【夢と現実】
夢ってのはなぁ、現実にならねぇから夢っていうんだぜ。
僕は目の前の大人を......いや、ゴミを見下げる。酒飲んで路上で管巻いているから物理的にというのもあるし、先程の発言を加味するまでもなくという意味でもある。
隣でビシッとスーツを決めた兄ちゃんが一生懸命連れていこうとしているが、俺ァここで路上ライブ通天閣ツアーをやるんだァ!とか訳のわかんないことをほざいて振り払っていた。僕の隣の女の子なんてもう泣きそうだった。僕もその気持ちに激しく共感する。
「やだ、あのりゅうせーさんが私の目の前に.....眩しすぎィ!」
ごめん、やっぱ嘘。何一つ共感できない。一生眩しさで潰れてろそのバカ目ん玉。
とにかく、彼は今の所僕の評価カースト底辺だった。
ただここで帰ると憧れが憧れの姿ではなかったという、彼の論説を認めたようにも感じて、癪だ。意地でも反論する。
「そんなわけない、僕はあんたが夢を叶えてきたのを知っている」
何を隠そう、僕だって彼の熱烈なファンだ......数分前までは。いじめを受けていた時に彼の曲で救われたようにすら感じ、そこから彼のようなミュージシャンになりたいとここまで努力してきた。その間も彼はどんどん活動範囲を広くし、遂にテレビに出ない日はほぼ無くなってきた。たとえ目の前でゲロ吐いて、若人の夢を根本から金属バットで叩いているような感じでもそこに関しては尊敬しているのだ。
「なぁにいってんだおめぇ、俺は一つも夢なんざ叶えてないぜ」
そして、近くにいたスーツのあんちゃんの腕を引っ張り無理やり自分の目の前に置く。
「全部こいつがやりたかったことだからな、俺は路上ライブで充分だってんだ。」
他人の夢に乗っかった牛後ちゃんよ、とケラケラ笑う。その言葉はどこまでも軽く、いっそ風に吹かれて消えてしまいそうだ。けれど、一つどこかに芯があるようにも感じる。
「大体な、夢を叶えるのに他人の力をフルに借りたら自分の力で叶えたとは言えねぇだろ」
「そんなことは」
「あるんだよ、綺麗事とか努力の否定されたくないだとかでみんな隠してるけどな、薄々勘づいちゃいるんだぜ」
開きかけた口は力無く閉じてしまう。悔しいことに次の言葉は出てこない。
迂闊な言葉など許さないように彼の瞳はギラギラと熱を持って光っている。
「だから言ったろ、理想は理想なんだ。妥協した結果がイマなんだよ。だいたい最近の若者はみんな馬鹿ばっかりだぜ」
なおも彼の暴言は続く。ただの酔っぱらいのくせにやけに強い一撃で僕の意識を削りながら。
「夢なんて大層な言葉使いやがって。
大人が頑張っても、1人の力じゃ叶えきれないもんだぜ? そんなもの背負っちまうから潰れちまう。大体のバカなんて進むことしか知らねぇか、俺みたいに夢を叶えたと偽っちまう嘘つきしかいねぇんだからよ」
そういうとふらり、と彼は立ち上がる。意外と上背がある彼の目線は僕より上にある。ただ、不思議と威圧感は感じない。母親のような何もかも決めてしまおう、みたいなある種の虚無も感じられない。
なんというか、僕と同じ、ような。
「いいか、本当に夢を叶えたいならな。
そんな大層な言葉使うな、そん代わりにやりたいことを周りのヤツらと共有して巻き込んじまえ。やりたいことはいいぞ〜、やらなきゃ自分の価値観が揺らぐ、なんてことはねぇかんな。嘘つきからバカへのアドバイスだ」
そうして、誰の助けも借りずふらりふらりと彼は夜の街へ歩いていく。慌ててスーツの人がその後を追うと、彼は躊躇無くスーツの人に肩を預ける。その姿は
酒に酔ってても自分に酔ってても、きっと本当に立つべき場所を見誤ることの無い、本当の《大人》なのだと僕にはそう見えた。
見えなくなってから、ふと隣を見るとこちらを伺うやつと目が合う。名前も知らないけど、僕と同じようにきっとなにかに憧れている、そんな誰か。
どちらからともなく手を差し出す。
「ね、僕のやりたいこと、手伝ってくれない?」
「ね、私のやりたいこと、手伝ってくれる?」
返事は、バカみたいな笑い声。くらい夜道に嘘みたいに明るい声が響く。
きっとこれから先、僕らは大丈夫だろう。根拠もない考えが僕らの背中を押した。
【さよならは言わないで】
あの人はいつも急だった。
気づけば、僕の思いもよらないことを持ち込んできて、僕の日常はめちゃくちゃにされた。だけど、それが楽しかったのも本当の気持ちだったんだ。
いつもの空き地に猫を連れてきて「これからみんなで飼うから」なんて言った時も、その猫の飼い主を探すためにみんなを連れ回したり、チケットを持ってきて遊園地に行こうっていきなりにも程があった時も、晴れの日、雪の日、雨の日どんな日だって。
だけどふたつだけ。どうしても許せないことがある。
こんなに年数がたってから顔を合わせたってどうしても普通の顔なんて出来ないくらい酷いことだ。当時は息も尽かせぬ罵倒で殴り倒したっけ。珍しく涙を流していた君の顔が、昔の記憶補正でキラキラと輝いて見えている。
まず1つ。
僕たち......いや僕に何も聞かせずに勝手に遠くに行くことを決めたこと。
いつものように空き地に集まった僕たちの背中が茜色に染まる頃。西日に背を向けて、影で顔が見えない状態で君は言ったっけ。
「あのね、私、遠くの学校に入学することにしたの」
途端、叫換。一瞬後、雷親父の怒鳴り声と蝉の声が響く空き地。そして、誰かが鼻を啜り上げる音とともに地面に黒いシミが広がっていく。君もそんなみんなにつられて涙声だった。
だが。
「ねぇ、君からも声が聞きたいな」
「うるさい」
1人だけ。空気を読まず。
赤く赤く燃え盛るような気持ちに包まれていた。夕日の寂しさに焼かれたのかもしれないし、どこか彼女の1番の存在だと思い込んでいた自分への怒りかもしれなかった。
「う、うるさいってなによ」
「うるさい!!!」
その感情が向き先も分からないまま爆発する。
「僕に何も言わなかったくせにッ!」
誰も喋らない。否、声が出ない。大きな感情に対抗する術を彼らは知らなかった。
......それが2つともなれば尚更。
「私の気持ちも知らないくせに勝手に言わないでよ!!」
瞬間、右頬が熱くなる。そのまま熱は頭まで一気に昇って勝手に右手が動く......が寸前で止まった。今でも僕は自分を軽蔑するし、そして同時にそこだけは評価せざるを得ないと心に留めている。
「そんなんだから」
寸前で止まった僕の手を見て、じわりと涙が湧き上がっていく。僕の判断は正解ではあった。だが、そのあとの対処が一生の間違いだった。
「そんなんだからダメなんだよ......」
弱々しい声。いつも元気な彼女の、聞いた事のない音色。それ以上見ることは出来なかった。
「さよなら」
堪らず背中を向けて家へ向けて歩き出す。奇しくも彼女と同じ方向を見ることにはなった。何も一致しない心の向きとは裏腹に。
「さよならなんて、言わないで」
耳にこびりついた雫は今も反響を続ける。
2つ目のこと。
死んだこと。
次の日の朝刊、車に跳ねられて無くなった女児の名前が目を上滑りしていく。世界が泥濘に包まれているように足取りは現実感がなく、そしてどこまでも沈んでいく。
認識した時にはもう独りで泣くしか道がなかった。泣いて泣きわめいて泣き潰してそれでも泣き足りなくて。
こうして墓参りに来たってこの反響も雫も鳴り止まないんだろう。
だから僕は、墓に向けて告げる。
いつまでもいつまでも彼女が僕を忘れないように、僕が彼女への罪を忘れることがないように。
「さよなら」
永遠に反響を抱えて、恨みでも悲しみでもいいから彼女の魂を独占できるように。
【泣かないで】
僕は自惚れていた。
遠い夕暮れを背に、彼女を前にして。
当然だと思ってたんだ。
だって、小さい頃からご飯もお風呂も遊ぶのだって。何をするのも彼女と一緒で。イタズラする時だって、いつも隣にいる彼女は少しだけ困った顔で、僕が怪我した時にすぐに手当できるように着いてきてくれた。君に色んなもの見せる度、自分は彼女を新しい世界に連れて行ける素晴らしい人間だと錯覚できた。
そう、全て錯覚だった。
君が、仕方ないと眉を下げて笑う顔も。
君が、自分の事のように泣きじゃくって手当してくれることも。
君の方が泣いているくせに、「もう泣かないで」って無理やり平気そうな顔するのも。
僕が、彼女にとって特別だからそうしてくれると、勝手にそう思ってた。
きっかけはなんてことの無い、いつもと同じ、イタズラを思いついたなんでもない日。特段いい事がおきそうな予感が身を包んで、ポカポカと体が暖かかった。
「よーし、見とけよ」
目の前の彼女に向かってなんて言ったんだっけか。いつも使ってる最初の言葉しか思い出せない。それぐらい、大事じゃないことは錆びている。
だが振り返ったのは覚えてる。
そして。
次の瞬間、意識の外から飛んできたなにかが彼女の顔面にぶち当たった。
ぱっ、と赤い花が咲く。火花と紅い血で描かれたものが。
脳内フィルムで静止したその瞬間。
あとから聞けば、近くで遊んでいたガキどもが投げた爆竹が当たったらしい。
その後、どうしたのか覚えてないが、きっと親を呼びに行ったんだろう。馬鹿みたいに泣き叫んで。けれど、それはもう既に、この時点で終わっていたんだ。助けを呼ぼうにも間に合っていなかった。
死んじゃいない。
いっそ、そうなればよかった。
「ゆーくん?」
「お、まえ、その目……」
病室についた俺が見たのは固く閉ざされた目と、醜く爛れたまぶた。
彼女の目は火花を最後に光を映すことは無くなった。
「……ぅあ゛あ゛あ゛」
「大丈夫だよ、だから泣かないで」
取りすがったベッドから、最も助けてもらいたいはずの人が手をさし伸ばしてくる。俺が掴めない手を。
そして俺の世界からは色が消えた。彼女の白以外は世界が黒く見えてしまうようになった。
それから、俺は彼女の為に病室へ足繁く通うようになった。時にはひとりで、時にはクラスのやつと。
俺以外にも彼女の友達とか、通ってるやつは居たが俺ほど通っているやつはいなかった。数えてる自分が醜いことなんて分かっていた。
彼女には色んな話をした。外で何をしたか、どこへ行ったか、どんなものを見たか。彼女が好きなはずの話をした。だって、俺だけが彼女の光の代わりができるのだから。その筈なのだから。俺が1番彼女をわかっているんだから。光を失った瞬間も俺しか見てなくて、その辛さも共有できるのだから。
彼女の光を奪ったのが俺であれば彼女の中から消えることは無かったのに、と馬鹿な考えに身を委ねたくなってしまう。
いつしか、彼女は俺の前で笑わなくなっていった。わかんなかったからますます必死になった。
俺より少ないけど、定期的に通っていたヤツにも相談してやった。味方は多い方がいい。彼女はそいつの前では笑っていた。俺が外での話を10語るより、彼が君の考えたことに耳を傾ける方が良く微笑んでいた。指摘すると耳を赤くして、まぁ、とでも言うように手のひらを口に当てていた。それを見て彼が声を上げて笑い、君がそれにつられてクスクス笑い、俺も声を出さずに微笑んだ。
そのうち俺は病室に通うのを辞めた。
心が軋んでいく。ダメになったのだと理解した。
階段を一段一段と数えて、あなたの病室に向かう。
意味の無いことだ。いつもと同じ段数に決まっている。意味の無いことがしたい。病室があまりにも遠いから。願いは虚しく、いつの間にか足はあなたの病室の前にあった。
扉を開けた先で、夕焼けが茜く燃えている。病室で静かに何かを待つ影は珍しく1人で。邪魔を、してはいけない、そんな気が起こる。こちらを向いてない、今ならまだ引き返せる。
だからこそここで、茜色に焼き切らなければならないと改めて強く思い込んだ。
思い、込んだ。
「久しぶり」
掠れた声はあなたに聞かせていなかったからか、あなたに聞かれてしまうからか。だが、みっともなくてもそれは音の役割を果たす。
「久しぶり、ね」
彼女の顔には影がかかっていて、目元が見えない。
だからこそ昔のように事が運ぶような目眩がした。
「大事なことを伝えに来たんだ」
「私も、あなたに大事なことを教えたい」
両者の行動は一緒で。
「俺と付き合え」
「あの人のことが好きなの」
思いだけが決定的に違っていた。
いいや、きっと思いだけじゃない。
「あの人は、目が見えない私に無理に外を見る必要は無いって。想像するだけしか出来ないのに何もかも正確じゃない世界は辛いだろうからって、私に寄り添ってくれたの。あなたのお話も楽しかった、本当に。
でも、私には彼の在り方のそばに居たいと思ってしまったの」
赤い、あかい。
顔は影で見えない。ただ夕日を背に見える色は、あかい。あかくて切なくてあまいかげ。
「だから、あなたとは付き合えない。あの人と、付き合いたい」
思い違いも聞き違いもいっそ清々しいほど叩き割られる。笑うしか、道がなかった。
「あなたのことは友達として、好きだったわ。
これからもあなたの幸せを願ってる。」
「……なんだよ、それ」
「だから、もう泣かないで」
その言葉は、昔のようでもあり。
今が見えない彼女のものでもあった。
「何も、見えない癖に」
決定的に、全てが終わる音がした。俺は心臓をもぎ取りたい想いで、命からがらに病室から飛び出す。直前と同じように、口元は笑み。そして声すら抑えられなくなっていく。夕焼けと雨に見つめられながら、狂ったように俺しかいないように。笑って。笑って。笑い続けて、走り続けて。転んで。それでも離れたくて。血が出ても直す人はいないのに。俺はあなたのために笑い続けた。あなたのためと自分に偽って、壊れないように大事に大事になげやりに。
泣くこともできないんだよ、ばか。
夕焼けの底で、病室の雨が聞こえた。
【冬のはじまり】
室内はまるで時間が緩やかに止まっているようだった。寒風によってガタガタと揺れる窓、その外は未だ雪は降らないが灰色の曇天だった。暖炉にはパチパチと音を立ててかつて命だったものを燃やし続けている。明かりといえばそれぐらいで、室内は昼では無いとは言え薄暗い。火のゆらめきも相まって、まるで煮凝った深海だ。
ゆらりぐるり。ぐらりゆらゆら。
ふと。
彼女を思い出した。海を想起したからだろうか。
ひまわりのような人だった。自分自身で大きく笑って、それを見た周りの人も笑顔にさせて、それでいて夢に向かって全身で伸び続ける。太陽に向かって微笑む彼女の横顔を見るのが好きだった。
だというのに僕は。
きっかけは彼女のひとつの行動だった。
秋の半ば、紅さが邪魔する季節の向こう側に、彼女と知らない男が店に入る光景を見た。
そこで、僕は自分が彼女にふさわしくないことに気づいた。気づいてしまった。それに飽き足らず、それを認めたくなかった僕は彼女に強く迫ってしまった。
「僕と付き合え。僕がいちばん君のことをわかってる」
ゆらぐ。
それは思い出でも、火の影でもない。
彼女の目で、僕たちの関係だった。
避けられ始めたことを知った僕は、バイトを辞めた。
学校に行くのも、外に出るのも、全部やめた。
最初は謝ったり、心配したりするラインが彼女から来ていたのに、それも来なくなってそして。
窓の外には綺麗な女性が背の高い素敵な男と身を寄せあってキスをしている。
目を逸らした先の画面には「さようなら」の五文字。
寒さにガチガチと震えた歯を抑えるため、ベッドに潜り込む。暖かくて、何も見なくてすむ停滞と堕落に身を預ける。
窓の外は白が待っていた。
冬が、はじまる。
芽吹くことはきっとないが。
【終わらせないで】
そいつはちょいと厳しいんじゃないか。
目の前のつむじを見ているとそんな考えがはたと浮かぶ。目の前の女性はなりふり構わずと言った具合で頭を下げているが、いくら喫茶店といえ制服女子に頭を下げさせてるおっさんはだいぶ目立つ。そんなことにも気づいてくれないあたり、僕ができない、する気がないとかじゃなくて上手くいかない気がする。
特に、引退して筆を折った小説家に何故か聞いてくれ、なんて。デリカシーの欠けらも無い。一生紙で指を切り続ければいい。そもそも探偵は人を探すまでで終わるものなんだが。
しかしこのまんま頭を下げられ続けてもこちらも困る。
「んーまぁ、事情は理解できないけど仕事は仕事だ引き受けよう」
「本当ですか!?」
「ただし」
がばりと頭を上げ目を輝かせた少女に興味を失い、往来へ目を移す。ストローに口をつけ、アイスコーヒーで喉を湿らす。私のプライドにかけてできるだけ言いたくないことの滑りを少しでも良くするため。
「…………できるところまで、だ」
「わ、分かってます、無理は言えませんもの……」
心根が正直なのだろう。表情に不満が全く隠せていないが、とりあえず口では納得してくれた。不満がある理由もたいてい察しがついている。彼女はバレてないと思っているだろうが、名乗った苗字は彼女の探し人の【本名の】苗字と一緒なのだから。依頼人の事情に深入りするのは探偵として良くないのだが、今回はそもそも依頼が悪い。
なんてたって似たような依頼をこの前受けたばかりなのが何よりタイミングとして悪い。
少女が何度も頭を下げて帰っていくのを、財布から出ていった英世とともに見送る。
そのまま姿が見えなくなった頃。
「まさか、依頼達成前にあっちから来るなんてびっくりですね。目的達成でいいですか?」
「まぁ君の力とも言えないが達成は達成だ」
後ろの席から、タール数が多いタバコのような重い声。そうしてそのまま僕の正面に座るのはいかにも頑固なおじいさんで、そして。
「【孫】を見つけてくれてありがとう」
深々と頭を下げる『依頼人』。
「いいえ、【小説家】さん。今回は私が積極的に解決したわけじゃありませんから。依頼料も少しでいいです。」
彼が差し出した封筒から喫茶店代だけ抜いて返す。
彼の感謝もその程度で、いい。
「それよりもですね」
僕は友人へタバコを差し出す。
それを何も言わず受け取る彼に問いかける。
「なんで今になって、こんなこと依頼してあの子に僕を頼るような手紙まで送ったんですか?」
答えずに彼は貰ったタバコに火をつける。そして、深く吸い込み、そして細く長く、なにか詰まったかのように長く吐き出して、ようやく口を開いた。
「終わらせないでほしかったからだよ」
それは後悔でもあり、日差しを浴びる老人のような全てを置いてきた人の表情でもあった。
だが、そんな感傷は許さない。
探偵としての僕と、友人としての僕の珍しい意見一致だった。
「自分の夢を?それとも孫娘の夢を?」
「……いいじゃないか」
「考えたんです」
彼の言葉は、弱かった。
それが許せない。僕の良くないとこだ。
「ねぇ、あなた。孫にしか伝わらないようなメッセージかなにか書いたものに忍ばせていたでしょう。
たぶん、自分を追って小説家になろうとするあの子を応援するような」
じゃないと、【顔を見せない祖父が】【筆を折った程度で】一介の女子高生でしかない彼女が怪しい手紙に示された怪しい探偵を頼ってまで探そうとするはずがない」
きっと両親には反対されていたんでしょうかね?僕が奢った1番小さなパフェでものすごく喜んで食べていた、生活が困窮しているのでしょうか。それとも夢を見ること自体禁止されているのか……自分の親のようになって欲しくないから」
ねぇ、どうなんですか?」
口矢を射る度、彼の表情は強ばる。
だがそれでも止まれなかった。
1度区切りをつけると彼は口を開こうとして、やめて、それを2度繰り返した。だから僕はまっすぐその目を見返して、その行き先をうながす。
「それは……お前の推理か?」
答えだった。僕と彼の間では。
だから、僕も彼に答える。
「証拠がないから妄想ですよ。探偵としては失格です。けれど」
「友人としてはこれ以上ないぐらいでしょう?
何せ、僕も終わらせないで欲しい側ですから」
「それは、あいつの夢をか、それとも俺の小説か」
「言わせないでくださいよ。推理不要なので。」
彼は微かに笑った。いつの間にかタバコの火は消されていた。残り火もなく綺麗に。