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12/22/2022, 2:14:08 PM

ゆずの香り


ゆずの香りって嫌いなんだよね、呟くようにそう言えば、あなたはいたずらっ子みたいにニヤニヤしながら、何で、と聞いてきた。
だって、いつもゆずみたいな香りがするんだもん。あなたのそばによるとふわっと香って、その長い髪の毛からも香るそのにおいはきつすぎることなく、彼女らしいといえば、彼女らしい香りだった。
そんな答えにあなたはますます笑みを深める。
「まだ、私のこと大好きじゃん」
そう言ったあなたに呆れながら思う。本当に嫌いなら、会ったりなんかしないよ。友人であり、元恋人でもあるあなたのことをまだ嫌いにはなれないから。せめてあなたを思い出させるようなものは避けたいの。

12/21/2022, 1:40:59 PM

大空


鳥になりたかった、と望んだ者たちは、みな空へと飛んでいった。
ある者は、この夢を叶えるんだ、と意気込み、空を飛ぶ機械を作って飛んでみせた。
またある者は、こんなはずじゃなかった、とその思いを心に秘めて敬礼をし、お国のためと空を駆けた。
そしてある者は、もうどうだっていい、そう呟いてビルの屋上から空を見上げて両手を広げてとんだ。

誰も彼もあの大空を飛ぶ鳥に憧れたのに、あの自由さに惹かれたのに。
誰一人として、鳥にはなれなかった。鳥に似たその何かはひどく不格好で、不器用な、それでいて諦めの悪いようなそんな何かだった。

12/20/2022, 2:01:27 PM

ベルの音


それは誰かが来たことを知らせてくれる音。その音が始まりだった。
いつしかその音はただいまの音に変わった。二人で過ごす大切な時間の始まりだった。
青空の下でたくさんの人の歓喜に負けないくらいにひときわ大きく、低いその音は二人の幸せを祝福する音。家族という名の新しい始まりだった。
そして、静かな部屋に響く優しい音はあなたの魂が安らかに眠れるように祈る音。始まりの音たちとはすこし違うその音に耳を傾ける。
もし天国であなたが待っていてくれるのなら、私はきっとベルを鳴らす。あなたが見つかるように、あなたに見つけてもらうために。

12/19/2022, 2:18:05 PM

寂しさ


寂しさを感じるときは、少しだけ嬉しくなる。
そう言うと、ひどい人、なんて思うかもしれない。寂しいのに嬉しいなんて矛盾しているよ、って。
でも、それは違うんだ。
だって、それだけ嬉しくて、楽しくて、あたたかくて、優しいものだったから。一緒にいれて嬉しかったり、何かをするのが楽しかったり、そんな思い出たちが、すべての日々がかけがえのないもので、大事にしまっておきたいものになったから。
だから、なくなったときに、いなくなったときに、寂しく感じるんだよ。
寂しさは、それほどまでに大事なものがあったという証拠になるから。だから、少しだけ嬉しくなるんだ。

12/18/2022, 12:27:09 PM

冬は一緒に

「世界が終わった景色に似てる」
誰かがそう言った。世界の終わりなんて誰も見たこともないのに、それなのに誰かのその言葉に納得してしまった自分がいた。
たとえば、葉がすべて落ちた木々や雪で隠れる人工物。シン、とした空気が、いつもよりも響くような音たちが、まるで世界の終わりのような気がして。
誰もいない街に一人分の足跡しか残らない雪の上でたしかにこの光景は世界が終わった景色に似ているのかもしれない。そう思った。
だからもしよかったら、冬は一緒に僕と世界が終わった景色を見に行こうよ。
世界が終わったあとで、君と二人だけの世界にいるかのようなそんな幻想を味わうために。そんな夢を叶えるために。

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