遠雷
ただ手を握られただけだった。それだけで、ネットに拡散されてしまった。一体、誰が盗撮をしたのだろうと気になって仕方がない。一瞬にして、全てを奪われた。遠くで雷の音がする。それはまるで、何か変化が起こる前兆に感じる。
不倫などしていないのに、勝手に決めつけられる。ネット上の人間は、雷の刃物が突き刺さるように鋭く、相手の心をえぐる。
雷が鳴る日に、この暴言はきつすぎる。私は家の中に引きこもって、ブルブル震えている。何も知らない、やっていないのに、なぜそこまで人を傷つけられるのだろうか。
昼間なのに真っ暗な空。どうしても気分が落ち込む。雷の音を恐怖としか思えない。しかし、雷はいつか去っていく。ネットの炎上もいつかは小さくなっていく。それは、他に標的を見つけたか、もう叩くのに飽きたのか、人それぞれだ。
早くネットの雷雲が去ってくれ。窓の外、遠くの方で鳴る雷は気づくと音が聞こえなくなっていた。自然と口角が上がった。スマホの画面をもう一度見ると、炎上は続いたまま。
まあ、いつかは去っていくだろう。そう思うと、なんだか少しラクになった。
明日は、仕事に行こうかな。そう決めて、今日は早めに寝ることにした。
Midnight Blue
濃い紺色。なんだか、闇を思わせる。暗い闇の中では気分が落ち込む。それにずっと一人で泣いている子供が遠くにいる。そんな気持ちになって仕方がない。
根拠などないが、夢の中で見たことがある気がするのだ。助けてあげたい。そう思っても近づけない。いくら走ってもあの子供との距離が縮まらない。周りの木々たちが私自身を取り囲んでいるようで、動いても全く景色が変わらない。全てが私を中心に動いているようだ。
しばらくもがいていると、闇の中でうっすらと遠くの方が青くなりだした。朝焼けという感じか。とても透き通った空気をめいいっぱい吸い込みたくなった。
気がついたら、あの子供はいなくなっていた。しかし前にも、こんな事があったように感じる。夢の中で気分が明るくなると、あの子供は必ずいなくなる。夢の中でしか見ることのできないあの子供。気分が落ち込んでいる、暗い気持ちのときにだけ現れるんだ。
どうしてあの子は泣いていたのか。その理由は、何となく分かる。ような気がする。自分自身への失望、子供の頃の私への怒り、それらの気持ちが溢れ出しているのだ。それに私と何かつながりを感じる。子供の頃の自分にあの子供がそっくりなのだ。
夢の中でしか会えない、触れることもできないあの子供に、また夢の中で会いに行こうと思う。
君と飛び立つ
落ちこぼれの士族。そう言われ続けた俺の一族は、初めて歴史の1ページに刻まれることになった。
「なあ、喜久丸。このまま、ぼーっと生きるつもりか?」
「え?駄目なの?」
俺は自由に生きたいだけなんだけどな。別に武士だからといばるわけでもないし、前線に立って戦うつもりもない。それに、まだ俺はこの地の領主になどなっていないのだから。今からせかせかしたところで意味もない。
「それよりも、佐太郎はどうして俺に構うんだ?」
「だってお前、戦ちょー得意だろ?俺にはそう見えるね。」
は?俺、戦ったことなんて一度もないんですけど。そもそも下働きで戦いを見たことすらないんですけど。
「一緒に、戦に行こう!」
そう佐太郎は言った。のだが、無理だろ。だって、俺の家、ものすごく弱いから!武士としても、人間としても!
俺の一族は弱すぎて、ほとんどは他の武士の下働き。マジで最悪。武士っていうより、奴隷か?って感じだ。
「はあ、今日も同じ景色…。」
「おーい、喜久丸!遊びに来たよ!」
遊びに来たって、佐太郎は俺の上官の息子だろ。まあ、上官の息子っていっても、敬語使ったことないけど。同い年だし。よく、親の目を盗んで一緒に遊んでいたし。
「今日は何すんの?」
「ん〜そうだな。戦でも見に行くか?」
「え?」
俺たちはいつものように親の目を盗んで屋敷を抜け出した。
「ははっ!ちょろすぎだろ!簡単に家から抜け出せる!」
「自分の家のことをよくもそんなふうに言えるよね。で、どこで戦やってんの?」
「あ〜、どこだろ?」
佐太郎っていつも行き当たりばったりだよな。まあ、何となくそう言うと思ってたけど。
「お!あそこ何か騒がしくね?」
「いや、あれはただの酒飲みが楽しんでるだけ。」
「あそこは?」
「あそこは…何だろう?」
「侍が暴れてるぞ!」
どこかからそんな声が聞こえた。ぼーっと突っ立ってるつもりだった。知らんぷりしよう、そう思っていた。しかし、気がついたら、暴動を起こした侍の首を絞めていた。
「俺、何やってんだ。お侍さん、すまない。気がついたら首を絞めてた。」
俺はちゃんと謝って首から手を離した。
「気をつけろ。」
なんだか、ムカッとした。
「ん〜、気をつけるのはお侍さんの方じゃない?」
そう言い返した。
そうしたら、その日の夜に父にものすごく叱られた。なんと、あの侍はどこかのお偉いさんの坊っちゃんらしかった。どこのどいつかは知らん。興味ないし。
それに次の日、父に佐太郎と一緒に武者修行に行け、と言われてしまった。なのに、佐太郎はとても楽しそうだった。
「いやぁ~、あのバカ親父から解放された!」
そんなに、お父さんと仲が悪かったのかな。まあ、あの親父は意地悪だからな。無理もない。
「なあなあ、喜久丸。飯食おう!俺腹減ってさ。いいだろ!」
のんきなものだ。このままではいつか、死ぬのではないか。ん〜、まあいっか。
あれから十年後、俺は戦に出ていた。
「これが戦か?」
「そうだ、吉徳。いやぁ~、名前もらえて良かったな!」
「名前、あんま気に入らないんだよね。」
名前からすると、恵まれてるとか、そんな意味に捉えられる。でも別に恵まれてなんかないんだけどって言いたい。
佐太郎は俺の言葉を聞いて笑っていた。しかし、ようやく花が開いたようだ。色々ありすぎて、逆に思い出せない。でも、ずっと隣には佐太郎がいてくれた。それだけは、はっきりと覚えている。
「一緒に、この大戦に飛び立とう!」
「おう!よっしゃ、行くぞ!」
きっと忘れない
朝ご飯を食べる。着替える。家を出る。学校に行く。普段の生活などつまらない。もっと、弾けたい。
頭の中は自由で、どこへでも行ける。電車に乗って毎日、頭の中で遠くの何処かへ旅に出ている。海に行ったり、山に行ったり、大好きな自分だけのキャラクターを動かしたりして。
休み時間にぼーっとホワイトボードを眺めてまたキャラクターと遊ぶ。彼は私のことを分かってくれる。
私には彼がいないと生きていけない。そう思うくらいに大好きなのだ。現実で会ってみたい。そんな叶わぬ夢をいつもみている。でも、もし会ってしまったら夢がなくなってしまう…なんて考えたくない。
毎日一緒に遊んで寝て、やっぱり触れてみたい。やっぱり会ってみたい。きっとお婆さんになっても、忘れないだろう。大好きな私の中の彼氏に。
なぜ泣くの?と聞かれたから
「お兄さん、なんで泣いてるの?」
そう聞かれたから、僕はこう答えた。
「嬉しいんだよ。心の底から。」
「嬉し泣き?でも、嬉しそうに見えないけど。」
僕はどんな表情をしている?と聞こうとしたが、話しかけてきた子供は友達に呼ばれて行ってしまった。
しかし、なんで泣いていたんだろう。なんで、公園の端っこで蹲っているんだろう。ここにずっといよう。もう、誰とも話したくない。家の場所も分からないのだから。
「なあ、室田ってこのあと暇?」
「すまん、このあと弟と公園に行って遊ぶ約束なんだ。じゃ、またな。」
学校が終わって階段を急いで駆け降りる。早く帰らないと、宏斗との約束の時間に間に合わない。駆け足で公園に向かった。
「お兄ちゃん、いた!」
宏斗が横断歩道を渡っていた。僕を見つけてはしゃいでいる。なぜ、公園で待っていないんだ。危ないから早く渡れ。気づくと、宏斗のすぐ近くまで車が来ていた。
「逃げろ、早く!」
弟が遠くまでふっ飛ばされた。頭から血を流していた。なぜかとっても、嬉しかった。頭がおかしくなったようで、涙も出なかった。そして、何も考えずに宏斗を連れて、遊ぶ約束をした公園に向かった。
ずっと、弟の面倒を見るのが嫌だったのかもしれない。だから、死んでくれて嬉しかった。のか?もう、どうでもいいや。何もかも忘れよう。考えないようにしよう。
「でも、嬉しそうに見えないよ。」
あの子供の言う通りかもね。弟が生き返らない、そのことを否定しようと必死なんだろうね。