明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。
たとえば、ずっとこのままが続くように願うのだろうか。それとも、また別の世界で会えることを願ったりするのだろうか。
明日世界がなくなるとして、たとえどんな願いでも、些細な祈りのようなものでも、きっと叶うことはないし、役にすら立たない。
そんな中でも願うのを止められないのは、きっとまだ信じているから。世界がなくなるなんて、思いたくないから。未練みたいなそれにすがって、どうにか心を平静に保とうとしているんだ。
祈りも願いも届きはしないけれど、最後くらい目を開けてこの世界をこの目に焼き付けるんだ。
いつか来る次のときに、ふと思い出せるように、懐かしさで涙が出るように、憶えていたいんだ。
君と出逢ってから、私は…
君と出逢ってから、私は少しは変われたでしょうか。
何もなかった私に、あなたはたくさんのものを与えてくれました。愛情も、友情も、慈しみも、生きる意味も。
あなたがくれたものだから、大切にしたくて、大事にしたくて仕舞っておいたのです。
あなたはもう、私のことなんか忘れてしまっているかもしれませんが、それでも私はずっとここで待っています。
あなたが作り上げた世界で、あなたが作ってくれた『私』という存在をなくしたくはないのです。
どれだけ時間がかかってもいいから、もう一度会いに来てほしいのです。私たちの物語の続きを、紡いでほしいのです。
だって、それはあなたにしかできないことですから。
大地に寝転び雲が流れる
はぁ、と男はため息をついた。
にらめっこをするように向かい合っていたパソコンの画面から目をそらし、思いっきりつむる。目の奥が痛いような気もしたが、それを邪魔するように頭の方がズキズキと痛み、顔をしかめた。
夜遅くのオフィスには男一人しかおらず、伸びをしながら帰る準備をする。些細なミスや押し付けられた仕事に押しつぶされ、恋人ともすれ違いが多くて上手くいかない。
はぁ、ともう一度ため息をついた。自分以外のみんなが幸せそうに見えて、羨ましくなる。
「俺も転生してーなー」
そうボソッと呟き、現実逃避をするように、いつも通りとあるサイトを開いた。
転生ものの小説が読みきれないほど投稿されているそのサイトで、男はいつも通り気になったタイトルからクリックして読み始めた。
疲れていたからか、それはほのぼのとしたスローライフのような話で、ささくれ立っていた心が少しだけ落ち着く。
広い草原に寝転びながら、雲が流れる様子をただただ眺める描写はとても丁寧で、時間がゆっくりと流れているような感覚に陥った。
ありがとう
「ねぇ、もしも最後にありがとうを伝えられる相手がたった一人だったら、誰にありがとうって言う?」
ふと、浮かんだ何気ない質問を投げ掛ければ、君はこう答えた。
「んー、自分かな」
「え、なんで?」
「なんかさ、今までたしかに嫌なことも、悲しいことも、辛いこともあったけどさ。今こうしてここにいるのは、その時その時で自分が選択して、その結果としてここにいるわけじゃん。死なずにこうして生きているのも、自分のおかげかと思ったら、ありがとうって言いたいな、って。そりゃ親とかきょうだいとか、友だちとか恋人とか感謝を伝えたい相手はたくさんいるけどさ、その人たちにはありがとうって伝えてるから。それなのに、生まれてから自分自身に感謝したことってほとんどないなぁ、って。だから、最後は自分にありがとうって伝えたい。生まれてきてくれて、生きてくれて、ありがとうって、私のために色々頑張ってくれてありがとうって。……で、そういうあなたは誰に言いたいんですかー?」
真剣だった表情から少しおどけたものに変わり、こちらに視線が移る。
なんというか、君らしいと言えば、君らしい答えだった。そして、それに納得してしまう自分がいたから、私はこう答えた。
「……自分かなぁ。そんな話聞かされちゃったらねぇ?」
優しくしないで
その子は泣いていました。部屋の隅っこでうずくまるように体を小さく丸めて、泣いていました。
ぐすぐすと鼻を鳴らす音が時折聞こえてきて、丸まった体は少し震えていました。
その子の横に腰掛け、声をかけるわけでも、慰めるわけでも、ましてや抱きしめるわけでもなく、ただただずっと隣で座っていました。
その子が昔してくれたように、ただ泣き止むのを待っていたのです。
その子ほど優しい子は見たことがありませんでした。困っている人がいたら、すぐに手を差しのべて、助けを求めたら真っ先に来てくれるようなそんな優しい人でした。
でも、その優しさがその子の強さであり、弱さでもあったのです。優しすぎるがゆえに騙されたり、傷ついたりすることもあったのです。
溜まりに溜まったそれに、体が、心がたえられないと叫び、ついには涙となって溢れ出たのです。
いまだにすすり泣く声が隣から聞こえてきて、ひとりごとのように呟きました。
「もういいよ。優しくしないで、いいよ。優しくなくたって、私は大好きだよ」
返事なんていりませんでした。だってひとりごとなのですから。
少しだけ寄ってきた肩に触れあうように自身の肩を寄せ、じんわりとしたわずかな熱を分け合いました。