なつの

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7/26/2024, 3:12:08 PM

お題 誰かのためになるならば


空調の効いた部屋で、僕はパソコンゲームを、いや、仕事をしている。左右にいる僕の仕事仲間も、同じように画面を睨みながら、キーボードを叩いている。

念願のゲーム会社に就職して、まさに充実した日々を過ごしていた。得意なプログラミング能力を活かして、幼い頃からミニゲームをいくつか作っていた僕は、周りの子どもだけでなく教師からも評判が良かった。

面白いね!
クセになるね!
クリアしてみたい!

そう言われ続けて嬉しくないわけがなかった。

夢は、自分の会社を立ててゲームを発売すること。

これはずっと僕の中にあった、揺るぎない芯だった。残念ながら企業することはできなかったけれど、ゲームを発売することはこの会社に入って8年目でようやく達成することができた。
スマホゲームが日々新しく発売される中で、パソコンの利点をどうやって活かし、かつ楽しく遊べるか。いくつも案を考えて、何万回と試して、ようやく承認されたのが『タイピングモンスター』だった。ステージによって相手モンスターのレベルが違い、自身のモンスターのレベルが高いほど、お題の文章が長いものになる。英文も入れたことにより、さらに難易度が上がる仕組みになっているので、(和訳付きだ)勉強としても使えるのだ。
ネーミングセンスはイマイチだが、内容としては面白いと判を押されて、無料ダウンロードとしてはかなり良い数字だった。常に新しい機能やキャラクターも考えつつ、アップデートでその全てを整えることは中々難しい。しかし、汗水流してできたものが、自身の思っていた以上の数字として評価されると、たとえ辛くても向き合おうという気持ちにさせてくれる。やりがいももちろん、我が子のような存在だと思っていた時期もあった。

そんな中、異動は突然にやってきた。
新しい社員を多く採用し、ゲーム数を増やすため教育を強化する。そのためにお前が必要だと、ゲーム構造課に急遽配属された。
ここは、新しくゲームを作る時の、いわば基盤のようなものだ。ここで上手くいかないと、のちのゲーム動作に支障がでて、バグが多くなってしまう。そうならないために、特に能力の高い人物がここに集結している。僕のバグが最小限に抑えられているのも、この人達がいてこそなのだ。
僕もその一員なのだと嬉しく思う反面、企画課が採用したゲームをひたすら細かく設定し、その基盤だけを行うだけとは、なんとまあ骨の折れる仕事だと窮屈さも感じていた。

大まかな設定集が、僕の机にドンと積み上がっているのを見ると、少し気が滅入った。けれど、ここで僕がミスをしたら、ゲーム発売が延期、最悪の場合企画自体が破棄になる。それだけは絶対に避けたい。なにしろ、僕もここでお世話になった。
両頬をパンと叩いて気合を入れて資料を見ると、表紙にはこう書いてあった。

「新人教育のため、君の能力を活かして欠陥品を作ってください。必ずバグを起こさせること。少なくとも、50以上は作ってください。バグや欠陥の大小は問いません。」


僕は今、欠陥だらけのゲームを毎日作っている。

7/25/2024, 2:56:34 PM

お題 鳥かご

悲しみを癒すために、ピーちゃんを鳥籠へ入れた。
私の目に映る位置だ。顔を上げればすぐにその姿がわかる。
今日は会社へ出勤しなくても良い日だから、こん詰めてしんどくなった時にはいつでもピーちゃんを見れる。こんな癒しが訪れるのはいつぶりだろうと、パソコンに視線を戻した。

世界的パンデミックが起こったことにより、私の会社も全日リモートワークが推奨された。一時よりだいぶ落ち着いたので、今では週に何日かほど自宅で作業をしている。
会議や話し合いはリモートで行い、アイデア案もPDFで送り合うことが増えた。会社にいるよりも集中できるから、正直ありがたかった。
手頃な価格でアクセサリー販売を行なっている私の会社は、技術職、販売職、企画立案職、営業職、組織マネジメント、店舗運営で構成されており、私はそこの企画立案職で採用された。
小さな頃から手芸が得意で、たくさんのものを作ってきたから、指先には自信があった。人形はもちろん、簡単な洋服や手袋、手編みのカバンも作ってきた。冬に手編みのマフラーを家族全員分作ると大変喜んでくれた。だが、針と糸ができても、金具やレジンなどで作るキーホルダーはどうにもできなかった。私の会社は、まさにその金具系で作るハンドメイドアクセサリーだった。着物店や子ども服店で働くこともできたけど、それでも、可愛いものを作りたいという気持ちは揺らぐことがなかった。作ることは無理でも、せめてアイデアぐらいはとの思いで受けた結果、企画立案職で採用が貰えた。前例が無かったと、のちに上司から言われた時は驚いた。

パンデミックが起こる一年前までは、同業他社を周ったり、アパレル店でインスピレーションを貰ったりと、営業職と変わらないくらい歩いた日々が多かった。まさか世界的に起こることは当時思ってもなかったので、初めの一年でほとんどのアイデアを出し尽くしてしまった。外出許可が降りた二年目は、どこの店も商品が枯渇しており、新しいアイデアを生み出すことは非常に厳しかった。
私は、衣服だけでなく食品やスポーツなど、ジャンルを問わずに見て回ろうと直ぐに切り替えた。その矢先に現れたのが、セキセイインコのピーちゃんだった。
元々は小鳥をモチーフにアイデアを考えていたのだが、実物を見て生で感じたものを取り入れたいと、実際にペットショップへ出向いたのだ。
まさに、一目惚れだった。真っ白な頭にソーダのようなお腹と小さな小さな愛らしいくちばし。不思議そうにこちらを見つめるその眼差しが私を離さなかった。

そこから先は、直ぐに名前をつけて食事とトイレを用意し、全ての扉にストッパーを取り入れた。扉と羽が挟まれて亡くなってしまうケースが多いと、店員さんに言われたからだ。

今までの私の世界が、一気に明るくなった出会いだった。

ピーちゃんと話していると、不思議とアイデアが固まって、採用率も高くなった。幸運を運ぶ鳥だねと優しく撫でると、目を閉じで頭を擦り寄せてくるから、私も頬ずりをしたものだった。
リモート画面にも時々ピーちゃんが映っては、その場を和ませる場面も多々あった。
賢いピーちゃんは、私が作業してる時は近くに寄らないのだが、ピリリとした空気が走る時には羽音を響かせて私の肩に乗ってきては、あざとく首を傾げて皆の頬を緩めてくれる。

また、ピーちゃん、ピーちゃんと話しかければ、

「ピーちゃん、ピーちゃん、おはよう、うーん」

と、覚えた言葉でトコトコ歩いてきたり、籠の中でパタパタ羽を動かしたり、とにかく愛らしかった。


ピーちゃんは今、大人しく籠の中で眠っている。少しも水は減ってないし、ご飯皿も空のままだ。フェンスの鍵はかけられたままで、くちばしで突いた跡が内側に残っていた。
出たかったのかなぁと思うと、また鼻の奥がツンとした。

ピーちゃんは、温もりだけを残してこの世を去ってしまった。
元々長く生きられない個体だったそうで、ここまで良く元気だったと獣医さんも辛そうにしていた。

きっとあなたと出会うために、頑張って生き続けて、あなたの元へやってきたんですね。

涙が止まらなかった。ピーちゃん、ピーちゃんと、子どものように泣きじゃくった。
新しい子を迎える気は当分起こらなかった。仕事も身に入らず、企画したものも全てシュレッダーへと向かった。
上司との面談で、販売職か店舗運営に切り替えたらどうだと打診されたが、ピーちゃんを忘れろと言われているようで首を縦には触れなかった。

何かの前触れを感じ取ったのか、面談後に母から電話が来た。息子の声からして、よくないことがあったのだと思ったのだろう。心配した母が数年ぶりに家へ来ることになった。

事のあらましを話すと、母も悲しそうに、辛かったねと背中をさすってくれた。そして、亡くなったペットの毛を紡いで再び家族の元へ返すことができるそうだと、教えてもらった。
今では、一般の人もハンドメイドの延長で依頼を受け持っている人もいるらしく、母の友達も、そうだった。

小さな頃から、男らしくないと言われて、友達から虐められたこともあった。家庭科の成績が常に高かったけれど、体育の成績は平均値よりも下だった。優那という、女子にも使われる名前も相まって、なかなか自分を出せずにいた。
けれど、ピーちゃんをこの世に復活させることができるのなら。もう一度会えるのなら。

私は、この日ほど自分を誇らしく思ったことはなかった。

「ピーちゃん」

呼びかけても、もちろん返事はない。
だが温もりだけは、全ての羽で紡ぎ上げたピーちゃんが、そのまま残してくれた。

温かい涙が、すーっと綺麗に流れ落ちていった。

7/24/2024, 2:41:26 PM

お題 友情

友情をテーマにした物語は多いけれど、日常的に友情を見られるのは、ほとんど少ないと私は思う。
多分、客観的な視点がこの言葉にあるからだ。

『俺たちの友情は固いぜ!』
『私たちの友情は誰にも負けないし、ずっと続くって思ってる!』

これらの言葉を耳にした時、果たしてどれくらいの人が、本当に信じることができるのだろう。
近くにいる友達でさえ、大人になっていくにつれて疎遠になるというのに。懐かしむどころか、嘲笑う対象にすらなってしまうというのに。

友情は、子どもの夢だ。

そして友情とは、物語の中で常に生き続けるものだ。

7/23/2024, 2:45:57 PM

お題 花咲いて


私の家には、至る所に花がある。

食卓テーブルの中央には、100円ショップで買ってきた季節の造花が、これまた100円ショップで買ってきたパンダの置物と一緒に挿して飾ってある。
お腹には穴が空いていて、そこに茎を差し込むとまるでパンダが花束を抱えているように見えるのだ。ペタンと座り込む愛らしい姿は、その都度笑みがこぼれてしまう。
飽きないようにとラッコも同時購入したのだが、これが杞憂だった。なにしろ全く飽きがこないのだ。これでは本当にただの置物になってしまうと、リングやブレスレットなどの小物を入れては、なんとか存在感をアピールさせている。
観音開きのクローゼットの内壁には、私の好きなキャラクターの写真が貼ってあり、その中にも二種類の花がデザインされている。
桜と菜の花だ。
キャラクター達は、その花々を眺めては微笑ましい表情をしているので、見ているこちらも自然と口角が柔らかくなる。キャラクターと花の組み合わせは定番中の定番なので、策略に引っかかってしまった私も大概単純だなと、購入時には実証したものだった。今ではそれが、微笑みに変わるのだから、何が起こるかわからない。

他にも、玄関には、マグネットで吊るしてあるドライフラワーや、ドレッサーを開けば、イヤリングや口紅のケースにも小さな花が散りばめられている。夏の前に購入した白のサンダルにも、レースと思っていた部分が実は小さな花の形をしていたので、足元にも花を纏っている。

生花は匂いがきついものもあり、花によってはくしゃみがとまらないものもある。その分、造花や絵画や写真は体に影響が出ないのでありがたい。花が特段好きというわけではないのだが、気づけば私の周りは、花に囲まれていた。

死んで棺に横たわる際にも、身体中を花で囲っては眠りを装飾するのだ。

人生にはたくさんの場面で花が咲くのだろうと、目の前のベビーカーから、満面の笑みを浮かべている赤ちゃんを眺めて感じていた。

7/22/2024, 5:34:29 PM

タイムマシン

何回も想像し、時には深く、考えた。

もしそれがこの世にあるのなら、私はどう使いたいだろうか。

ゲームのように、納得がいくまで、人生を行ったり来たりするリセットボタンとして使うだろうか。
いや、ある地点からやり直して、裏コマンドのような、一度きりのチャンスステージとして使うだろうか。
それとも、未来に起こる全てを記録し、自分だけが幸せな人生を送ることができる、チート装備として使うだろうか。

……

タイムマシン

それは、もしかしたら、人々の欲望を悪気もなく映し出す、危険な代物かもしれない。

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