終点
終電の電車に飛び乗った私は、疲れ切った体をシートに預け、心地よい電車の揺れに身を任せていた。窓の外には都会の明かりが流れ、徐々に意識が遠のいていく。そして、いつの間にか深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めた時、電車は止まっていた。私は一瞬、寝過ごしたのかと焦るが、窓の外に見える駅名に違和感を覚える。「守柁」という見慣れない名前が掲げられていたのだ。どこかで見たことがあっただろうか?いや、そんなはずはない。
不審に思いながらも、1人の乗客が静かに電車を降りる姿を目で追った。彼が降りた瞬間、電車のドアは無情にも閉まり、再び動き出す。次の瞬間、車内に響く車掌の不気味なアナウンスが流れた。「次は〜、爾相良。爾相良です。」その声はどこか機械的で、温かみのない冷たい響きを持っていた。
やがて電車は「爾相良駅」に到着する。私は降りようと考えたが、駅の薄暗く荒廃した様子を目にし、ぞっとした。この駅に降りることは、何か取り返しのつかないことに繋がるという直感が働いたのだ。しかし、またしても乗客の一人が降り、ドアはすぐに閉まる。
その後も、電車は「巳刈」「唐望」「佐伯」「玖斑」「凪紀」「撫儡」「燈冴」といった不気味な駅に次々と停車し、その度に一人ずつ乗客が降りていく。駅の雰囲気はどれも陰鬱で、どこか現実離れしていた。私の不安は徐々に恐怖に変わっていった。
そして、電車が「燈冴駅」に到着すると、車内に残された乗客は私一人だけになった。無人の車内、再び動き出す電車。車掌のアナウンスが再び流れるが、その時、私は全身の血の気が引くのを感じた。
次に停まる駅の名前が車内の案内表示に表示された。それは――「山中」という、私の苗字だった。
恐怖と絶望が一気に押し寄せる。自分の名が駅名として表示されるという、信じがたい現実。電車は揺れながら、その終点へと向かっていた。どこに続いているのか、それは誰も知らない。
しかし、電車が到着するその場所には、何が待っているのか――もう、逃れる術はない。
放課後の静かな教室。窓から差し込む夕日の光が、少しだけ赤く染まった机を照らしていた。彼女は、少し緊張した様子で机の端に立ち、指先を弄りながら言葉を探している。僕もまた、心臓が高鳴るのを感じていた。
「…あのさ、好きです」
その一言に、教室の静寂が深まる。僕は彼女の瞳を見つめるが、その視線はすぐに逸れてしまった。沈黙が二人の間に流れる。返事を待つ時間が、永遠のように感じられる。
「ごめんね、今は…」
彼女の言葉は柔らかかったが、はっきりとしていた。胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われたが、不思議と嫌な気持ちは湧いてこなかった。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、言えてよかった。」
僕は微笑みながら答えた。彼女もまた、少し安心したように微笑んだ。上手くいかなくたって、これでいい。これが僕たちの現実で、今の僕にはそれがすべてだった。
そして、二人はそのまま夕日の中を並んで歩き出した。言葉は少なくとも、心の中には確かなものが残っていた。
古びたアパートの一角、少しさびれたベランダには、一面に広がる緑とともに、一匹の蜘蛛が暮らしていた。蜘蛛の名はサラ。サラは長い間このベランダに巣を張り、何匹もの小さな虫たちを捕えて生きてきた。ベランダには植物が生い茂り、花が咲き乱れていたため、そこに訪れる虫たちは絶えなかった。
その日も、サラは静かに巣の片隅で待ち伏せていた。張り詰めた糸が、かすかな振動を感じ取るのを待ちながら。そして、ついにその時が訪れた。サラの巣に、軽やかな羽音を立てながら、一匹の蝶が飛び込んできた。
蝶の名はリリア。彼女は美しい模様を持つ羽を持ち、自由に飛び回ることを愛していた。だが、その自由な飛行が、今日は仇となってしまった。リリアはサラの巣に絡みつき、動けなくなってしまったのだ。
「おやおや、これは素晴らしい。ずいぶんと大きな獲物がかかったものだね」サラはその姿を見て、思わず嬉しさがこみ上げた。久しぶりの大物だ。
「お願い、助けて……私はただ花を見に来ただけなの。こんなところで死にたくないわ!」リリアは必死に羽をばたつかせ、逃げ出そうとするが、蜘蛛の巣はそんなに甘くはなかった。巣の糸はリリアの細かな羽根にしっかりと絡みつき、彼女の動きを徐々に奪っていく。
「ふふふ、そう簡単に逃げられると思ったのかい?」サラは冷たく笑った。「ここは私の領域だ。飛び込んできたお前が悪いんだよ」
リリアはもう一度羽ばたきを試みたが、無駄だった。絶望の中、彼女は涙を浮かべた。「お願い……私はただ、美しい花に惹かれて来ただけ。命だけは助けて……」
サラはその言葉に一瞬考え込んだ。彼女の生きるための本能と、リリアの哀れな姿に対するわずかな同情心が交錯する。だが、長い年月の間にサラは感情を捨ててきた。彼女にとって、生きることは他者を食らうことに他ならなかった。
「ここで私が慈悲をかけたところで、誰が私を養うんだ?お前が花を愛するように、私は食事を必要とする。それが自然の摂理だよ」サラは冷たく言い放った。
「でも、お願い……せめて、最後に花の香りを嗅がせて……」リリアの声はかすれ、涙がこぼれ落ちた。ベランダにはいくつかの花が風に揺れていた。リリアはその花々を愛し、その美しさに魅了されて生きてきたのだ。最後の瞬間に、せめてその香りを感じたいと願うのは、彼女の唯一の望みだった。
サラはその望みを聞いて、再び考え込んだ。「最後の願いか……」彼女は巣の隅にいた自分を持ち上げ、リリアのそばまで這っていった。そして、自らの足でリリアの絡みついた糸を少しだけ緩めた。
「さあ、花に近づけてあげよう。でも、その後は……」サラは言葉を途切らせ、リリアをそっと花の近くに移動させた。
リリアは必死に羽ばたこうとしたが、すでに力は残っていなかった。しかし、風に乗って運ばれてくる花の香りが、彼女の鼻先に届いた。それは、彼女がこれまでに感じたことのないほどに美しく、甘美な香りだった。リリアはその香りに包まれながら、静かに目を閉じた。
「ありがとう……これで、心残りなく……眠れるわ……」
リリアの声がかすれ、そして静かに消えていった。サラはその様子をじっと見つめ、静かにため息をついた。「これでいいんだ。これが私たちの運命だ……」
その後、サラはリリアの体に近づき、静かに食事を始めた。サラにとって、これはただの日常の一部に過ぎなかった。しかし、その夜、サラはいつもとは違う夢を見た。
夢の中で、サラは広大な花畑に立っていた。そこには美しい蝶たちが自由に飛び回り、花の間を楽しげに舞っていた。そして、その中にリリアの姿もあった。彼女は笑顔でサラに振り返り、優しく微笑んでいた。
「ありがとう、サラ。あなたのおかげで、最後に美しいものを見られたわ」
目が覚めた時、サラは不思議な感覚に包まれていた。それは、満たされたような、そして同時に、少しの寂しさを感じるような感覚だった。彼女は静かにベランダの隅に戻り、再び巣を張る準備を始めた。
外では風が吹き、花の香りがベランダに運ばれていた。その香りは、リリアの最後の願いを思い出させるかのように、サラの心に深く刻まれていた。
そして、次の朝もまた、サラは静かに巣に戻り、新たな一日を迎えるのだった。ベランダには依然として、花が咲き乱れ、蝶たちが訪れる。その光景の中で、サラは自分の役割を再確認し、静かにその運命を受け入れていた。
だが、彼女の心の中には、ほんのわずかながら、リリアの微笑みが残り続けていた。
決定事項
私は一人、山奥の村限界集落で立ち尽くしていた。目の前に広がる静かな湖、その向こうには深い緑の森が広がっている。この風景が、もうすぐ消え去ると思うと、胸が締め付けられるような思いがした。
村の会議室で、役場の人々がダム建設の決定を告げた日、私はすぐに立ち上がって反対した。「この村には、こんなに美しい自然があるんです。それを壊してまでダムを建てる必要がどこにあるんですか?」私の声は震えていたが、決意は固かった。しかし、大人たちは私の言葉を聞いても無表情だった。彼らにとって、私の意見はただの子供の戯言に過ぎなかったのだろう。
それでも、私はあきらめなかった。翌日から、毎日ダム建設予定地に通い、抗議の看板を掲げた。「自然を守れ」「ダム反対」そんな言葉を書いた紙を、木に結びつけた。村の人々は私の行動を見て、ため息をつきながら首を振ったり、時には笑ったりもした。でも、私は一人でも続けると決めていた。
ある日、私が湖のほとりで抗議をしていると、一人の老人が話しかけてきた。「お前さんの気持ちはわかるが、どうしようもないんだよ。この村はもう限界なんだ。若い人はみんな都会に出て行って、ここには老人しか残っていない。ダムができれば、少しは村の活気が戻るかもしれないんだ。」
老人の言葉に、私は一瞬ためらった。確かに、この村は限界に近づいている。学校も閉校し、商店も次々と閉店した。村の未来を考えると、ダムが必要なのかもしれない。でも、それでも私は自然を守りたかった。この湖と森は、私の心の安らぎだったのだ。
次の日、私は手紙を書いた。役場の人々や村長に、私の思いを伝えるための手紙だ。手紙には、ダム建設の中止を求める理由と、村の自然を守るための具体的な提案を書いた。手紙を送り出すと、私は再び湖のほとりに立ち、抗議を続けた。
数日後、役場から返事が届いた。手紙には、私の意見を尊重し、再検討するという内容が書かれていた。村長からも、私の行動に感謝する言葉が添えられていた。私は一瞬、希望を感じたが、その後に続く言葉で心が冷えた。「しかし、現実的な問題から考えると、ダム建設は避けられないのが現状です。」
その夜、私は一人で湖のほとりに座り、星空を見上げた。この湖も森も、もうすぐ消える。私は涙を流しながら、心の中で自然に別れを告げた。でも、どこかでまだあきらめきれない自分がいた。翌日も、私は抗議を続けた。誰もが無駄だと言っても、私は最後まで戦い続けるつもりだった。
決定事項。それが覆されることはないかもしれない。それでも、私はこの美しい自然を守るために、たった一人でも立ち向かう覚悟を決めていた。
太陽の神殿
遥か昔、まだ世界が今ほど複雑でなかった時代、ひとつの文明が誕生した。彼らは「太陽の民」と呼ばれ、その名の通り、太陽を崇拝していた。太陽は彼らにとって生命そのものであり、光と温もりを与え、作物を育て、生命のサイクルを維持する存在だった。
太陽の民の中心には、壮大な「太陽の神殿」がそびえ立っていた。神殿は純白の大理石で作られ、朝日の光を受けて輝く様はまさに神聖なものだった。神殿の内部には、太陽を象徴する黄金の円盤が祀られており、それが太陽の民の信仰の象徴となっていた。毎朝、神官たちは日の出とともに儀式を行い、太陽の恵みに感謝を捧げた。
太陽の民は、太陽神「スール」を信仰していた。スールは全知全能の存在とされ、彼の恩恵によって日々の生活が成り立っていると信じられていた。スールの怒りを買えば、日照りや災害が起こるとされ、太陽の民は常にスールの機嫌を損ねないよう、慎重に生活を送っていた。
ある日、異変が起きた。太陽が突如として姿を隠し、世界は闇に包まれた。太陽の民は恐怖に震え、神殿に集まって祈りを捧げた。神官たちはスールの怒りを鎮めるために、さまざまな儀式を行ったが、太陽は戻らなかった。闇の中、時間の感覚を失った人々は、絶望に沈んでいった。
数日後、神殿の神官長が一人の若い女性を呼び出した。彼女の名はエリサ、神官長の弟子であり、特別な使命を受けて育てられた者だった。神官長は彼女に、「太陽の神殿には、スールの怒りを鎮めるための最後の儀式がある。しかし、それを行うには純粋な魂を持つ者が必要だ。それが君だ、エリサ」と告げた。
エリサは驚きつつも、自分が選ばれたことを受け入れた。彼女は儀式のために特別な衣装を纏い、黄金の円盤の前に立った。彼女は目を閉じ、スールへの祈りを捧げた。その瞬間、彼女の体から眩い光が放たれ、神殿を包んだ。その光は次第に強くなり、まるで太陽が神殿の中に戻ってきたかのようだった。
エリサは光の中で意識を失ったが、彼女が目覚めた時、太陽は再び空に輝いていた。太陽の民は歓喜の声を上げ、スールの恩恵が戻ってきたことを祝った。エリサはその後、スールの神託を受ける巫女として崇められ、神殿での重要な役割を担うこととなった。
それ以来、太陽の民はより一層太陽を崇拝し、スールへの感謝の念を深めていった。彼らの信仰は、太陽が永遠に彼らを照らし続けることを信じる強い信念として根付いていった。そして、エリサの物語は、太陽の民が太陽と共に歩んできた歴史の一部として語り継がれることとなった。
300ハート感謝!