あら、今日はご主人と一緒なのね」
奥様が品の良い笑顔で僕たちに会釈する。
妻が何か言いたげにしてるなと思ったら、唐突にまくし立て始めた。
「ちょっといいかしら、野菜はちゃんと食べてる?肉ばかりじゃなく、もっと野菜を食べなさい。人間ドックは定期的に行くこと。子供の味覚は幼い頃に出来上がるのだから、濃い味付けのものばかりじゃ駄目よ」
あまりに失礼な妻の物言いに口を挟もうとしたら、隣の奥様がすっと手で制した。
「いえいえ、違うんです。私ってば、はっきり言われないと駄目なところがあって説教され放題サブスクに加入したんです。お宅の奥さんにはいつもお世話になってるのよ」
僕の知らないところで、妻はとんでもない商売を始めているらしかった。これもまた時代の流れというやつか。