終点
「さあ、着きましたよ」
耳をなでる優しい声で目を開く。ずいぶんと長く眠っていたような気がするのに、来た道の景色を覚えているから、きっとずっと眠っていたわけではないのだろう。
のそのそとした鈍い動きで、席を立った。四人掛けの向かい合わせのそれに座っているのは、自分だけで、もう誰もいないのだと悟る。
コンパートメント席を出て、出口へと向かった。出口には、人の良さそうな車掌が見送りのために来ていた。
「長旅、お疲れさまでした。いってらっしゃい、よい旅を」
左目の泣きぼくろが印象的な車掌は、そう優しく微笑んでいた。頭を軽く下げながら、お礼を言って、電車から降りる。辿り着いたそこは、終点。最果て、世界のはじっこ、そのように呼ばれるそこはたしかにこの世の終わりのようだった。
真っ白な世界が続くそこは、終わりのようで、はじまりの場所だった。そう、ここから先は何も、ない、のだ。
ゆっくりと、一歩を踏み出す。終点から始点へ、きっとここは終わって始まる地だ。
8/10/2023, 2:34:21 PM