言葉はいらない、ただ…
言葉はいらない、ただ想いが伝われば、それでいい。
そう願ったら、その想いを伝える手段である言葉というものがこの世から消えた。
言葉がなくなり、声を出すこともない。
ひどく静かな世界で、私たちは今日も想いを伝えるために、想いを込める。
それが届いていないことはきっと、みんなよく知っていて。それでも、言葉というものがなくなってしまったから、もうどうすることもできないんだ。
言葉はいらない、だなんて、誰が願ったんだろう。
突然の君の訪問。
「びっ、くりしたぁー」
家に帰れば、誰もいないはずのリビングに我が物顔でくつろいでいるそいつがいた。
「おかえり」
「ただいま。いや、ここ私の家なんだけど」
「知ってる。合鍵使った」
ぷらーん、と鍵を揺らしながら言うそいつに、手を伸ばして鍵を奪い返そうとすれば、すっ、と体を引かれる。
「返せや」
「いやだ」
「何しに来たの」
「……フラれた」
「また?」
「また」
傷ついているのか、いないのか、よくわからないテンションで、少しだけ困ってしまう。
「本当に長続きしないね」
「はぁー、向いてないのかな、恋愛」
「そんなこと、……ないとは言えないけどさ」
「言ってよ、そこは。嘘でもいいから慰めてよ」
「やだよ、情が移るじゃん」
「情、ねぇ……。まだ私のこと、好き?」
「……好きじゃないよ」
この関係すらも崩したくないと思う私の臆病さに気づいた彼女は少しだけ呆れたように、それでいて気の毒そうに笑った。
雨に佇む
長いミルクティー色の髪から、雫が滴り落ちる。ゆるく巻かれていた髪は巻きがほとんど取れてしまい、湿気を含んだそれは広がって見えた。
せっかく着てきた服も雨に濡れて、ピタリと肌に張りつく。少しばかり不快なそれを減らすためにハンカチで軽く拭いていた。
突如降りだした雨にやむを得ず、佇むことになり、その女性は不安そうに空を見上げた。
「間に合いそうにないわね……」
小さく呟いたそれは雨の音にかきけされた。
私の日記帳
ここには、誰もいない。
怒る人も、悪く言う人も、傷つける人も、否定する人も。誰もいない。
ただ、感情を吐き出せば、受け止めてくれるだけ。共感も、同情もなければ、話し相手ですらない。
ただ、私だけが見れるもので、私だけの秘密だ。
だから、誰にも見られないように鍵をかけたんだ。
引き出しの奥の方に隠すようにしまって、自分の思いを閉じ込めたんだ。
向かい合わせ
祝福の音が鳴り響く中、向かい合わせに立つ二人はとても幸せそうな笑みを浮かべる。
互いを愛しそうに見つめ合い、想い合って、永遠を誓うキスをした。
歓声があがり、拍手が鳴り響く中、二人はやっぱり笑った。少しだけ瞳を潤ませ、照れくさそうにする二人に、なぜだかこちらまで感極まってしまって。
どうか、二人の最後がめでたし、めでたしで終わりますように。
そんな、らしくないことを思った。