H₂O

Open App
3/2/2023, 2:18:18 PM

たった1つの希望


それは海に出て、十日後のことだった。澄みきった青は曇天に隠れ、嵐が波を荒れさせる。
舵が取れなくなった船は波にさらわれて、行き先も知らずに進んでいく。
神の怒りに触れたような嵐の中、数日が過ぎて、ようやく青空と太陽が見えた。
進んでいる内に現在地がわからなくなり、さらにはコンパスも壊れてしまった。このまま海の上をさまよい、帰れなくなるのでは、いやそれよりも食料が尽きる方が先か、と不安が頭をよぎった、その時だった。
夕暮れの空に一等明るく光る星があった。それを見て、船乗りだった父の言葉を思い出す。
「いいか、もし海の上で現在地がわからなくなったら、空を見ろ。星は己の居場所を教えてくれる希望の光だ」
その言葉を信じ、記憶を総動員させて現在地を導きだす。夜空に光るその星はまさしくたった1つの希望だった。

3/1/2023, 1:42:51 PM

欲望


満たせ。空のコップを満たすように。
身体を、心を。満たして、満たして、有り余るくらいに。
どうせ、また足りなくなるのだから。
満たされるあの刹那の感覚を味わうために、今日も欲望の仰せのままに。

2/28/2023, 2:00:05 PM

遠くの街へ


そこは海の見える街らしい。そんな話を聞いて、いつか行ってみたいな、なんてことを思った。山に囲まれて育ったからか、一度も見たことのない海への憧れはずっとあった。それに、海辺の街はどこかお洒落なイメージがあったから。
しかし、行くのには時間もお金もかかるし、なんとなく億劫に感じてしまって、結局行かないまま何年も過ぎてしまった。
でもそんなある日、なんとなくいつも乗る電車に乗るのをやめて、反対側に進む電車に乗り込んだ。
どうしよう、なんてあれこれ考えたところでもう遅い。だから、いっそのことと開き直って、窓際の席に座った。
移り変わる景色が新鮮で、長いこと電車に揺られていたのに一瞬たりとも飽きることなんてなかった。
終点で降りて、港の先の方まで歩く。目の前に広がる海はどこまでも続いていて、ただただ美しかった。後ろを振り返れば、活気のあふれる港町がそこにはあって、存分に満喫して、帰りの電車に乗り込んだ。
電車に揺られながら、ふと思う。
世界は広いようで案外狭くて、想像していたよりも近くにあるってこと。憧れだと思っていた遠くの街もいざ行ってしまえば、思っていたよりも何倍も近くにあった。
楽しかったなぁ、そう呟いて、だんだんと見慣れた景色に少し安心する。
ああ、今度はもっと遠くへ行こう。まだ行ったことのない場所なんてたくさんあるのだから。もっと遠くへ、まだ誰も行ったことのないようなそんな遠くの街へ想いを馳せて。

2/27/2023, 1:23:06 PM

現実逃避


何も見たくなくて、目を閉じた。
何も聞きたくなくて、耳を塞いだ。
感情に振り回されるのに疲れて、心をそっと壊した。
現実は決して優しくはないから、夢という名の素敵な場所へ毎晩旅行に行くんだ。
楽しくて、優しくて、あたたかい夢は一瞬だと思えるくらいにすぐ朝を連れてくる。現実がまた今日もおはよう、なんて声をかけるから、目をそらして、聞こえない振りをして、自分の世界に閉じ籠るんだ。
逃げたっていいじゃない。今まで、心が壊れるまでちゃんと向き合ってきたんだから。少しくらい目を閉じたって、きっと罰は当たらないだろう。
いつかまた目を開けて、ちゃんと見るから。ちゃんと向き合うから。だから、そのときまで待ってよ。


いつか、ね。

2/26/2023, 1:44:15 PM

君は今


君は今、どこで何をしているんだろう。
どこか知らないような遠い場所にいたりするんだろうか。それとも案外近くにいたりして。
何をしているかなんて、君のことは今も昔もよく知らないけれど。たしかにあのとき同じ場所にいて、同じ時を過ごしていたんだ。
名前も顔もよく覚えていないけれど、もしかしたら知らなかったかもしれないけれど、君は今、どこで何をしているんだろう。

Next