なつの

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お題 鳥かご

悲しみを癒すために、ピーちゃんを鳥籠へ入れた。
私の目に映る位置だ。顔を上げればすぐにその姿がわかる。
今日は会社へ出勤しなくても良い日だから、こん詰めてしんどくなった時にはいつでもピーちゃんを見れる。こんな癒しが訪れるのはいつぶりだろうと、パソコンに視線を戻した。

世界的パンデミックが起こったことにより、私の会社も全日リモートワークが推奨された。一時よりだいぶ落ち着いたので、今では週に何日かほど自宅で作業をしている。
会議や話し合いはリモートで行い、アイデア案もPDFで送り合うことが増えた。会社にいるよりも集中できるから、正直ありがたかった。
手頃な価格でアクセサリー販売を行なっている私の会社は、技術職、販売職、企画立案職、営業職、組織マネジメント、店舗運営で構成されており、私はそこの企画立案職で採用された。
小さな頃から手芸が得意で、たくさんのものを作ってきたから、指先には自信があった。人形はもちろん、簡単な洋服や手袋、手編みのカバンも作ってきた。冬に手編みのマフラーを家族全員分作ると大変喜んでくれた。だが、針と糸ができても、金具やレジンなどで作るキーホルダーはどうにもできなかった。私の会社は、まさにその金具系で作るハンドメイドアクセサリーだった。着物店や子ども服店で働くこともできたけど、それでも、可愛いものを作りたいという気持ちは揺らぐことがなかった。作ることは無理でも、せめてアイデアぐらいはとの思いで受けた結果、企画立案職で採用が貰えた。前例が無かったと、のちに上司から言われた時は驚いた。

パンデミックが起こる一年前までは、同業他社を周ったり、アパレル店でインスピレーションを貰ったりと、営業職と変わらないくらい歩いた日々が多かった。まさか世界的に起こることは当時思ってもなかったので、初めの一年でほとんどのアイデアを出し尽くしてしまった。外出許可が降りた二年目は、どこの店も商品が枯渇しており、新しいアイデアを生み出すことは非常に厳しかった。
私は、衣服だけでなく食品やスポーツなど、ジャンルを問わずに見て回ろうと直ぐに切り替えた。その矢先に現れたのが、セキセイインコのピーちゃんだった。
元々は小鳥をモチーフにアイデアを考えていたのだが、実物を見て生で感じたものを取り入れたいと、実際にペットショップへ出向いたのだ。
まさに、一目惚れだった。真っ白な頭にソーダのようなお腹と小さな小さな愛らしいくちばし。不思議そうにこちらを見つめるその眼差しが私を離さなかった。

そこから先は、直ぐに名前をつけて食事とトイレを用意し、全ての扉にストッパーを取り入れた。扉と羽が挟まれて亡くなってしまうケースが多いと、店員さんに言われたからだ。

今までの私の世界が、一気に明るくなった出会いだった。

ピーちゃんと話していると、不思議とアイデアが固まって、採用率も高くなった。幸運を運ぶ鳥だねと優しく撫でると、目を閉じで頭を擦り寄せてくるから、私も頬ずりをしたものだった。
リモート画面にも時々ピーちゃんが映っては、その場を和ませる場面も多々あった。
賢いピーちゃんは、私が作業してる時は近くに寄らないのだが、ピリリとした空気が走る時には羽音を響かせて私の肩に乗ってきては、あざとく首を傾げて皆の頬を緩めてくれる。

また、ピーちゃん、ピーちゃんと話しかければ、

「ピーちゃん、ピーちゃん、おはよう、うーん」

と、覚えた言葉でトコトコ歩いてきたり、籠の中でパタパタ羽を動かしたり、とにかく愛らしかった。


ピーちゃんは今、大人しく籠の中で眠っている。少しも水は減ってないし、ご飯皿も空のままだ。フェンスの鍵はかけられたままで、くちばしで突いた跡が内側に残っていた。
出たかったのかなぁと思うと、また鼻の奥がツンとした。

ピーちゃんは、温もりだけを残してこの世を去ってしまった。
元々長く生きられない個体だったそうで、ここまで良く元気だったと獣医さんも辛そうにしていた。

きっとあなたと出会うために、頑張って生き続けて、あなたの元へやってきたんですね。

涙が止まらなかった。ピーちゃん、ピーちゃんと、子どものように泣きじゃくった。
新しい子を迎える気は当分起こらなかった。仕事も身に入らず、企画したものも全てシュレッダーへと向かった。
上司との面談で、販売職か店舗運営に切り替えたらどうだと打診されたが、ピーちゃんを忘れろと言われているようで首を縦には触れなかった。

何かの前触れを感じ取ったのか、面談後に母から電話が来た。息子の声からして、よくないことがあったのだと思ったのだろう。心配した母が数年ぶりに家へ来ることになった。

事のあらましを話すと、母も悲しそうに、辛かったねと背中をさすってくれた。そして、亡くなったペットの毛を紡いで再び家族の元へ返すことができるそうだと、教えてもらった。
今では、一般の人もハンドメイドの延長で依頼を受け持っている人もいるらしく、母の友達も、そうだった。

小さな頃から、男らしくないと言われて、友達から虐められたこともあった。家庭科の成績が常に高かったけれど、体育の成績は平均値よりも下だった。優那という、女子にも使われる名前も相まって、なかなか自分を出せずにいた。
けれど、ピーちゃんをこの世に復活させることができるのなら。もう一度会えるのなら。

私は、この日ほど自分を誇らしく思ったことはなかった。

「ピーちゃん」

呼びかけても、もちろん返事はない。
だが温もりだけは、全ての羽で紡ぎ上げたピーちゃんが、そのまま残してくれた。

温かい涙が、すーっと綺麗に流れ落ちていった。

7/25/2024, 2:56:34 PM