あぁ。君が編んでくれたセーター。
クローゼットから出てきたのは、酷く色が薄くなったブルーのセーター。
愛する妻が編んでくれたセーター。
でも、それはもう着れるものではなくて。
虫食いが酷かった。
もう、君に編み直してもらうことはできない。
この数十年。
僕だけの時間が止まった___……。
コールドスリープから目が覚めると、知らない景色。
僕の奥さんも、知人も。
誰ひとり、見つけられなかった。
でも、ただひとつだけあった。
「___あぁ。君が編んでくれたセーター」
あぁ、落ちる。
そう思った時には、落ちていた。
ふわっと巻き上がるような心拍数。
重力をなくしてしまったように身体中が熱くなる。
下を見ることも、上を見ることもできない。
___逆らえない。
数年前、君に恋した瞬間___君におちた瞬間を、
僕は忘れられない。
どこかで聞いたことがある。
一緒にいてドキドキするのが恋人。
一緒にいて安心するのが夫婦。
互いを認め合い、愛し合うのが夫婦___……。
「大好き。……またいつか会えるかな」
僕は、目の前の小さな遺影の中に残る、笑顔の妻に手を合わせた。
あぁ、やっぱり。
君と心が通じているみたいで、安心するなあ。
"生きる意味がわからなくなった。"
そんな時、僕は必ず大切な友達を思い浮かべる。
母さんの温かいごはんを思い浮かべる。
欲しい物を思い浮かべる。
それだけでじゅうぶん、生きる意味は残ってる。
有り余ってる。
どうしたらいい?そんなもの、君の中に必ず答えはあるさ。
彼女が亡くなった。
『命』という炎は、あっけなく煙となった。
「……俺は……こんなものにも気づけなかったのか……」
いつも笑顔でデートの待ち合わせ場所に駆け寄ってきてくれる。
いつも笑顔で僕と手を繋いで歩いてくれる。
いつも笑顔で楽しそうにはしゃいでいる。
気づくのが遅かった。
彼女の笑顔が僕の宝物だと言うことに。
___あなたの笑顔がなくなってしまえば、僕の宝物は何になるのかな。
身近なものに笑顔を魅せることは、時に幸せであり、時に人を苦しませる___……。