街の明かり
夜8時、私と彼は車に乗っていた。犯人グループの足取りを掴むための張り込みだ。私は怪しい建物を見るふりをして、彼の横顔を盗み見る。彼は建物の方をじっと見ていて、視線には気付いてないみたいだった。車の明かりは付いてない。今私たちを照らしているのはそばにある街灯のひかりだけだった。薄い茶髪が光によって透けている。私は少しの間だけそのまま過ごした。
それからほんの10分後、建物から人が出てきた。いかにも怪しげな恰好をしている。資料で見たけど。
「行こう、エミリア。」
彼が銃を手に取り、ドアを開ける。
「はい、警部」
私も続いてドアを開けた。男を、彼を追いかける。私よりも低い位置にある頭を見て、肩を見て、決意を新たにする。この人は私が守らないと。
かつて彼がそうしたように。
七夕
入院している子供達の気を紛らわせるため、ここではこの時期になると短冊に願いを書いて笹に吊るす。俺がここに勤め始めたときからこの行事は続いていた。大体の子供が
「早く治りますように」とか、
「学校に行けるようになりますように」
とかの日常に戻りたいことを表す内容を書いた。
さて、彼女は何を書くのか。メンタルチェックの一環にもなるだろう。年頃を考えると書きたがらないかもしれない。いや、幼児退行が見られることがあるから乗り気で書くかもしれないな。そんなことを考えながら廊下を歩く。本人の意思を尊重しよう。それにしても、15歳の子供の接し方は未だにわからない。大人しか相手にしてこなかった精神科医が、急にできるようになるわけがないが。
「先生?どうしたんです?今日はお話しないんですか」
そこまで言われて意識が戻る。無意識のうちに病室に入っていたようだ。
「ああ、いや、ごめんね。少しぼうっとしてた。」
俺は書類の中から短冊を取り出し、彼女に差し出す。
「そういえば、そろそろ七夕だろう?少しでも雰囲気を感じられるように短冊に願いを書いてもらうんだけど、なにか書きたいことはある?」
「あります。鉛筆ありますか。」
間髪入れずに答えられた。言われるままに鉛筆を渡し、筆が走るのを眺める。彼女が下を向くのに従って長い黒髪がテーブルに落ちる。
この子は人間味のある顔をしていない。強いて言うなら、人形のような顔だ。一般的に理想的とされるそれぞれのパーツが、理想の大きさで理想の位置におさまっている。無表情の彼女は少し恐ろしい。少なくとも俺はそう感じる。
ほんの少しの間を置いて、彼女が顔を上げた。
「はい、かけました」
短冊が手渡される。
『かえりたくない』
なんだこれ。帰りたくないって?家にか?今までのカウンセリングでは……あまり聞いてこなかったな。普通だと答えてそれっきり。何か事情があるのか。今後は学校以外のことも聞いていこう。事件につながる可能性もある。
「うん、ありがとう。じゃあ今日の質問だけど……」
______
カウンセリングを終えた後、部屋で
俺は短冊をファイルにしまった。
いっそこれが夢だったらいいのに。そう考えながら、俺は辺りを見渡す。ガラス片に剣、若者たち。荒野に散乱しているのはそんな悍ましいものだった。人が着ている軍服は黒と深緑のものがあり、彼らの血と一緒に地面を暗く染めていた。
いつかは大人にならないといけない。夢から醒めるように、だんだんと変わっていくのかもしれない。
俺はそれが、たまらなく嫌だった。
ゆっくりと、瞳が開かれる。全てのものをうつくしむように。
その瞬間、星が溢れた。
あなたの隣にずっといられたら、どんなによかっただろうか。ティーカップを置いて、書類を睨み付ける。蝋燭の火がゆらゆらと揺れた。
まあ、それももう難しい話だ。戦争が終わった後、まだやることがあると軍に戻ってしまったあなた。ずっと前は家族だった。いや、今もか。少し前は同僚だった。いつ死ぬかわからない戦場で、肩を並べて外を駆けずり回っていた。
そこそこの地位があるこの家のことなんて気にせず、おとうさんに見送られるままに行きたい場所に向かった。わたしたちはそこが戦場だっただけ。何もおかしいことなんてなかった。それでも、命懸けなことには変わりない。今冷静になってみるとあまりにも考えなしで笑っちゃう。まあ養子のわたしたちには世継ぎのことなんて関係ないのかもしれないけどね。それでも、育ててくれた恩があるからさ。少しは親孝行したいなって思ったんだ。
おとうさんはもういないけど、この家を守ることに決めた。少しずつ、腐った貴族社会を変えていけるように頑張るよ。今度会うときは社交場かもしれないね。お兄ちゃん。
ふとストロベリーピンクの髪が視界に入る。うざったくなって、そばにあった紐で括った。紅茶はとっくに冷めていて、ただ冷ややかにこちらを見ているみたいだった。蝋燭を消して立ち上がる。猫背になっていたようで、姿勢を正して肩を回した。身体中が軋んで痛かった。いつものように床に着く。
もう変えられないと分かっていても、それでもたまに夢に見るのだ。
ずっと隣にいられたら。