「まじでお前のこと好きかも」
ぼろっと無意識に溢れた声に自分で驚いて、さっと頭のなかが真っ白になった。うわ、うわうわ。咄嗟に弁解しようにもまともに回らない頭では上手い言葉ひとつ出てこない。あ、とかう、とか呻きに近い声ばかりをその場におとした、その瞬間。
「「マジで」なのに「かも」なのかよ」
眉を下げておかしそうに笑った顔を見て、「まじで好き」と今度は明確に自分の意思で呟いた。
「父さんと母さんをいきなりそう呼べって言われても難しいと思うけど、俺のことは今日から兄ちゃんって呼ぶんだぞ」
突然義兄になった3つ年上の親戚は俺が新しい家に着いて早々にそう決めつけた。失ったものの大きさに心が追い付かない俺は、動かない頭でただその通りになぞる。
「にいちゃん?」
「うん」
「…にいちゃん」
「ん」
当時のことはもうほとんど覚えていないのに、その満足そうな顔も、そっと握られた手も、涙声の返事も、何故だか今も鮮明に覚えている。
午前0時、ガラスの靴で待ち合わせ。
"パラレルワールド"
「うちに来ない?」
犬や猫に問い掛けるような声にゆるりと視線だけあげた。小さな女の子だった。空色のコートに、整えられた長い髪がとても綺麗な。まぁるい聡明そうな瞳が、じいと場違いに俺を見詰めていた。
「…おれ?」
「うん。今ちょうどお手伝いさんを探してたの」
「…て、つだい」
「うん。ずーっと私と一緒にいてくれる私のお手伝いさんよ」
傷ひとつない白い手が伸びてそろりと撫でた。地面に丸く這いつくばって息をするだけの生き物を、優しく柔らかく。
「決めたの、私はあなたがいい」
だって、運命だって思ったのよ。
今でもお嬢様はあのときを思い出しては俺にそう笑うのだ。
「今日は私を恋人にするメリットをお話させていただきます。まずはお手元のレジュメをご覧ください」
クソダサフォントのパワポをでかでかと壁に投影してそう朗々と話始めた彼女。このおもしれ~女と既に付き合いたくて堪らないことをひた隠し、配付資料へと目を落とした。