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2/10/2023, 2:36:31 PM

誰もがみんな


誰もがみんな、辛い思いをしていることは知っているんだ。その嘆きで世界があふれていることも。
それなのに、みんな見て見ぬふりをするんだ。痛いのも、辛いのも、悲しいのも、苦しいのも。
それがたとえ自分のものでも、他の人のものでも。両目を閉じて見なかったことにするんだ。
だから、今日もまた世界には雨が降るし、君は笑顔の下で泣いているんだ。

2/9/2023, 1:23:29 PM

花束


色とりどりの花束ができた。色の統一感や見た目の美しさなんかは一切気にせずに作ったようなそれは、まるで小さな子どもが好きなように選んでできた花束のようだった。
たしかに、色を統一させようとも、見た目の綺麗さで組み合わせようともしなかったのは事実だ。
ただ、花言葉だけを重視した花束だった。伝えたいことがありすぎて、そのくせ素直に口からは出てきてくれないから、花言葉に頼るしかなかったのだ。
たとえば、一緒にいれて嬉しいだったり、いつもありがとうだったり。本当は大好きなんだってことも、口に出すのは気恥ずかしいから、だからあなたがこの花束の意味を知ったらきっと喜ぶだろうと思って、必死に調べながら選んだ花たちだった。
きっとあなたは笑うだろうから。この花束を受け取って、なーに、これ、と少し困惑したように眉を下げて、でもどこか嬉しそうに笑うだろうから。
どうか、この思いが伝わりますように。そう祈りながら花束を抱えて、あなたに会いに行くんだ。

2/8/2023, 1:42:23 PM

スマイル


とある写真展で、その人は一つの写真の前で立ち止まった。それは空の写真だった。いや、どちらかというと雲の写真だろうか。
青と白のコントラストが美しいその写真には「スマイル」と題名がつけられている。
その人は首を傾げながら、写真を見て、題名を見て、また写真へと目を向ける。少しだけ近づいてみたり、逆に離れたりしながら、その写真をじっくりと眺めてようやく、ああ、と柔らかく微笑んだ。
その写真に写る雲は確かに笑っていた。見る人が見れば、それはただの雲としか映らないだろうけれど、一度笑っているように見えてしまえば、それにしか見えなくなるのだ。
子ども心を忘れないようなその一枚に、その人は懐かしそうに目を細めて、少しだけ名残惜しげに写真の前から去っていった。

2/7/2023, 1:21:43 PM

どこにも書けないこと


あなたにはどこにも書けないようなことがありますか。
生きていれば、そりゃ一つや二つくらいどこにも書けないような、誰にも言えないようなものはあると思います。
たとえば、昔のちょっと恥ずかしいような話ややらかした話。自分でも気づいていなかった心の奥底の本音や感情。
まあ、それは人によってさまざまですし、そこに良い悪いとか、正しさとかは関係ないと思います。
でも、それでも、それらを言葉として、文字として書いてしまえば、口にしてしまえば何故だかはわかりませんが、急に実感みたいなものが湧くのです。
言霊とでもいうのでしょうか。いいように使えば、それは本当に起こったりするものですが、同じように悪いこともきっと起こるでしょう。
だから、あなたが秘密にしておきたいことは秘密のまま、自分の中にしまっておいてもいいんじゃないでしょうか。
今はまだ、それを表には出さないで、そっと手のひらで握るように隠せばいいのです。
秘密にしたがったあなたのことを、あなた自身が裏切ったりはしないで。

2/6/2023, 2:40:32 PM

時計の針


それはとあるアンティークショップだった。何気なく立ち寄った国で、なんとなく惹かれて入った店だった。
中には変わった形をしたランプやこだわって作られたであろう地球儀、異国のガーデンに置いてありそうなイスに、錠のない無数の鍵たちなどが所狭しと並んでいる。
わくわくとする感情のままに、店内を見て回っていると奥から一人の男性が出てきた。すらりとした高い背、少し長めの髪は一つにくくっていて、ステンドグラスの光に照らされて瞳がキラキラと輝いていた。
目が離せなくなるような存在感のある人だった。そのくせ纏う雰囲気が儚げだから、どこかちぐはぐなアンバランスさがあった。
「いらっしゃい。どうぞ、好きなように見ていってよ」
少し低めの通る声が心地よくて、どこか幻想的なこの店によく合っていた。
すると、カチ、とどこかから時計の針の音がした。辺りを見渡せば、小さな懐中時計が無造作に棚に置かれていた。
古そうなそれは年季こそ入っているが、決して古くさい感じではなかった。デザインだって今持っていてもおかしくないような、むしろお洒落だと思われるようなものだった。
なんとなく気に入ってしまい、その懐中時計を買うことにする。若い店主は時計を包みながら、話し出した。
「この時計はきっと君とこれからを旅する。嬉しいことも、楽しいことも、もちろん悲しいことや辛いことも。君と一緒に経験することになるだろう。積み重なった時はいつか君の宝物になる。もし、この時計が時を刻むのを止めたら、もう一度ここへ来てごらん。直してあげるからさ」
優しくそう言った店主は包袋を手渡す。それを受け取り、礼を言ってから店を出た。
もう一度この店に、いや、この国に来るかどうかすらも決まっていないが、不思議とまた訪れたくなるような店だった。
それから、旅を続け、確かに楽しいことも辛いこともたくさんあった。時計の針はそれに左右されることなく時を刻み続けた。
でも、それから何年か経って時計は時を刻むのを止めた。カチ、カチ、となるあの音がしないだけでなんだか静かすぎるような気がした。
進路を変えて、あの店主が待つあの店へ、国へと目指した。
国に着き、記憶を辿るように歩いてあの店へとたどり着いた。相変わらず置かれているものは多く、どこか変わっているものばかりだった。
懐かしさに浸りながら店を見て回っていると奥から一人の男性が出てきた。
「いらっしゃい。君が来るのを待っていたよ」
もう何年も経っているのに、年を取ったことを感じさせないようなその若々しい店主はにっこりとどこか妖しさを含むような笑みで迎えてくれた。

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