些細なことでも
あれから何年経っただろうか。
他のことは忘れてしまっていることがたくさんあるのに、君のことだけは、ほんの些細なことでも覚えているんだ。
君の顔も、君の声も。君の好きな香水やお気に入りのお店。
あと、嘘をついたときに出る髪を耳にかける癖だって、まだ覚えているんだ。
でもね、君が最後に言った言葉だけが思い出せないんだ。
悲しげに歪むその顔で、君は何て言っていたっけ。
心の灯火
ふっ、と軽く息を吹きかけただけで簡単に消えてしまうそれを、消えないように大事に守っている君を見つけた。
何だか哀れだねぇ、なんて思いながら、君の横にしゃがみこんで、その火にふっ、と息を吹きかけた。
たったそれだけで、君の表情は絶望へと変わる。
ねぇ、生きる意味って、そんな簡単に潰えてしまうものなのかい?
開けないLINE
一つずつ、増えていく数字が。
たまっていく通知が。
追いつめられているようで、いや、実際追いつめられているんだろう。
見たくなくて、蓋をして、忘れるように努力した。
それなのに、送られてくるメッセージは止まらなかった。
「絶対に、開いてはダメよ」
そう教えてくれた友人は、数日前から行方不明で捜索願いが出されている。
ああ、きっと私は堪えられずに開いてしまうんだろう。そして、後悔する。きっと友人と同じような最後を迎えるんだろう。
不完全な僕
何でもできる完璧な君を見ていると、ないはずの心が劣等感を抱くんだ。
みんなにはできることも、僕にはできなくて。
不完全で、不良品な僕を見て、みんなが笑うんだ。
でもね、君は言ってくれたんだ。
完璧に見えるものでも、決して完璧なわけじゃない。
だってもう、それは完成されているのかも。
不完全だと君が思っているだけで、君はもうすでに完成されているんだよ。
そう、教えてくれたんだ。
香水
人が行き交う街中で、思わず振り返ってしまったんだ。
ふわり、と香ったそれは、君のはずがないのに、懐かしさで涙が出そうになって。
まだ忘れられなくて、君の笑顔も、君との約束も、頭の隅にずっと居座っているんだ。
「君の、笑顔が好きだよ」
そう言ってくれた君が心配しないように、ぐっとこらえて笑みを浮かべる。
まだそちらへ行くことはできないから、だから待っていて。
いつか、必ず君の元へと帰るから。
だって、死はすべての人に平等に与えられているのだから。