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12/27/2022, 2:07:21 PM

手ぶくろ


彼女はいつも左手に手袋をはめていた。なぜなのか、を問うと少し気まずそうな顔をして、痕が残ってるから、と言った。
どんな彼女だって愛せる。たとえ痕が残っていようが、その痕すらも愛してみせる、そう思っていた。
しかし、彼女は片時もその手袋を外そうとしなかった。それでも愛していた。いつか彼女がすべてを打ち明けてくれると信じていたのだ。

信じていた自分がどれほど愚かだったか、今となってはその手袋の意味を理解してしまっていた。
きっといつもは外していたのだろうと思われるそれは手袋の布越しでもはっきりとわかった。
手を繋いで、彼女の左手の薬指にあるものを理解してしまったそのとき、ようやく自分の愚かさに気づいたんだ。そして彼女のずるさにも。
「違うの。本当にあなただけを愛しているわ」
そう被害者のように涙を流す彼女に、愛情なんてわくはずもなく、ただ別れを告げた。

12/26/2022, 1:19:42 PM

変わらないものはない


変わらないものはない、と誰かは言った。
変わっていくということ、その事実だけは変わらないことに気がついた。
この変わりゆく世界での唯一の変わらないもの。

12/25/2022, 1:39:47 PM

クリスマスの過ごし方


『クリスマスの過ごし方』そう書かれた本を手に取った少女は数ページほど読んで、棚へと戻した。
そのまま図書館を出て、雪が降る街の中を走って、彼女の帰る場所である教会へと向かう。
街の外れにあるその教会は立派だが、所々に年期を感じさせる。少し重たい木でできたその古い扉を開けて、少女は中に入った。
上着についた雪を払いながら、少女はそこにいた女性に声をかける。
「……ねぇ、シスター。クリスマスってどうやって過ごすの」
突然のその質問にシスターは少しだけ目を丸くさせて、おかえり、と少女を歓迎した。
「そうねぇ、家族で過ごすことが多いんじゃない?」
「……じゃあ、家族がいない私はクリスマスを過ごせない?」
「そんなことないわよ。家族以外にも大切な人と過ごしたり、友だちと過ごしたりする人もいるし」
「でも、大切な人も友だちもいない。そんな人はどうすればいいの」
「別に一人で過ごしたっていいのよ。どう過ごすかなんて決まってないんだから」
「……でも、本には家族と過ごす日って書いてあった」
「誰かが書いた言葉なだけでしょう? 気にしなくていい。それに私とあなたで過ごせばいいじゃない」
「いいの? 家族じゃないのに?」
「いいでしょ。一緒に住んでるんだし、家族みたいなもんよ」
そう言ったシスターは右足を引きずりながら歩く。前の戦争で負傷した足は治ることなく一生そのままだと言われていた。
同じように前の戦争に参加していた少女はそれを見ながら、視線を伏せるように顔を下に向けて思う。
「お祝いなんて、してもいいのかな。みんな死んじゃったのに、笑って過ごすなんてことをしてもいいのかな」
「……そんなこと言ったら、私だって罪のない命をたくさん奪ってきたよ。それでもさ、残った私たちができるのは精一杯生きることだよ。お祝いするのも、笑うのも、泣くのも、怒るのも。ぜーんぶ生き残った私たちにしかできない。だから、そんなこと考えないで精一杯今を生きればいいんだよ」
シスターからの答えに少女はゆっくりと顔をあげる。不安に揺れる瞳を見てシスターは内緒話をするように小さな声でこう言った。
「それに、クリスマスは何てことない日に名前をつけた、ただそれだけよ」
え、と驚くように目を開いた少女にシスターは吹き出すように笑った。その笑い声につられるように少女の頬がわずかに緩んだ。

12/24/2022, 2:01:23 PM

イブの夜


イブの夜は一番忙しい。なんてたって一晩ですべての家をまわらないといけないからね。
冬の寒い夜空を駆け抜けて、はやくはやく、と必死に走る。そっとプレゼントを置いて、次の家へ。次の街へ。次の国へ。
プレゼントをいっぱいにつめこんだ袋はすっかりぺしゃんこになって、真っ暗だった空には朝日がのぼり始めている。深い青から薄いピンクにグラデーションがかかる空を眺めながら、僕らは一息つく。
「よく頑張ったな」
そう言って僕らの頭をなでてくれるのはサンタクロースと呼ばれるおじいさん。
あんなにも忙しくて疲れていたのに、これだけで機嫌が良くなっちゃうんだから、不思議だよね。
しばらくすると、続々と目を覚ます子どもたちの嬉しそうな声が街に響いて、おじいさんも嬉しそうに笑っていた。
子どもたちの笑顔を見るために、僕らはきっと来年もイブの夜を駆け抜ける。きっとクリスマスは世界で一番笑顔の溢れる日になるから。

12/23/2022, 2:15:17 PM

プレゼント


プレゼント、そう言われて貰ったものをぎゅっと抱きしめて大切にしたい。
たとえば大好きなキャラクターのぬいぐるみ、時間を忘れて熱中したゲーム、やる気が出るはずだからと一目惚れした万年筆、あなたからの愛がこもったネックレス。
どれもこれもいつかは灰になってしまうけれど、それでも手元にある間は大切にしていたい。
貰ったものと同じようにその想いも貰っているのだから、その想いごと大切にしまっておきたい。
そしたら、誰かに何かを贈るとき、その想いたちと同じように誰かのことを思いながら贈ることができるのかもしれない。
この想いごと、君に届けたいんだ。

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