「閉ざされた日記」
私は誰かに絶対知られたくないことは口にも出さないし、書き記したりもしないと心に決めている。
リスクを犯してまで書こうとは思わない。
もし書いてしまえば、きっと気が気じゃいられなくなる。
誰かに見られてしまったんじゃないか。
知られてしまったんじゃないか。
誰にも言ったことない秘密。
あの期間の事。
それだけは誰にも言えない。
例え命を掛けてでも話すつもりは無い。
と、強気では言ってみたものの実際に脅されれば言ってしまうかもしれない。
でも、きっと話してしまえば私はきっと今のままじゃいられない。
昔は思い出す事さえ出来なかった。
頭を過ぎるだけでパニックになっていた。
頭が真っ白になって何も考えられなくなる。
頭に音が響く。身体が震える。
怖くて、辛くて、苦しくて必死に祈る。
無責任に祈ってしまう。
祈る、縋ってしまう。
己の罪だというのに、酷く醜い。
私は逃げている。あの期間から。
必死に背を向けて、見えないふりをする。
例え、どんな理由があろうとも、してしまったことには変わりない。
結果が全てなのだ。
その過程なんて誰も目を向けてくれない。
罪は一生消えてくれない。
罪は重りとなり、手足の自由を奪う。
私はそれを一生背負っていかなければならない。
傷跡と共に。
時計の音
無音
話し声
人
暗い場所
1人
怒鳴り声
叫び声
叩く音
泣き声
割る音
重低音
殴る音
苦しい声
呻き声
全部あの日から。
あの期間の事は今でもたまに思い出す。
昔よりは良くなったが、思い出すと苦しくなる。
でも、私は加害者でも被害者でもない。
だから私が助けを乞う事は出来ない。
私にその資格はない。
辛いと嘆くのも、こうして話すのも本当はいけないのだと思う。
それでも私はあの日のことを時々、呟いてしまう。
私は私の贖罪を果たさなければ。
それまでは死ぬことは許されない。
それまでは死ねない。
生きてこの罪を背負っていかなければいけない。
罪を負う事と死ぬ事は同義じゃない。
死ぬ事は逃げだ。
死んで罪を償おうとする私に、あの人は言った。
自分から命を落とす事は生きることより楽だと。
死ぬのには計り知れない決意が必要だが死ぬのは一瞬だ。
でも、生きる事は一瞬では済まない。
何十年も様々な困難に立ち向かっていかなければならない。
確かにそこには楽しい事や嬉しい事も沢山あるかもしれない。
けれど生きている限り何が起こってもその問題に立ち向かっていかなければならない。
立ち向かっていくことは勇気も覚悟もいる。
一筋縄ではいかないことも沢山ある。
罪を背負って生きていくこと自分の運命から逃げない事、それこそが私が果たすべき贖罪だとあの人は言った。
その日から私は罪も傷も背負って生きていくと誓った。
閉ざした記憶と、あの人と話した日の日記とともに。
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*無理やり感が否めませんが悪しからず。
「木枯らし」
少しずつなんてやめて欲しい。
秋の終わり
少しずつ減っていく葉を見て思った。
日に日に減っていく葉を見ているとなんだか酷く切なく、苦しい気持ちになる。
全部落ちきるまで時間が掛かれば掛かるほど
その気持ちは増していく。
そしていつしか情が湧いてしまう。
気になってしまう。
切ないことも、苦しいことも全部一息で終わらせて欲しい。
この複雑な気持ちなんて抱える暇もないくらい一瞬で消して欲しい。
情なんて持ってしまう前に、消えてしまうことを拒みたくなる前に、視界から思考から見えぬ所まで吹き飛ばして欲しい
そう、それは木枯らしのように。
110
「美しい」
多分ショートショートです。
ある日、不思議な子が私の前に現れた。
背丈の小さいその子はどうやら子供のようで
何らかの原因で記憶を失ってしまったらしい。
何も覚えてないらしいその子の記憶を取り戻すべく親探しも兼ねて私はその子と街を歩く事にした。
その子はとても不思議な子で、見ず知らずの私になんの警戒心も持つことなく、記憶が無いことに戸惑う様子も無かった。
むしろそれが当たり前のように。
不思議な事はそれだけではない。
その子は本当に何も知らないようだった。
自分の名前、家の場所、親の名前、それだけじゃない、道に生える草、花、空、横断歩道、信号、柵、建物、橋、川、道路、目に見えるありとあらゆる物を「初めて見た」と言うのだ。
その様子はまるで喋れる生まれたての赤ん坊のようだと思った。
記憶を取り戻すにしろ、親を探すにしろ、これは相当苦戦しそうだと思わず深いため息を吐く私とは対照的にその子は目をキラキラと輝かせ当たりを見回していた。
どうやら、何も知らない無知な子にはこの世界が私とは違って見えるらしい。
私は当たり前に見ているこの光景も、今のこの子にとっては初めて見るものばかり。
そして新しい物を見つけては私に聞いてくる。
その姿はとても輝いて見えた。
その子が羨ましいと思った。
何気ないこの景色も輝いて見える事が。
見すぎてしまうというのは慣れてしまうというのは悲しいことなんだと痛感する。
この子も記憶を取り戻したらこの景色も一気に色あせて見えてしまうのだろうか。
そう思ったら、記憶を取り戻して欲しくないと思ってしまった。
今のまま、美しく、輝かしい世界のままこの子の目に映って欲しいと思ってしまった。
でも、きっとこのまま記憶が戻らなくても、いつかはこの景色に慣れてしまう。
そして知ってしまう。その瞳に映してしまう。
暗い影を、闇を、醜く霞んだ部分を嫌でも見ることになる。
そしたらこの子の瞳に映る世界は汚れてしまう。
綺麗なまま、何も知らないまま閉じ込めてしまいたい。
幼い頃の自分と重ねてしまったのか、随分と行き過ぎたことを考えてしまった。
その子の呼び声で我に返ると、その子は心配そうにこちらを見つめていた。
その瞳はとても澄んでいて、また先程までの考えが頭を過ぎってしまった。
複雑な気持ちのまま街を歩く。
その子は相変わらず瞳を輝かせて当たりを見渡している。
そして私に質問する。その繰り返し。
そんな中、ある公園の前でその子はとまると今までとは違い何かを知っているようにその公園に入っていく。
そして当たりをきょろきょろと見渡すと急に走り出した。
慌ててついて行く。
階段をタッタッタッと駆け上がっていくその子は子供とは思えないほど足が速かった。
そして、その公園の階段は有り得ないほど長かった。
まるで登山でもしているように険しくなる斜面
木でできた簡易の階段も上に行くにつれ階段と呼べるかどうか怪しくなってきた。
そしてやっと登りきり、肩で息をし呼吸を整える。
あの子を追いかけようと走りながら一気に駆け上がった反動が身体に来ていた。
普段運動をしているのにも関わらずあの子に全く追いつけなかった。
しかもその子は息の上がった様子もなく息の上がった私を心配しているしまつだ。
それにしてもここに何かあるのだろうか。
何かを知っているようだったが。
そんな事を思っているとその子は私の息が整ったのを確認して、また先に歩き出す。
まだ先があるらしい。
しばらく歩いていくと鬱蒼と茂る木々が無くなり道が開ける。
その子が私を呼ぶ声がして辺りを見回す。
そしてその子を見つけたと同時に思わず声を上げる。
その子の後ろには先程まで巡っていた街が夕日で色づき幻想的な景色が広がっていた。
美しい、思わずそう思ってしまうほど綺麗な景色。
そんな景色に見とれているうち
気づけばその子は居なくなっていた。
あの子は一体なんだったのだろう。
それにしても見慣れてしまった街並みが、こんなに綺麗に目に映る時が来るとは思わなかった。
見方によってこんなに変わるのか、と思った。
見慣れてしまって、色あせてしまった、あの街も
こんなに美しいんだとまた思えたことが嬉しかった。
どれだけ穢れても、闇を知ろうとも、美しく見える。
いや、そういった暗い部分を知っているからこそ、こんなに美しく見えるのかもしれないと密かに思った。
あの子はきっとそれに気づかせてくれたのだ。そう思うことにした。
「この世界は」
魅力的だと思った。
夢が沢山詰まっていて、希望に満ちていて楽しいことや、まだ見ぬ様々な綺麗で素敵なもので溢れてと思っていた。
子供の頃は。
でも、大人になるにつれ、だんだん濁り色あせていくのがわかった。
それは、これからも酷くなっていくんだろう。
この世界は綺麗で美しく魅惑的だ。
誘惑が沢山あって一件、素晴らしい世界に見える
でも、その裏側はあまりにも残酷で皮肉で不平等だ。
それを綺麗なもの、美しいもので覆い隠す。
優しさも暖かさも確かにある。
でも、その裏には決して綺麗なものだけじゃない。
みんな後ろめたさや秘密をもって覆い隠して生きている。
嘘を吐く事で綺麗を保っている。
醜い部分、秘密を覆い隠す。
そして仮面を被る。
美しく着飾って、
甘い言葉を吐いて、
上っ面の笑顔を貼り付けて、
思わせぶりで大袈裟な態度を取る。
外は嘘で溢れている。
外に居ると頭痛や目眩がしてくる。
悪口、暴言、暴行、いじめ、虚言、嫌味、甘い言葉、軽口
そんな言葉で溢れかえっていて苦しくなる。
いやでも耳に入ってしまう
それらの言葉が自分へ向けられているようで呼吸が苦しくなる。
何でそんな言葉を道すがら、なんでもないように
話せるのか私には理解できなかった。
道すがらでなくとも、この世界はそんな言葉で溢れていて身近な人もよく呟いている
その内、誰を信じていいのか分からなくなる。
その言葉が嘘か本当かも分からない。
色んなものを隠して、嘘を吐いて、それでもこの世界は成り立っている。
この世界は私の理解できない事で溢れている。
「どうして」
どうしてなんて聞かないで。
どうしてここに居るの。どうして出来ないの。
どうしてみんなと違う事をするの。
どうして行かないの。どうして被害者ぶるの。
どうして生きているの。どうして縋るの。
そんな目で私を見ないで。
そんな事、聞かないで。
どうして、どうして、どうして、どうして、
その言葉が頭の中を埋めつくしていく。
「どうして此処に居るの」
「そんなの私が聞きたい」
「どうして出来ないの」
「それが分からないから出来ないの」
「どうしてみんなと違う事をするの」
「何でみんなと違う事をしてはいけないの」
「どうしてあそこに行かないの」
「あそこに私の居場所はない」
「どうして被害者ぶるの」
「貴方の目にはそう写ってるんだね、私は被害者じゃない。これで満足?」
「どうして生きているの」
「死んでないから生きている」
「どうして縋るの」
「助けて欲しいから、居場所が欲しいから、必要として欲しいから、存在価値が欲しいから。」
ニヤニヤしながら聞いてくる人
可笑しそうに聞いてくる人
怒りながら聞いてくる人
泣きながら聞いてくる人
ただ純粋に聞いてくる人
どうしてと何度も聞かれた。
その内に苦しくなってきた。
理由がなきゃいけないの。
そういう時だけ何で知りたがるの。
普段は見向きもしないくせに。
人の不幸は蜜の味っていうのは本当なんだなと他人事に思った。
私には理解できなかった
人の不幸を見て嬉しさや幸せを感じるなんて
でも、無意識にしてしまっているかもしれないとも思った。
幸せかどうか。目に見えないそれをどうやって判断するのか。
幸せかどうかを判断する時、無意識に不幸と見比べて判断しているのではないか。
自分より辛く、苦しい思いをしてる人の話しを聞いたり見たりすると自分は幸せ者なんだなと気づき思う。
幸せと感じるということは、その人を不幸だと思ったということだ。
つまり結局、どんな形であれ人の不幸を見聞きして幸せを感じているという事になる。
それはなんと醜いことだろう。
私も変わらないのだ。
酷いやつなのだ。
あぁ、なんとなく、あの人達が私に「どうして」と聞く理由が分かった気がする。
幸せを感じたいのだ。
幸せを感じるために私にわざわざあんな事を聞くのだ。
私を不幸者に仕立て上げる為に。
そして私と見比べて幸せを感じたいのだ。
幸せを感じるために、優越感を得るために
私を使う。
誰かの不幸の上に誰かの幸せが成り立っている。
誰かの犠牲の上に誰かが生きている。
幸せを判断するには不幸が必要になってしまう。
それは分かるが理解はできない。
そもそも常に誰かの犠牲を伴う幸せなんて、本当に幸せなんだろうか。
理不尽で醜い世界。
聞くなと自分で言っていたのに
考えれば考えるほど、聞きたくなる。
「どうして」と
あぁ、結局、私も理由を、答えを、求めてしまった。