◤小指で紡ぐ◢
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」
子供の頃の、他愛ない約束。俺はその約束の内容を、覚えていない。
☆。.:*・゜
何時もの花の香りに、頭の霞がゆっくりと晴れていく。昔誰かに貰った月下美人の花は、何故か枯れる事も無く、俺の机の上で咲き誇っている。
朝に花瓶の水を変えるのは、かれこれ十年程続けている俺の日課だ。上品な香りは、俺の大切だった人を思わせる。
あれ。誰だっけ。
まあ取り敢えず、この花は俺の大切だった人から貰った物なのだろう。顔も名前も覚えていない。声なんて以ての外で、匂いは…。月下美人の香りがふわりと漂っていたかもしれない。
花を顔の近くまで持ってきた。何となく、落ち着くのだ。理由も分からず、ただこの香りに埋もれていたいと思う。其の事に、何の疑問も抱かなかった。
いやしかし、こんなにも大切な人を忘れてしまうものなのだろうか。幼馴染…うん、そうだ。隣の家に住んでいた。もう空き家になっている家に。俺の家だって、両親が死んだ時に俺が引き取らなければ無くなっていただろう。久しぶりに、隣の空き家に踏み込んでみることにした。
何も無い。いや、空き家なのでそれはそうなのだが、本当に何も無くなっていた。懐かしさの欠片も込み上げてこない。しかし、無駄足だったかと帰ろうとしたその時、俺の視界の端に子どもの足跡が映った。
何となく胸がざわめいて、その足跡を追っかける事にした。それは、ひとつの部屋へと続いていた。
ドアを開ける。そこには、綺麗な子供部屋があった。ここは⬛︎⬛︎⬛︎の部屋だ。何故残っている。だって⬛︎⬛︎⬛︎はあの日、⬛︎に轢かれて、⬛︎んだんだから。八月⬛︎日の、蝉時雨の鳴り響く日に、⬛︎じ込められて、それで俺は、⬛︎✕○⬛︎▲●□◆☆□。
ふらりと体が傾いて、地面に激突する。そして、意識が薄れていった。
「おーい」
少女の声。知っている声だ。
「うーん、起きれないかー」
どうも意識はあるが、外の状態が分からない。視覚も触覚も味覚も奪われている。残っているのは、聴覚と嗅覚だけだ。少女の声と、月下美人の香りだけが俺の世界になっていた。
「君はねー、ここに迷い込んじゃったの」
先程よりも大きくなった声が聞こえる。迷い込んだとはどういう事だろうか。確かに先程の、部屋の状態はどう考えてもおかしいものだった。
「だからねー、帰らなきゃダメなんだけど、その為には約束を思い出さなきゃいけないの」
それは無理だろう。ここ何年も、思い出せていない。
「私も手伝うからー」
何を知っているというのだ。君ごときが。いや、君が⬛︎⬛︎⬛︎なのか。君が月下美人を俺に渡して、、、
「ちょっと思い出したね。月下美人を渡したのは私だよ。君が約束を叶えられるまで枯れない月下美人」
一体君は何者なのか。
「それには答えられないんだ。ごめんね」
頭の中が読まれているらしい。あまり気分の良い気はしない。
「ごめんね。聞こえてきちゃうんだ。それで、分かりそう?」
約束、君は、優しかった。博愛主義という言葉が似合うような人で、僕の憧れで、大好きな人だった。君と、ずっと一緒にいたかった。
「そう」
僕が、君と約束を交わしたのはいつ?
「中学生の頃よ」
君が⬛︎んだのは?
「その翌日」
君はそれを知っていたの?
「……」
知っていたんだね。君は優しいから…、そうか、君は優しいから、僕に幸せになって欲しいと言ったんだね。
「違うわ」
じゃあ、ずっと一緒にいたかったとか?
「それは貴方でしょう」
じゃあ何を約束したんだい?
「言えないわ」
案外待ってて、とか。
「ええ、それと忘れないで」
なるほど。確かに、僕は君の⬛︎に耐えられなくて、忘れてしまったんだね。
「ええ、そうよ。それと、もっと話していたかったんだけど時間みたい。待ってて。今度こそ、ちゃんと会いに行くから」
少しづつ意識が薄れていって、起きた時には頭が激痛に包まれていた。痛いところに手をかざせば赤くなる。どうやら嫌な打ち方をしたらしい。
まあ、このまま救急車を呼ぶと俺の不法侵入もバレるので、こっそりと家に帰って自分で処置を施した。そして、机の上を見れば、月下美人が枯れていた。
「お疲れ様。今までありがとう」
十年程、ずっと咲き続けた花にお礼を言った。多分この花が、俺の心を守ってくれていたんだろう。
花を新聞紙で丁寧に包んで燃えるゴミに捨て、ベッドに身を投げ出した。今度こそ待ってて、なんて、子どもとして産まれてくるつもりなのだろうか。
ブーッ、ブーッ
スマホのバイブ音が鳴る。妻からの電話だ。
「妊娠よ」
嬉しそうな声が耳元で聞こえる。
「性別は?」
「それはまだ分からないけど、、、」
「楽しみだな」
「ええ」
にこにこと笑う君の顔が、確かに俺の瞼の裏に蘇る。空中で指切りげんまんをした。今回は、幸せに、穏やかに、過ごせますように。健やかに、成長してくれますように。
テーマ:待ってて
◤アイガン◢
少女はアイガン動物になりたいとアイガンした。
この文章でカタカナになっている部分を漢字に直しなさい。
☆。.:*・゜
「辞めろよその問題」
酒の席で、作りかけのテストを後ろから覗かれた。
「何故? アイツらにはこの位が丁度いい」
「病んでんのかよ。まあ、お前のクラスなかなか荒れてるけどな」
「違う。全クラスだ」
アイツは疑問を顔に浮かべた。
全クラスに必要だ。皆、馬鹿みたいに援○交際だ、中○しだ。体を大事にしない。この文章のように。とはいえ、あまり踏み込むことは出来ないから、ちょっとでもあの馬鹿共に伝えたくて。
少女は愛玩動物になりたいと哀願した。
テーマ:伝えたい
◤初終◢
気にすることもないだろうと笑い飛ばした俺に対して、君は、そんなことは出来ないと向き合い続けた。
そして、壊れた。
☆。.:*・゜
煙草は永遠の友である。勝手に何処かに居なくなることなどない、唯一の約束を破らない存在。だと思っていたら、俺の好きな銘柄が無くなるというニュースが飛び込んできた。最悪である。
今日はアイツの命日で、其の日に吸う煙草は之以外存在しないというのに。仕方ないので、80本、用意した。あと80年生きる保証もないが、少しでも長く、アイツの墓参りに行ってやれるように。
ビールを1本、置けばアイツの不貞腐れた顔が浮かんでくる。あの頃と違って昇進した俺ならもっと良い酒を買ってこれる。でも、アイツとの思い出は、このビールに始まって、このビールに終わっていた。
煙草を吸って哀愁に浸って、余り長居するのも邪魔かと帰ることにした。騒がしい半面、1人を好む奴だった。俺とは真逆だったが、妙に気が合った。大事な、相棒だった。
「お兄さん、来たよ」
何処か聞き覚えのある声に振り向いてみれば、アイツの墓の前には、アイツの死んだ原因になった少年が来ていた。いや、こんなにも少年を恨んでいるのは俺ぐらいだろう。皆、アイツが正しい事など知っていた。
「チッ」
盛大な舌打ちを鳴らして、足早にその場を去った。盗み聞きをする趣味などない。あの話は、俺が聞いちゃいけない話だ。本当なら、問い詰めて、泣いても分からせたい。カウンセラーらしからぬ考えである。
「あ゛ー、仕事するか」
兎に角この気持ちを紛らわせたかった。ただただ腹立たしい。
赦しなどしない、認めなどしない。アイツの望みなんか知ったこっちゃなくて、俺の心の整理なんか、一生つけるつもりはない。
でももし、もし少年を赦す日が来るのなら、それは此場所が良い。アイツの墓の前で、俺は少年を赦したい。
テーマ:この場所で
◤造花◢
心の花のようだ。君を見て、そう思った。
別に、何か特別なことがあったわけではなく、ただ、君の歪さは私の目を引いた。其の歪さの訳も分からず、認識だけをしていた。
良い人だ。誰に対しても優しく、見捨てず、自己犠牲精神も強い。私なんかよりよっぽど聖人で、どうしようもなく気持ち悪い。
「よく頑張ったね」
少年を励ます君の横顔は、やけに綺麗だった。そして、少年がいなくなった途端に、その表情は抜け落ちた。なるほど、と。君はやけに偽善的だ。本心からの善意を、まるで偽善的に熟す。何方にせよ、君は善人だ。そんな結論を抱いた。
それならば、君が私の部下でなくなるときは、両手いっぱいの花束をやろう。ムカつくほどに綺麗な造花の束を。
テーマ:花束
◤告白が招いたもの◢
ベッドに沈む。ふかふかで高級なそれで見る夢は、悪夢だった。延々と、訳の分からない暗い穴に落ちていくのだ。底も見えない上も見えない。そんな穴の中。
いや、底も上も変わりないのだとしたら落ちていくという表現は正しくないのかもしれない。実際、物理法則など完全に無視したゆっくりとしたスピードで身体は沈んでいく。
いつもは、目が覚めるまでこのままなのだ。だが今日は違った。わたしの目の前に現れたのは一つのビデオだった。
「あの、付き合ってください」
「ごめんね」
あの日私が断った告白の場面だった。特に何も面白くないそれから目が離せない。
「告白されたんだけど」
「えー、キモ」
これは友だちにそれを伝えるシーン。他意はなかった。ただ、いつもその日にあったことを報告するように、この告白も報告した。
「告白するなんて烏滸がましい」
「学校に来るな」
これは彼の下駄箱だ。そこに入っていたのは罵詈雑言の書かれた手紙。
「アイツこの学校から追い出さなくちゃ」
「手を出さないという協定を知らなかったわけではないでしょうし」
「知らなくても有罪だね」
あれは、私の友だち。私の友だちがこんなことをしたというのだろうか。いつも優しいあの子たちが。いや、いつも優しいのは私に対してだけだったのだろう。そんなことも知らず、私は彼を追い詰めて行ったのか。
ああ、堕ちていく。
テーマ:落ちていく