◤初終◢
気にすることもないだろうと笑い飛ばした俺に対して、君は、そんなことは出来ないと向き合い続けた。
そして、壊れた。
☆。.:*・゜
煙草は永遠の友である。勝手に何処かに居なくなることなどない、唯一の約束を破らない存在。だと思っていたら、俺の好きな銘柄が無くなるというニュースが飛び込んできた。最悪である。
今日はアイツの命日で、其の日に吸う煙草は之以外存在しないというのに。仕方ないので、80本、用意した。あと80年生きる保証もないが、少しでも長く、アイツの墓参りに行ってやれるように。
ビールを1本、置けばアイツの不貞腐れた顔が浮かんでくる。あの頃と違って昇進した俺ならもっと良い酒を買ってこれる。でも、アイツとの思い出は、このビールに始まって、このビールに終わっていた。
煙草を吸って哀愁に浸って、余り長居するのも邪魔かと帰ることにした。騒がしい半面、1人を好む奴だった。俺とは真逆だったが、妙に気が合った。大事な、相棒だった。
「お兄さん、来たよ」
何処か聞き覚えのある声に振り向いてみれば、アイツの墓の前には、アイツの死んだ原因になった少年が来ていた。いや、こんなにも少年を恨んでいるのは俺ぐらいだろう。皆、アイツが正しい事など知っていた。
「チッ」
盛大な舌打ちを鳴らして、足早にその場を去った。盗み聞きをする趣味などない。あの話は、俺が聞いちゃいけない話だ。本当なら、問い詰めて、泣いても分からせたい。カウンセラーらしからぬ考えである。
「あ゛ー、仕事するか」
兎に角この気持ちを紛らわせたかった。ただただ腹立たしい。
赦しなどしない、認めなどしない。アイツの望みなんか知ったこっちゃなくて、俺の心の整理なんか、一生つけるつもりはない。
でももし、もし少年を赦す日が来るのなら、それは此場所が良い。アイツの墓の前で、俺は少年を赦したい。
テーマ:この場所で
◤造花◢
心の花のようだ。君を見て、そう思った。
別に、何か特別なことがあったわけではなく、ただ、君の歪さは私の目を引いた。其の歪さの訳も分からず、認識だけをしていた。
良い人だ。誰に対しても優しく、見捨てず、自己犠牲精神も強い。私なんかよりよっぽど聖人で、どうしようもなく気持ち悪い。
「よく頑張ったね」
少年を励ます君の横顔は、やけに綺麗だった。そして、少年がいなくなった途端に、その表情は抜け落ちた。なるほど、と。君はやけに偽善的だ。本心からの善意を、まるで偽善的に熟す。何方にせよ、君は善人だ。そんな結論を抱いた。
それならば、君が私の部下でなくなるときは、両手いっぱいの花束をやろう。ムカつくほどに綺麗な造花の束を。
テーマ:花束
◤告白が招いたもの◢
ベッドに沈む。ふかふかで高級なそれで見る夢は、悪夢だった。延々と、訳の分からない暗い穴に落ちていくのだ。底も見えない上も見えない。そんな穴の中。
いや、底も上も変わりないのだとしたら落ちていくという表現は正しくないのかもしれない。実際、物理法則など完全に無視したゆっくりとしたスピードで身体は沈んでいく。
いつもは、目が覚めるまでこのままなのだ。だが今日は違った。わたしの目の前に現れたのは一つのビデオだった。
「あの、付き合ってください」
「ごめんね」
あの日私が断った告白の場面だった。特に何も面白くないそれから目が離せない。
「告白されたんだけど」
「えー、キモ」
これは友だちにそれを伝えるシーン。他意はなかった。ただ、いつもその日にあったことを報告するように、この告白も報告した。
「告白するなんて烏滸がましい」
「学校に来るな」
これは彼の下駄箱だ。そこに入っていたのは罵詈雑言の書かれた手紙。
「アイツこの学校から追い出さなくちゃ」
「手を出さないという協定を知らなかったわけではないでしょうし」
「知らなくても有罪だね」
あれは、私の友だち。私の友だちがこんなことをしたというのだろうか。いつも優しいあの子たちが。いや、いつも優しいのは私に対してだけだったのだろう。そんなことも知らず、私は彼を追い詰めて行ったのか。
ああ、堕ちていく。
テーマ:落ちていく
◤僕と君◢
子どもの頃の宝物を思い出して欲しい。キラキラとした石だろうか、たくさんのカードだろうか。それが今も宝物だという人はどれ程居るのか考えてみれば、極少数派だ。
僕はどうかって。勿論、変わっていないからこの質問をしたんだよ。僕は大切なものは自分の手の中に閉じ込めておきたい質だから見せてあげることは出来ないんだけど。
どうしてもダメか?
ダメだね。あれはもう僕のものだ。誰にも渡さない。
噂?ああ、少女が行方不明になった事件かい。非常に痛ましい限りだね。早く見つかることを祈っているよ。
やっと帰った。たぶんアイツら僕のこと疑ってやがる。幼馴染だって全てを知ってるわけでは当然ないんだからやめて欲しいよね。
ん?出してって?
出すわけないじゃん。君は僕のものだよ。それにそうやって、何とか抜け出そうとして、でも無理で絶望する顔も可愛いよ。
テーマ:宝物
◤火を灯した◢
私の親友の心に宿るのは業火だ。絶対にやり遂げると誓った使命感がずっと燃え盛り続けている。自分とは違うと、常に思わされている。
「そんなことないよ」
そんな一言が私の心を抉ることなど、ずっと知らないままなのだろう。優しくて、鈍感で、人を意の外で傷つけて、その度に直ぐに謝れる彼女は多分一生気づかない。私みたいな、隠すことが得意な人間は、傷ついたことをアピールしないから。
でも、なんでそれでもそばに居るかって。彼女が傷つけていることを認識しないまま、その傷ついた心を救ってしまっているからに他ならない。ほら今だって。
「業火っていうのは分かんないけど。冷ちゃんにだって火は灯ってるよ。キャンドルみたいな小さな火かもしれない。それでも優しくて温かくて思いやりに溢れた火だよ」
だから彼女の傍から離れられない。
テーマ:キャンドル