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 七夕

入院している子供達の気を紛らわせるため、ここではこの時期になると短冊に願いを書いて笹に吊るす。俺がここに勤め始めたときからこの行事は続いていた。大体の子供が
「早く治りますように」とか、
「学校に行けるようになりますように」
 とかの日常に戻りたいことを表す内容を書いた。
 さて、彼女は何を書くのか。メンタルチェックの一環にもなるだろう。年頃を考えると書きたがらないかもしれない。いや、幼児退行が見られることがあるから乗り気で書くかもしれないな。そんなことを考えながら廊下を歩く。本人の意思を尊重しよう。それにしても、15歳の子供の接し方は未だにわからない。大人しか相手にしてこなかった精神科医が、急にできるようになるわけがないが。
「先生?どうしたんです?今日はお話しないんですか」
 そこまで言われて意識が戻る。無意識のうちに病室に入っていたようだ。
「ああ、いや、ごめんね。少しぼうっとしてた。」
 俺は書類の中から短冊を取り出し、彼女に差し出す。
「そういえば、そろそろ七夕だろう?少しでも雰囲気を感じられるように短冊に願いを書いてもらうんだけど、なにか書きたいことはある?」
「あります。鉛筆ありますか。」
 間髪入れずに答えられた。言われるままに鉛筆を渡し、筆が走るのを眺める。彼女が下を向くのに従って長い黒髪がテーブルに落ちる。
 この子は人間味のある顔をしていない。強いて言うなら、人形のような顔だ。一般的に理想的とされるそれぞれのパーツが、理想の大きさで理想の位置におさまっている。無表情の彼女は少し恐ろしい。少なくとも俺はそう感じる。
 ほんの少しの間を置いて、彼女が顔を上げた。
「はい、かけました」
 短冊が手渡される。
『かえりたくない』
 なんだこれ。帰りたくないって?家にか?今までのカウンセリングでは……あまり聞いてこなかったな。普通だと答えてそれっきり。何か事情があるのか。今後は学校以外のことも聞いていこう。事件につながる可能性もある。
「うん、ありがとう。じゃあ今日の質問だけど……」
______

 カウンセリングを終えた後、部屋で


   俺は短冊をファイルにしまった。

7/7/2023, 4:08:35 PM