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優しくしないで


その子は泣いていました。部屋の隅っこでうずくまるように体を小さく丸めて、泣いていました。
ぐすぐすと鼻を鳴らす音が時折聞こえてきて、丸まった体は少し震えていました。
その子の横に腰掛け、声をかけるわけでも、慰めるわけでも、ましてや抱きしめるわけでもなく、ただただずっと隣で座っていました。
その子が昔してくれたように、ただ泣き止むのを待っていたのです。
その子ほど優しい子は見たことがありませんでした。困っている人がいたら、すぐに手を差しのべて、助けを求めたら真っ先に来てくれるようなそんな優しい人でした。
でも、その優しさがその子の強さであり、弱さでもあったのです。優しすぎるがゆえに騙されたり、傷ついたりすることもあったのです。
溜まりに溜まったそれに、体が、心がたえられないと叫び、ついには涙となって溢れ出たのです。
いまだにすすり泣く声が隣から聞こえてきて、ひとりごとのように呟きました。
「もういいよ。優しくしないで、いいよ。優しくなくたって、私は大好きだよ」
返事なんていりませんでした。だってひとりごとなのですから。
少しだけ寄ってきた肩に触れあうように自身の肩を寄せ、じんわりとしたわずかな熱を分け合いました。

5/2/2023, 2:19:15 PM