『終点』
「お客さん、お客さん」
肩をとんとんと叩かれて、ハッとする。
いつの間にか寝てしまっていた。
「終点ですよ」
抑揚の無い小さな声で私にそう告げる車掌は、無表情で、まるでロボットのようだった。
「す、すみません」
感情が欠落している車掌に少しの恐怖を覚えながら、そそくさと席を立つ。
電車を降りようとドアの前まで行ったところで、私は目を疑った。
「なんだ、これ……」
開いたドアの向こうは、終点の駅などではなかった。
全てのものを飲み込んでしまいそうな闇が、広がっていたのだった。
「終点、死者の国でございます」
私の背後で、抑揚の無い声がそう言った。
『上手くいかなくたっていい』
完璧じゃなくて良かった。
少しくらい不格好でも良かった。
上手くいかないことも、仕方ないと受け入れられたら良かった。
あなたは、生きていてくれるだけで、良かったのに――。
『蝶よ花よ』
「私のどこが悪かったの?」
「全部だよ」
眉を八の字にして、悲しそうに私に縋る彼女。
本当に腹が立つ。
「あなたといると、惨めな気持ちになる」
「どうして?私たち、ずっと一緒にいたじゃない。どうして、今さらそんなこと……」
「今さら?あなたにとっては、今さらなんだろうけど、私にとっては今さらなんかじゃない」
私の気持ちなんて少しも考えないで、これからもずっと一緒に居たいだなんて思っていたのだろう。
本当に、馬鹿な女。
「ねえ、冗談だよね?私を驚かせたかっただけでしょ?」
「冗談で人は殺さない」
「いや……、いやよ!私、何もしてない……!」
彼女には、私に殺されるようなことをした心当たりが無いようだ。
本当に、本当に、心の底からこの女が憎い。
「蝶よ花よと大事にされてきたあなたには、私の気持ちは一生分からないよ」
「待って、待って!ごめんなさい!私が悪かったなら謝るから!」
必死な彼女の言葉なんか聞かずに、その口にナイフを突き入れた。
あんなに可愛がられて大切に育てられた人間は、ただの肉の塊になった。
どんなに可憐だろうと、どんなに綺麗だろうと、その生命が尽きてしまえばそれまで。
美しさの欠片も無くなってしまう。
蝶も花も、そして、人間も――。
『最初から決まってた』
「お前、全部知ってたのか?」
「うん。こうなることは、最初から決まってて……」
「そっかあ。じゃあ、仕方ねーな」
「えっ」
「え、何?」
「あ、いや、随分あっさり受け入れるなって思って」
「んー。まあ最初から決まってたなら、どうしようもねーし」
「うん……」
「それに、あんまり悲しくねーし」
「そっか」
「ずっとお前がいてくれたし」
「……うん?」
「お前がずっとそばにいてくれたから、告白する勇気が出たし、フラれても悲しくない」
「そ、そう」
「俺、お前のこと好きだわ」
「……は!?」
「最初はもちろん、あの子が好きだった。けど、だんだんお前に惹かれていった。ってことにあの子にフラれて気づいた」
「ちょ、ちょっと待って」
「恋のキューピッドなんだろ?俺の恋叶えてよ」
「は、え、ちょ、え?」
「ふはっ。何その顔、可愛い」
「ちょっと、一旦冷静に……」
「俺はめちゃくちゃ冷静だけど?」
「に、に、に」
「に?」
「人間との恋は、重罪だからっ!」
『太陽』
あなたは私の太陽。
全てを照らし、全てを暖かく包み込む。
あなたがいるだけで、私の人生はとても明るい。
本当は、あなたを独り占めしたい。
あなたの全てを手に入れたい。
でも、太陽に近づきすぎて、イカロスのように身を滅ぼすなんてことはしない。
太陽は、遠くから私を照らしてくれているだけで良いんだ。