未だ嫁修行

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6/9/2023, 9:39:25 AM

【岐路】

何度も岐路はあった。
でもそのときに自分で選んだ記憶があまりない。
高校進学も大学進学も、入りたいところではなく入れるところを親のすすめで決めた。決めたのは自分なのだから、そのときは岐路だったはずだが選んだというよりは、そこしかなかったという消極的な選択だった。
仕事はというと特にやりたいことがなかったので、ある仕事の採用試験を受けたが落ちた。でも何もしないわけにはいかないので、その仕事の臨時職員になって数年働いた。どうしてもやりたいわけではなかったので人間関係などで嫌気がさし辞めたいと思っていたところにちょうど家業で人手が足りなかったので、辞めて家業を手伝った。
結婚はというと、今の夫に見初められて(嘘だと思うかもしれないが本当である)人間的に悪い人でもなく話しも合い考え方も尊敬できるところがあったので知り合って1年もたたないうちに結婚した。親族の誰かひとりでも反対する人がいるなら結婚はしないと夫には話してあったが夫からは反対する人はいないと聞いていた。
しかし相手が良くても、その親も良いとは限らない、ということをその後思いしらされた。
姑からは暗に、私との結婚は積極的に賛成ではなかったことを子どもが生まれたあとに言われた。そのとき私は言った。
「それならば、これからでも辞めますか?」と
姑は黙ってその場を離れた。私もまだ若かったので、追いかけてまで何も言わなかった。それが初めての口答えだった。
今思えば、そのときが私が人生を選び直す岐路だったかもしれない。この家を出る、夫がどうするかは別にして、子どもを連れてこの家を出る。しかし私はそういう選択をできなかった。乳飲み子を抱え、自営業で小遣い程度の収入で独身時代の蓄えしかない、兄夫婦がいる実家に帰ることはできない、しかも田舎の同じ町内で、もし私が出れば町中の噂になるだろう。お金も行くところもない若い母親に家を出るという選択はなかったのである。
こんな風に岐路はいくつもあったはずなのに自分で選んだ意識もなく時の流れ、周りの流れ、環境の流れに漂いもがきながら泳いできたのだ。塞翁が馬のようなものか。(意味は合わないかな?)
しかし積極的に選んでなくても結局は自分で選んできたのだ。そういう自分が情けなくてもそれが現実なのだ。
人生は選択の連続である、といわれるが還暦過ぎた今後もおそらく小さな岐路があるだろう。
残り少ない人生、せめてこれからの岐路は自分の意思を自覚し選択していきたいと思う。

6/8/2023, 6:08:52 AM

【世界の終わりに君と】

世界の終わりにはひとりでいたい。最愛の子ども、信頼できた夫、どちらとも一緒にいたくはない。
心許せた友人も愚痴を言えた姉、私を慈しんでくれた母とも一緒にいたいとは思わない。

人はひとりでは生きられないと誰かに助けられ誰かに理解されながら生きていることは知っている。
でも生まれる時は本来ひとり。
もちろん今は医療関係者の助けを得て出産するが、動物としての人間は本来自力で生まれてきているはずだと思う。
ならば世界が終わるとき、それは死を意味していると思うが、その瞬間もひとりで死んでいきたいのだ。

世界が終わるとき愛する君がいたら悲しくてしょうがない。目の前で君の死を見るのは切なく苦しい。ごう慢かもしれないが終わった世界のどこかで君だけは生きているという望みを持って私は世界の終わりに自分も終えたい。

6/7/2023, 7:47:26 AM

【最悪】

今日のことだ。姑の通院に付き添った。耳も遠いので通訳かねている。医師の話を大きい声で伝える。最近、体調が悪いので医師から薬の増量を提案されたが、頑としてきかない。痛み止めをもらえば良いと言う。血液検査を申し出ようと思っていたのに、やり取りしてる間にすっかり忘れてしまった。診察終わってからそのことに気づいてへこんだ。
帰宅して夫にその事を伝えたら、「え~」と言われさらにへこんで腹立って「申し訳ありません。私はバカだから、次回からはあなたがどうぞ!」と言ってやった
最悪だ
すっかり忘れてしまった自分に腹立って、それを暗に批判されて腹立って、本当に最悪だ!
最近、気持ちの高ぶりや突然の出来事やトラブルにあうと前々から考えていたことややるべきことが頭からスッポリ抜ける。
これは認知症かと愕然とする。

そういう自分が最悪だ!
そして悲しい。

6/3/2023, 10:09:18 AM

【正直】

嫁いでまもない頃、少し認知症気味の(当時は惚けと言っていたが)義祖母に姑が本当に汚い言葉で罵っていたとき、見かねた義弟が
「そんなに言わなくても良いんじゃないか!」
と言ったら、姑が
「バカにバカって言ってどこが悪い、本当のことを言ってどこが悪い!」と言い返した。
この家は本当のことなら何を言っても良い家なのだとそのとき実感した。
まさしく姑は思ったことを正直に、あるいは人が言ったことをそのままストレートに何でも私に伝えた。挙げ句の果てに、私は悪気がないから、気にする方が悪い、と言う始末。
しかし私は本当のことなら何でも言って良いとは思ってなかったし、言える性格でもなかった。そういう意味の正直さを良いこととは思っていなかった。

正直とは何だろうか?
子どもが何かしたとき、正直に言いなさいと親や周りの大人は言うだろう。それは大事なことなのは間違いない。けれど人を傷つけるような正直な言動はどうなのだろうかと思う。またそういうことを正直さ、と言えるのかどうかも疑問に思う。

姑の場合、正直に言う、行動する、ということの前に[自分の気持ちに]という言葉が入っているのだ。普通の人はさらにそこに[人への思いやり、想像力]が入り、自分の気持ちと人への思いやり、こんなことを言ったら相手はどう思うか?という想像力を天秤にかけ、普通は後者を選び、自分の気持ちを押さえるのではないかと思う。
時にそれはストレスになる。自分が感じたことをそのまま言えない、あるいは言うことを我慢する、行動もしかりである。それは自分の意思を押さえることなので精神的には負担になることもあるだろう。

そう思うと姑にはストレスがないことが良くわかる。その分周りの人はストレスを感じてしまう。しかし姑はそんなことにも気づかず平和に暮らせる。

なんだか正直に言った者勝ち、やった者勝ちに思えてきて泣けてくる。姑の真似をして姑に言いたい放題正直に何でも言ってみようか、でも自分の理性がそれを許さず、言ったら言ったで悩んでしまうかもしれない。つまり私は姑の真似はできないのだ。結局、私はそういう気持ちの狭間でストレスを感じながら心をやりくりしながら今日も生きている。

(書いてる間にお題が更新されてしまった💦)

#19

6/1/2023, 9:44:05 AM

【天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、】

空模様が怪しいと君は言うが、僕にとっては、天気の話なんてどうでもいいことだった。
僕が話したいことは、これから自分がどう生きるか、誰と生きるかなんだ。
天気は人間の力で僕の力でどうにかできることではない。でもこれからの人生は自分の力で変えられるかもしれないから…
なのに君は空を気にする。

そうなのか!
ふと気がついた。
君が空を気にするのは僕のことには興味がなくて、僕とのことなど頭になくて、ましてや2人の人生なんてあり得ないと思っているから、空を話題にしてるのか!

鈍感な僕はそうしていつも気づかずにいるから、今も1人、もしかしたらこれからも1人なのかもしれない。

今夜は中島みゆきの「しあわせ芝居」を聴きながら休むことにしよう。

#18

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