自転車に乗って
受ける風が髪を、服の裾を、揺らしていく。
歩くよりは速いけれど、車よりかは遅い。それでも、自転車に乗ってじゃないと見れない景色がある。世界がある。
だから、今日も自転車に乗って、世界を見るんだ。
心の健康
きっと、自分が思っている以上に、自分の心は傷付いていて。辛いのも、苦しいのも、助けてほしいのも、言葉にすることは難しくて。
それでも、いつかこの痛みごと過去になる日が来るかもしれないから。
今は、これ以上悪化させないようにするんだ。
君の奏でる音楽
「大好きです!」
その一言で、救われるものがあるのだと後に知ることとなる。
何気なく再生していた音楽リスト、聞き慣れた馴染みの曲が流れる中、誤操作でまったく知らない曲を再生してしまった。
戻ろうか、と指を動かそうとして、耳に入ってきたその音楽が思わず動きを止めさせる。
美しく繊細なのに、どこか力強くて。気がついたら、曲を聞き入るように聞いていた。
最後の一音が鳴り響き、曲は終わる。無意識にコメント欄を開いて、そのとき初めて気がついた。
何日も前に投稿されているのに、再生数は少なくて、コメントもひとつもなかった。まだ誰も見つけていないような宝物を見つけたような気持ちともっと知られてもいいのに、という気持ちが混在する。
好きだという気持ちを込めて、文字を書いては消して、書いては消してを繰り返した。結局、送れた文字はたったの六文字。それでも、六文字以上の想いを込めて、送信ボタンを押した。
それがきっかけで、その人の曲をよく聞くようになった。いつしか、その人は有名になり、今では世界中にファンがいるほどだった。
とあるインタビューで、活動を続けるきっかけを聞かれ、その人はこう答えた。
「初めてもらった、たった六文字のコメント。それが僕が音楽を奏で続ける理由です」
麦わら帽子
かんかん照りの中、白いワンピースを身にまとい、麦わら帽子を被る君は、誰よりも夏を楽しんでいるように見えた。
暑さなんて感じていないみたいに、爽やかな表情でこちらを呼ぶ。
応えるように手を振れば、君も手を振り返してくれた。
うだるくらいに暑いのに、君はほの暑さをはねのけるように笑っていた。
終点
「さあ、着きましたよ」
耳をなでる優しい声で目を開く。ずいぶんと長く眠っていたような気がするのに、来た道の景色を覚えているから、きっとずっと眠っていたわけではないのだろう。
のそのそとした鈍い動きで、席を立った。四人掛けの向かい合わせのそれに座っているのは、自分だけで、もう誰もいないのだと悟る。
コンパートメント席を出て、出口へと向かった。出口には、人の良さそうな車掌が見送りのために来ていた。
「長旅、お疲れさまでした。いってらっしゃい、よい旅を」
左目の泣きぼくろが印象的な車掌は、そう優しく微笑んでいた。頭を軽く下げながら、お礼を言って、電車から降りる。辿り着いたそこは、終点。最果て、世界のはじっこ、そのように呼ばれるそこはたしかにこの世の終わりのようだった。
真っ白な世界が続くそこは、終わりのようで、はじまりの場所だった。そう、ここから先は何も、ない、のだ。
ゆっくりと、一歩を踏み出す。終点から始点へ、きっとここは終わって始まる地だ。