ある森には、怪物と呼ばれる生き物がいた。
彼はその名の通り、醜く、誰もが見れば震えあがるような見た目をしていた。
だが、そんな見た目とは裏腹に、彼の心は清らかなもので、慈愛に満ちたものであった。
しかし、そんな、見た目と心の相反などを人は知るはずもなく、皆、醜い恐ろしい彼を罵り、虐げ、恐れた。
人々に恐れられている怪物は、自身の醜さを痛いほどにわかっていた。
そして、そんな醜い自分が美しいものに触れることが出来ないことも同じ程理解していた。
だから、森の中で小さな少女と出会った時、彼は慌てふためいた。
恐ろしい自分の姿を彼女がみてしまえば泣いて収集のつかないこととなると思ったからだ。
姿を隠して逃げてしまうことも一瞬頭をよぎったが、動揺してしまっていても、迷い込んだような姿の少女を森の中で一人きりにしてしまうのも気が引けて、どうしようかと暫く悩みこんでいたら目の前の少女は口を開いた。
「お兄さん、なんでこんなところにいるの?」
その疑問にはかつて自分を恐れた人たちのような恐怖は滲んでおらず、ただただ純粋な疑問の意思しか込められていなかった。
驚いた彼は、思わず彼女に話しかけてしまった。
「僕が怖くないの、、?」
少女はまた迷わず言った。
「なんで怖いの??」
人として扱われることは久しかった。
生まれた時から奇異な見た目をしていたせいで、親からは化け物と呼ばれ、道を歩けばこっちによるなと恐れられてどこからか石を投げつけられた。
「僕の姿気持ち悪いでしょう?」
そんな経験もあって、彼は目の前の少女が不思議でならなかった。
自分でも醜い見た目であることは自覚している。身内にすらこの容姿は忌避された。であるからこそ、少女の純真無垢な瞳が初めて見るもので、初めて向けられるもので、彼は混乱したのだ。
「見た目は怖いかもしれないけど、わたしと同じ人じゃない。何も怖くないわ。」
見た目に似つかないような、少しませた喋りをする彼女であったが、彼はそんな言葉に人生で初めて救われたような心地がした。
それからというもの、なぜだか少女は彼と仲良くしたがり、迷い込んだはずのその地に足繁く通うようになった。
村の人間に見捨てられた彼は、畑などを自力で揃えて、自給自足で生活をしていた。そのため、彼女の遊び場としては適している場所でもあったのだ。
二人は良き友人として数ヶ月ともに幸せな時間を過ごした。
だが、そんな安寧も一瞬にして壊されることとなった。
村人が、怪物が少女を誑かし、家に招き入れてよからぬ事をしようとしていると算段をつけ、少女を救うために、彼を襲ったのだ。
硬い木の床に頭を押し付けられ、大きな身体に数人の男がのしかかり息ができず、朦朧とした意識の中で彼は思った。
やはり、少女と出逢わなければ良かったと。
自分が襲われたことで優しい彼女は自分のせいだと罪を背負うと彼は考えていた。
だから、彼は叫んだ。
自分は少女を食おうとしていたと。
もう少しで上手くいったはずなのにお前らが台無しにしたと叫んだ。
そうすると、彼に襲いかかる男たちの手は容赦のないものとなった。
残虐な場面を少女に見せることはしまいと、彼女は別の村人に抱えられ、去っていた。
それでいいと思った。
自分は変わらず化け物で、怪物のままで彼女がまた平穏な暮らしに戻ればそれでいいと。
薄れる意識の中、怪物と呼ばれたひとりの青年は自分に言い聞かせるようそう思い続けた。
自分は怪物のままで、綺麗なものには触れずに汚さない方がいいと。
仕方ない。これが僕の人生だと割り切った。
でも、それでも、村人に抱えられていく彼女が去り際、こちらを見て苦しそうに泣き、僕の名前を叫び呼んだあの顔は、悲しいことに、どうにも、忘れられそうにないのだった。
―――怪物の正体
お題【それでいい】
「幸せに。」
薄く微笑んで柔らかな優しい声であなたはそう言いました。
私はその言葉の意味はよくわかりません。
幸せなんて、どんな形をするものなのかすら私はよくわかっていません。
でも、あなたのそばにいると暖かい気持ちになって、凄く心地が良かったことは記憶に強く残っています。
人が居なくなったこの地で、遺されたのは人々が開発して生みだした私たちだけでした。
私たちは、生命というには機械的で、機械という言葉に当てはめられるほど無機質なものではない、人と機会の狭間に立たされた無機物です。
人に寄り添い人のために動いてきた私たちなのに、突然人々は物言わぬ身体となっていき、どんどん数は減って、最後に残った人類が先程話した彼女でありました。
彼女に出逢えたのはとても幸運でした。
人に仕えることが無くなったアンドロイド達はメンテナンスを施して貰えなくなり、次の指示を促す言葉を繰り返し呟くばかりで、最終的には腐食に蝕まれ、錆びて朽ちていきました。
先程言ったように、私たちは生命と言うには機械的で暖かみのない、要は感情というものが分からない中途半端な生成物であったので、自らの故障に関してはどうしようにもありませんでした。
世界の終わりというようには相応しい景色の中で、同じ文言を繰り返し、居なくなった人間に指示を請いながら自らの終わりを待つというのは滅亡というものにピッタリなものだったでしょう。
けれど、何故か何も無くなった世界の中で彼女は生きていました。
システムに支障をきたし、ノイズを出す私を彼女は直してくれました。
その日から、彼女は私の主人となり、同じ月日を過しました。
ですがそんな日々もたった今終わりを告げました。
私に心などといった優しいものはありません。
ですが、プログラムのバグなんでしょうか、彼女と過ごす日々は私にあるはずのない感情というものを彷彿とさせるものを湧きあがらせるのです。
あるはずのない喪失感のようなぽっかりと穴が空いたような、体のパーツの一部を失ったような反応がします。
幸せってなんですか。
教えてください。私は分かりません。私はそれを感じることができません。
何一つ、この無機質な身体ではわかり得ることはできません。
でも、あなたがいれば、何かがわかったような気がします。
それには、あなたが不可欠だった気がします。
あぁ、目覚めてください。
「幸せ」
を、教えてください。
このバグの名前を、どうか、教えてください。
無機質なアンドロイドは切に願った。
目の前の主人が目覚めることを。
鉄でかたどられたその顔は、機械であるのにどこか寂しげで、酷く悲しいものであるのであった。
―――404 not found
お題【幸せに】
目は口ほどに物を言う。
だから、見つめられると困るんだ。
別に私は今の関係に不満などないし。変えたいとも思わないから。
どんなにアピールされて、こちらを見てほしいと言われても恋情なんて感情は私には難しいものだと思うから。
答えるつもりは今にも後にも無かった。
でも、君の隣はやけに居心地が良かったから甘えてしまったのかもしれない。
自分は君の想いには答えずに、上手く、友情だけを築けるというどこから湧いたかはわからない自信があったことも認めよう。
実際、君の目すら見なければ上手くいったと思う。
なんなら、これまで通り軽く吐く、愛の言葉をいなして揶揄うことだってできたと思うんだ。
けれど、見つめられるとなると話は変わってしまった。
純粋で無垢な愛情だけをふんだんに含んだそんな瞳で見つめられてしまったら、なんだか嫌でも惹き込まれてしまった。
認めるのなら、落ちてしまったのだ。
悔しいことに、彼の思惑通りに。
どうやら恋とかいうものは、本当に自分の意思など関係なく落ちてしまうものらしい。
なんとも負けたようで、悔しいものだ。
そう、悔しい。
悔しいんだ。
これは悔しさでしかないのだ。
胸が異常なペースで高鳴るのも、悔しくて興奮してやまないからだと彼女は誰かに言い訳するように、紅く染まる頬を手で抑えながらそう、独りごつ。
その表情はまるで、初心な少女のようでもあるのだった。
―――落とされる
お題【見つめられると】
夢を見たんです。
ずっと、ずっと憧れていた人になる夢を。
私は彼女になれたからには、なんでも出来ると思ってました。
だって彼女は、容姿が特段に優れていましたから。
彼女になれば人生が上手くいくと思いました。
荒れた肌を隠すために前髪を伸ばす必要も無いし、腫れぼったく重たい瞼をどうにかマシに見せるために努力なんてする必要も無い。
低い鼻も必要以上に肉のついた重い身体も無い。
それだけできっと人生はいい方向へと変わるのだと私は信じて止みませんでした。
私が見たのはあくまでも夢です。
でもそれは、現実世界と大差がない酷く現実味に溢れた夢でした。
現実に近いので、私望むものがすぐに手に入ったりすると言ったようなことはなく、夢の中でもきちんと社会は成立し、皆に平等なものでした。
それでも、夢の中の朝に目覚めて、元の身体とは1ミリも似つかない、違うものが鏡に映る。
それだけで私の気持ちは一気に上がりました。
私は浮かれた気持ちで学校へと登校しました。
学校に着いた途端に私はみんなに構って貰えるものだと浅ましく思っていました。
なぜなら、私のよく知る憧れの彼女の周りにはいつも人がいたからです。
でも、そんな幸せな願望は叶うことなく、私が登校しても話しかけてくれる友達はいませんでした。
夢の中で何日と過ごしても私に話しかける同級生はいませんでした。
そんな日を夢の中で過ごして、私は直に目を覚ましました。
朝起きた時に姿見に映る自分を見て絶望し、俯く気分のまま学校へと行くと彼女は夢の中の私とは違って、仲のいい素敵な友達に囲まれていました。
そこで私は現実をやっと理解しました。
私の容姿がいくら完璧になろうとも私にあんな風に明るく振る舞うことはできないからです。
綺麗にしゃんと背筋を伸ばし、ハキハキと喋って積極的に人と関わることなど私の中身ができそうにもありませんでした。
結局、私は姿形が変わろうと私で、中身すらよくできている彼女にはなり得ない。
私が見た願望を形にした夢は、ないのもねだりのただの堕落したただた浅ましい欲、
そのものでしかありませんでした。
―――ないものだり
お題【ないものねだり】
もう、思い出せないくらい昔で、遠くの記憶のはずなのに。あるものをきっかけに定期的に私は彼を思い出した。
彼とはずっと前に別れて、私には彼より大切な人ができて、彼よりも頼りがいのある、優しい、自立した包み込んでくれるような人と私は結婚した。
可愛い子供もいて、毎日苦しくて泣いてたあの頃よりずっと今の人生の方がきっと、幸せだって言い切れる。
でも、思い出すのだ。
コンビニで、駅前で。
白く濁った煙たい匂いを嗅ぐたびに。
それを私は、お世辞にも好きだとは言えない。吸うだけで酷く咳き込みそうになって顔を顰めてしまう。
一度、興味本位で彼から一本奪ってひとくち吸ったことはあったけど、苦くて臭いばかりで私はそこに魅力を感じることは出来なかった。
煙くて肺に入り込むのが苦しくてまずい。
そんな毒にしかなり得ないものを彼は好んで毎日吸っていた。
なんでそんなに好きなのか、聞いてみたことがあった。
返ってきた返事は意外なもので、別に好きじゃないとか言うなんだか矛盾した変なものだった。
こんなに毎日好んで吸ってるのにそんなことがあるのかと少し小馬鹿にするように笑ったら、少しムッとするように、言い訳するように彼は言った。
"一度口にしたら忘れられなくなったんだよ。"
――その頃の私は、その言葉を理解することは出来なかった。
その彼とは、数年も経たないうちに当たり前のように噛み合わなくなって関係も自然と消えた。
そもそも彼と私の間には、最初からあとから残るような大層なものなんてなかったように思う。
それなのに、私は思い出してしまうのだ。
今なら、彼の言っていた矛盾がわかる気がした。
苦く、毒にしかならないものほど、一度味をしたら忘れられない。人を惹きこんで離さないような、嫌な魅力を持っているのだと私はもう、この身をもって知ってしまった。
何年経っても私は、あの頃の苦さを忘れられそうにない。
―――嵌る
お題【好きじゃないのに】