カラフル
「今宵、君に目が覚めるような素敵な夢を」
そう恭しく頭を下げて、シルクハットを被り直した男はステージの真ん中へと戻る。
すっ、と目が合ったのが合図だったかのようにライトが灯り、音楽が流れ出した。
よくしつけられた動物たちの芸当に、おどけた表情で踊るカラフルなピエロ、はるか上の方で綱を渡る男性に、ロープやフラフープを使って縦横無尽に飛び回りすべての視線を奪うような女性。
すべてが夢の中のようなのに、その驚きが、その感動が、夢ではないと告げてくる。
目をキラキラと輝かせ、それに魅了された少女は興奮冷めやらぬ様子で立ち上がり、拍手をおくる。それを見ていたシルクハットを被った男はニヤリ、と笑った。
楽園
そこはとても美しい場所だった。自然豊かで、建ち並ぶ建物もどこか神秘的で、ただただ美しかった。
やわらかな暖かい太陽の光が降り注ぎ、気候はずっと穏やかで、時間の流れがひどくゆるやかに感じられた。
そこに住まうものは皆穏やかで、幸せそうだった。
まさに楽園と呼ぶにふさわしいその場所に、人間だけがいなかった。
風に乗って
「あったー!」
そんな大きな声とブチ、と何かがちぎれる音がして思わずそちらに目を向けた。
そこには屈託なく笑う少女が、たんぽぽの綿毛を持って立っていた。その小さな口でふぅー、と綿毛に向かって息を吹く。
綿毛は風に乗って、遠くへと飛ばされていった。少女はそれらを追いかけるように走り出し、公園の入口あたりで手を振って見送る。
「またあえるかな?」
「そうねぇ、また来年ね」
母親の元に戻ってきた少女がそう問いかけると、母親は少女と目線を合わせるように膝を折り、そう答えた。
刹那
ふと思い浮かんだ言葉も、次の瞬間にはもう忘れてしまって、あまりにも刹那的な思考に少しだけ寂しくなる。
何度自分の考えを無駄にしてきたんだろう。忘れてきたんだろう。
思い出せないそれらに想いを馳せて、今日も生きているんだ。
生きる意味
「ねえ、生きる意味ってなんだと思う?」
ふと気になって、迷子にそう聞いてみた。彼女は少しだけ微笑んで答える。
「なんて言ってほしいの?」
そう言われて、ただ自分の生きる意味を肯定してほしいのだと気づいた。
生きる意味、なんて大きくて、曖昧で、答えが一つとは限らないもので、それでいてその意味がないとなんだか生きていていいのかわからなくなってしまう。
せっかく生まれてきたのだから、この人生を楽しもうと謳歌するのだって、親しい誰かを大切にするのだって、幸せになるのだって、生きる意味で。
明日の空の色がどんなのか、なんて人から見たらくだらないようなことを思うのも、今日を生きる意味で、明日を生きる意味で、その先を生きていく意味なんだろう。
生きる意味がわからないと嘆き、見つからないと立ち止まり、そんなものはないと絶望しても、息をすることはできるから、生きていくことはできるから。
それで苦しくなるのはきっと、生きる意味がないといけない、なんて思っている自分に首を絞められているんだ。
生きる意味なんてあってもなくてもどっちでもいい。あったら、きっと誰かに肯定してほしくて。なかったら、きっとそんな自分を受けとめてほしいんだ。