『子供のままで』
あの時の約束を、きみは覚えているだろうか。
小さな手を絡めて、指切りをした。あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
あれから、随分と時間が経ってしまったけれど、ようやくきみとの約束を守れそうだ。
子供の頃の口約束だと、笑わないでほしい。
僕は、きみのとのその約束を守るためだけに、生きてきたのだから。
きっと、子供のままでは叶えられなかった約束。
大人になってやっと叶えられる。
待っていてね。約束の時は、もう近いから――。
『愛を叫ぶ。』
俺は今、間違いなく、人生で一番緊張している。
口から心臓が飛び出しそうだ。手汗も止まらない。
人生で初めて買った花束を、崩さないように慎重に抱き抱え、ゆっくりと深呼吸する。
それから、ジャケットの右ポケットにそっと触れ、四角い箱があるのを確認する。
頭の中で、何度も何度も繰り返した言葉。
上手く言えないかもしれないが、ありったけの愛を叫ぼう。
あいつは、俺の大好きな笑顔で、イエスと答えてくれるだろうか。
もしかしたら、泣かせてしまうかもしれない。
もう一度、大きく息を吸って、緊張と共に吐き出してから、力強く玄関のドアを開けた。
『モンシロチョウ』
怖い、怖い。
何故、みんな私を追いかけてくるの。
私は自由に生きたいだけなのに。
私がどんなに拒んでも、諦めてはくれない。
こんな体に生まれてきたくなかった。
こんな場所に生まれてきたくなかった。
どんなに出自を恨んでも、どんなにこの身を呪っても、どうしようもない。
私はどう頑張っても、この運命から逃れられない――。
「あ、モンシロチョウ」
「本当だ。五匹もいる」
「ふふっ、可愛い。仲良く飛んでる」
「春だなあ」
『忘れられない、いつまでも。』
コツコツと革靴の音を響かせ、ゆっくりと歩く一人の男。
男は、悲しそうな、けれど、どこか満足そうな表情をしていた。
そんな男の腕の中には、一人の生首が抱かれていた。
それを、とても大事そうに抱える男は、異常な人間に見えるに違いない。
しかし、他人からどう見られるかなど、男にはどうでも良かった。
男は、どうしても、その生首を手に入れたかったのだった。
いや、生首を手に入れたかったのではない。彼という存在を手に入れたかったのだ。
どうしても手に入らない場所へ行ってしまう彼を、どうしても自分のものにしたかったのだ。
「お前が言ってくれたことが、忘れられないんだ。いつまで経っても、忘れられないんだよ」
男は、生首に頬擦りしながら、苦しそうに呟いた。
一筋の涙が流れたことに、男は気付かなかった。
そうして男は、もう動くことのない唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。
『一年後』
ちょうど一年前だった。
きみがこの世から居なくなったのは。
すぐに追いかけようとしたけど、できなかった。
だって、きみが「幸せになって」って最期に言ったから。
だから、幸せを探して、探して、探して――。
結局、幸せは見つからなかったよ。
だってそうじゃないか。隣にきみが居ないのだから。
いつ、どこで、何をしていても、きみが生きていたらと考えてしまう。
ごめんね。僕は幸せにはなれなかった。
いや、きみが居ないと、僕は幸せになれないんだよ。
だから、もう、きみの所へ逝っても良いよね。
きみは、泣きながら「バカ」って言うんだろうな。
でも、それでいいんだ。それがいいんだ。
とある貴族の病弱な令嬢が、この世を去ってから、ちょうど一年後。
甲斐甲斐しく彼女の世話をしていた執事が、この世を去った。