手ぶくろ #1
爪の先から肘まで2回、念入りに手洗いをする。
滅菌タオルで滅菌水を拭き上げて、滅菌手袋を二重に装着。
いざ、手術室へ。
大好きなあなたのために。
◆
2025/01/02
宮島看護師×佐々木小児科医 を思いついたので、#2として追加
手ぶくろ #2
自宅マンションの宅配ボックスを開けると、A3サイズの郵便物があった。
差出人は佐々木貴弘と記されていて、その字面を見ただけで私の胸は高鳴る。箱を大切に胸に抱えて部屋へ持ち込んだ。
今すぐ開封したいのをグッと堪えて、コートを脱いで手洗いやうがいをする。看護師という職業と冬という季節柄、感染予防は必須。と言いつつ、初めて佐々木先生からの郵便物にテンションが上がって、開封を優先しそうになったけれど。
先生がうちの総合病院を辞めて、地元の長野県へ帰ったのは先月のこと。先生はそこで小児科のクリニックを開業するための準備をしている。
私は先生から告白をされていて…いつの間にか、私も大好きになっていた。私からの告白は、機会を逃してしていない。
まだ先生が東京にいるときに、「先生と離れるのは寂しい」と泣いたことがある。「僕も寂しい」と抱きしめられ、「想い出を作ろうか」と優しく触れるだけのキスをされた。
---先生、想い出に残りすぎてます。感触も、眼差しも、声音も何もかもが私の胸を締め付けます。
先生と繋げたラインを開く。
新しいメッセージはなく、郵便物について何も書かれていない。
外箱を開封すると、綺麗にラッピングされた箱が入っていた。
中には、スモーキーピンクの手袋。手首の同色のファーが可愛い。小さなストーンが控えめに散りばめられて、光の屈折でキラキラと輝く。柔らかな風合いの上質な手触りで丁寧な縫製が、直感的に高価な物だと予測できた。
雪景色のイラストが可愛いメッセージカードが添えられている。
『宮島さんに似合いそうな手袋を見つけて買ってしまいました。良かったら使ってくださいね』
先生らしいメッセージにクスッと笑みが溢れる。『似合いそう』だから『買ってしまった』と伝えてくれる先生の素直さを可愛いと思う。
「逢いたいな」
この手袋を着けて、東京でも長野でも。
手袋を嵌めてみる。嵌めたままでもスマホが操作できる加工が施してあって実用的。女性用に作られた細身の手袋は指先が動かしやすいし、軽くてとても温かい。カシミヤだ。それも高価な。
デザインの可愛さ以上に日本製の価値のある商品なのだろう。
高価な商品のこの手袋を身に着けていて変ではない女性になりたい。それがきっと、佐々木先生の隣に並んで相応しい女性だと思うから。
願わくば、先生が想像した通りにこの手袋が私に似合っていると思ってくれると良いな。そしたら告白する勇気も湧いてくるから。
ラインに文字を打ち込む。
『手袋が届きました。ありがとうございます!
とても可愛くて、温かくて、素敵な手袋で気に入りました。』
この手袋をはめて、先生に逢いたいです、…って書いても良い?と一瞬躊躇して、書くことに決めた。
先生は、私の考えていることを知りたいときっと願ってくれているから。私が逢いたいなら、先生も逢いたいと思ってくれていると信じられるから。
『この手袋をはめて、先生に逢いたいです』
手ぶくろ #2
変わらないものはない
子どもが小さな頃。それこそ赤ちゃんのときは、赤ちゃんから目を離さないように必死だった。目を離した隙に、赤ちゃんにとっての危険が待ち受けているから。
子どもは成長して小学生になり、友だちと遊ぶようになった。
「友だちと南公園に行って来る。5時に帰って来るね」
そう言って遊びに行って、17時に帰宅する日があれば、遅くなる日もある。
30分経っても帰宅しないときは、心配して迎えに行く。
「約束は守ってね。心配するから」と子どもに教えた。
同居する祖母が帰宅したことを喜んで、おやつを出している。
「今食べたら夕食に響くからあげるなら少しで』
そう言っても祖母はあれもこれもと子どもに差し出す。
子どもの方が、おやつを残すようになった。
高校生になり、バイトをするようになった。
「遅いねぇ」
祖母が心配する。まだ18時。20時までシフトに入っているはずだから、帰宅できるわけがない。それを伝えて納得したはずなのに、19時には帰宅するのが遅いとソワソワしている。
子どもが成長するに従って、その年代に寄り添いながら子どもの生き方を尊重しなければいけないと思う。
でも、祖母はそれができずに、いつまでも幼少期の頃のままの対応をする。
愛情は同じだけ注ぐけれど、注ぎ方があるんだよなぁ。
心配性の高齢の祖母を見て、変わらないことが良いことではないんだなあと思っている。
変わらないものはない
「疲れたー」
「お疲れさま」
クリスマスイブの当直明けで愛しの彼女宅へ上がり込むと、愛しの青木由希奈ちゃんが俺を出迎えてくれた。
ちなみに由希奈は外科病棟の看護師で、俺は同じ病院のレントゲン技師。交際開始後1ヶ月のラブラブなとき。
まだ俺たちの交際を知っている人は職場内にはいない。仕事中の接点はそれほど多くはないけれど、全くないわけではないから、周囲に気を遣わせるのも何だかなあという理由で。
シャワーを浴びてから、俺と自分の軽食を準備してくれている由希奈に声をかける。
「夜の転倒患者さん、歩行状態問題なくてこのまま様子見ます、って浅尾先生わざわざ報告くれたよ」
由希奈は準夜勤務で、転倒患者に関わったうちの1人。俺は当直の浅尾先生からのレントゲンのオーダーを受けて、病室でポータブルのレントゲンを撮影した。レントゲンの時点で骨折はないと判断されたけれど、筋肉やら痛めた可能性もある。それを浅尾先生は問題なかったとレントゲン技師の俺にまで報告をくれたわけだ。
「浅尾先生ってマメだよな」
「ね。あの人は天然の人たらしだと思うよ。老若男女、誰にでも平等で面倒見が良くて、おまけにあのルックスだもん。浅尾先生は人気しかないよ」
フランスパンにサラダ、クラムチャウダーが並ぶ豪華メニュー。
クリスマスだからって、これは。
「由希奈、準夜勤なのに早起きしたの?頑張りすぎ。すっげぇ美味そうだけど」
「自動調理器だよ。材料入れてスイッチひとつで完成ってありがたいよね」
「って言ったって、材料を揃えたり、カットしたり、工程は踏んでるんだから。もっと自慢したって良いのに」
「ん、じゃあそうしよ」
「おう。褒めちゃる」
両手を広げると、胸に擦り寄ってきた。ハグしつつ頭を撫でると、背中に手を回してくれる。
「由希奈」
顔を上げさせて、瞳を見つめる。
由希奈の頬が上気したのがわかった。
「ご馳走食べたら…良い?」
「…うん」
ゆっくりと小さな口づけを繰り返す。
「あー止まんなくなってきた」
「もう」
「よしっ。冷めちゃうから食べよ」
由希奈の身体を引き剥がし、食事を開始する。
彼女と交際1ヶ月目のクリスマス。
彼女手作りのご馳走を食べて、ベッドでいちゃいちゃしながら過ごしてしまいそうなクリスマス。
それも良いような気がするけど、由希奈の身体は辛くなるかもな。由希奈の希望も叶えてやりたいし。
「なんかやらしいこと考えてる?」
「ん、まぁ、否定はしない。けど、辛くなる前に言ってほしいなって思ってた」
「ん。木村大和くんは結局優しいね」
「なんだそれ」
「好きだなぁってこと」
「由希奈さん。食事を食べ終えてから言ってください」
「はあい」
自分に厳しい彼女を、俺なりに甘やかせてあげるクリスマス。
クリスマスの過ごし方 関連作品 イブの夜に 2024/12/25
微熱 2024/11/27
クリスマスイブの今夜、あたしは準夜勤務になった。時間帯は、夕方から日付けが変わる夜中まで。
あたしと同じハズレクジを引き当ててしまった青木先輩と安達先輩との3人夜勤。
当直は外科医の浅尾先生だから、何かあっても相談しやすくてやりやすい夜勤。
それに「クリスマスに仕事だから」と浅尾先生が、準夜勤務と深夜勤務の6人のために買ってきてくれたコンビニのケーキも休憩室の冷蔵庫にある。
21時の巡視や重症者のチェックも滞りなく終えた。
青木先輩と安達先輩が休憩室から顔を覗かせる。
「宮島さん、ちょっと休憩しない?」
「あ、はい!できます!」
滅多に取れない勤務中の食事以外の休憩。
2人は「浅尾先生も呼んじゃった」とコーヒーメーカーをセットしてコーヒーを抽出していた。
ケーキがテーブルの上に並べられている。食べたいケーキを一斉に指差すと、運良く3人バラバラで、おおーっと盛り上がった。
そのタイミングで浅尾先生が「楽しそうだな」と顔を覗かせた。
先生が食べたいケーキは事前に聞いていたから、先生の前に準備して、淹れたてのコーヒーも置く。
浅尾先生のポケットマネーで購入したというコーヒーメーカーはあたしたちの団欒を豊かなものにしてくれる。
命の危機が迫った重症の入院患者はいなくて、ナースコールも鳴らない穏やかな夜。
私はコーヒーカップを両手で包み込みながら、ここに居る先輩看護師と浅尾先生が思っているだろうことを言った。
「今夜、落ち着いてて良かったですね」
「………」
なぜか3人は無言で揃ってあたしの顔を見つめた。
「え?え?あたし、何か不味いことを言っちゃいました?」
「うーん、医療従事者あるあるなんだけどね、落ち着いてるって言うと」
急にモニターのアラーム音が鳴り響く。
ナースステーションに並ぶ心電図モニターのうちの1台に頻脈が見られ、それがアラームの原因だった。
あたしの受け持ち患者さん!21時は異常なかったのに!
「バイタル測ってきます」
急いで血圧計を持ちに行ったあたしに、「待って」とストップをかけたのは浅尾先生。
「宮島さん、12誘導とって」
「え、」
研修で12誘導心電図を習ったけれど、実際の患者に行ったことはない。
まして、今、不整脈が出現している患者さんに、あたしが?
「大丈夫。致死的な不整脈じゃないから。落ち着いてとっていいから」
浅尾先生が安心させるように微笑む。
あたしのプリセプターの青木先輩もその言葉に同意した。
「宮島さん、12誘導やってみて。主治医の浅尾先生が当直で、点滴ルートも入っていて、落ち着いた状態でできる良い機会だから」
「わかりました。やってみます」
おぼつかない手技ながらも、なんとか12誘導をとり終える。患者さんは、頻脈以外には一般状態も安定している。
浅尾先生に12誘導の波形を確認してもらっているとき。
ドスンッ!
大きな物音がした病室へ看護師3人で走っていく。
「大丈夫ですかっ!?」
患者さんがベッドのそばに転倒している。
また私の受け持ち患者さん…
ただ落ち込んでいるわけにもいかず、ボディチェックを行いながらベッドへ誘導する。
浅尾先生が病室に顔を覗かせた。
患者さんは、床の危険察知用のセンサーマットのブザーを鳴らしたくないがために無理に足を伸ばして、足が引っかかって尻餅をつくように転倒してしまったことを報告する。
患者さんの診察をした後、先生はレントゲンをオーダーした。
「レントゲン次第かな。痛みが強くなったりしたら教えてくださいね」
あたしはレントゲン技師さんの介助をした後、ベッドから降りようとした理由を聞き出して対応する。他に考えられる諸々をお手伝いして、用事があるときはナースコールを押してもらうように依頼する。
ナースステーションへ戻ると、浅尾先生の医療用のスマホが鳴った。
え、今のレントゲンで骨折があったとか?レントゲン技師からの報告を疑って、看護師3人で顔を見合わせる。
浅尾先生が通話を切って、あたしたちに告げた。
「急患。急性アルコール中毒」
「あーー」
クリスマスイブだから、羽目を外した人が運ばれてくるのね…。
「入院はうちの病室になるから」
「わかりました。準備します」
「よろしく。若い男性らしいから、皆んな気をつけて。困るようなことがあれば、俺や、他の病棟の男性スタッフの応援を呼んで」
「ありがとうございます」
浅尾先生がテキパキと指示を飛ばしながら、電子カルテをチェックする。
「骨は大丈夫そうだけど、痛がり方や動きによっては、整形外科の紹介をするから注意して」
「はい」
「宮島さん」
浅尾先生があたしを呼んだ。
「転倒は良くないことだけど、宮島さんのせいばかりじゃないよ」
「え?」
「もともとセンサー対応するくらい、危険な行動をするかもしれないと予測できる患者だったんだ。そういう人を1人で防ぐことはまず無理だよ。幸い大きな怪我はないから、今回のことをフィードバックして次に繋げていこう」
「はい。わかりました」
先生は微笑んで、あたしの肩をポンポンと軽く叩いて、夜間外来へ足早に歩いて行った。
初めて経験する急性アルコール中毒の患者の対応はとても厄介だった。
大きな声で叫ぶ、暴れる、点滴を抜こうとする。ベッドに寝てくれない。
外来から男性技師さんが付き添ってくれて、危険のないように押さえつけてくれるけど、酔って力加減が制御できない感じで、あたし達も押さえなければいけなかった。
「治療に協力できないようなら、帰宅してもらうことになりますね」
浅尾先生が付き添いの友人に告げる。
「朝まで様子を見ようと思いましたが、これ以上スタッフに危険を及ぼすようですと、見過ごすことはできません」
毅然とした態度に、あたしが浅尾先生に気を取られた瞬間だった。
!!
お尻を触られた。見えてないけど、絶対に!
あたしは反射的に患者から手を離し、距離を取った。
浅尾先生があたしと患者の間に立ち、あたしを先生の背後に隠した。
「あなたがしたことは立派な犯罪行為です。退院させます」
「でも先生、」
友人が困惑して何かを話そうとしたものの、先生の背中に立つあたしでさえ、先生が怒りのオーラを纏っているのがわかった。
「スタッフに危害を加えた時点であなたを患者として診ることはできません。今夜の病院の責任者は私です。退院してください」
浅尾先生に言い切られて、友人は諦めたようだった。
浅尾先生が点滴の速度を速める。
「終わったらナースコールを押してください」
友人が頷いたのを見届けて、先生はあたしに「行くよ」と小声で言って病室を出た。
廊下に出ると、先生に手を握られた。
「せんせ…」
「着いておいで」
先ほどまでとは異なり優しい声音で、あたしの歩くスピードに合わせて少しゆっくりめに歩いてくれる。
着いていくと、ロビーの自販機前だった。
「ココア飲める?」
「あ、あたし、お金…」
「良いって」
クスッと笑って、先生に椅子へ座るように促される。黙って従って先生を見上げると、先生は小銭を入れてホットココアのボタンを押した。紙コップがコトンと落ちて、ココアが抽出されるのが見える。
はい、と渡されて受け取った。温かい。水面が小刻みに揺れている。
「ごめん。怖かったね」
「……いいえ」
小さな声で否定したけれど、本当は怖かった。先生が怖かったのか、アルコール中毒の患者が怖かったのか。多分、両方とも。
今夜は色々起きすぎて、あたしのキャパオーバーだった上での、セクハラだった。
「ココア、飲んでみて。落ち着くから」
「はい」
先生が少し切ない表情をしているのに気づいた。
「さっきの患者が入院する前に、先生が気をつけてって言ってくださってたのに、あたし、気をつけられなくてごめんなさい」
「…難しいよな。患者の危険を防ぎたいし、夜中だから他の患者を騒音で起こしたくないし。さっき、転倒があったばかりだから余計に」
「はい…」
「常識が通じない患者はいるんだよ。アル中なんて、最たるものだと思うけど。
今夜、病院で起きたことの最終責任は俺だから、ああいう患者は最初から男性スタッフだけの対応すれば良かった。その判断をしなかった俺のせい」
「そんなこと、」
「宮島さんが責任を感じる必要はないよ。やられた方が責任を感じるなんておかしな事だから」
「そしたら先生も、ですね」
「確かに」
不思議。浅尾先生と会話していたら、手や足の震えがおさまってきている。忘れられない出来事にはなったけれど、でも、次は、もう少し上手く対応できる気がする。浅尾先生が、その勇気を与えてくれた。
ナースステーションに戻る途中、先生が軽口を叩いた。
「散々なイブの夜だったな。宮島さんが、今夜は落ち着いてる、なんて言うから」
「あたしのせいですか?」
「病院あるある。落ち着いてるって口に出すと、何かが起こりがちなんだよ。偶然なんだけど、昔からどこの病院でも言われててさ」
「…もう二度と口にしません」
「そうだな。それが良い」
先生がおかしそうに笑ってくれて、あたしも笑顔になる。色々、予想外のことが起きたけれど、今夜のことを教訓に頑張らなくちゃ。
ナースステーションでは、青木先輩が出迎えてくれた。
「宮島さん、大丈夫?さっき震えてたよね。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。心配かけてすみません」
「良いよいいよ。落ち着いたなら良かった。浅尾先生もありがとうございます」
「ああ。キミたちは何もされていない?」
「私たちは大丈夫です」
「良かった。あの患者が退院したら、休憩しない?」
「良いですね。とりあえず巡視回ってきます」
「3人とも巡視行って来て。俺はカルテ入力しているから、何かあったら呼ぶよ」
「ありがとうございます」
あたしたち看護師はそれぞれの受け持ちの病室を回って異常がないか確認する。
今度こそ、何も起きないように、しっかり確認することを心がけたら、普段よりも遅くなってしまった。
そんなあたしに「お疲れさま」と声をかけてくれる先輩や浅尾先生。
保温しすぎてやや煮詰まり気味のコーヒーはほろ苦さを通り越している。さっき甘いココアを飲んだから、余計に。
青木先輩や安達先輩には、あたしのケーキの食べが良くないと心配された。あたしは夕食の量が多かったからだと答える。
本当は、持参した夕食なんてペロッと食べちゃったけれど。
浅尾先生をチラッと見る。文句も言わずに煮詰まったコーヒーを素知らぬ顔で飲んでいる。横顔、カッコいいなぁ。
…自分の思考にビックリした。確かにとてつもなくイケメンだけど、仕事中に見惚れたことなんてなかったのに。
それに…食べられない理由を夕食のせいにしてしまった。
浅尾先生がココアを奢ってくれたことを、何故か、自分と浅尾先生の2人の秘密にしたかった。浅尾先生は何とも思っていないだろうけれど、優しかった浅尾先生を、自分だけの思い出にしたい。
「ご馳走様。帰り、皆んな気をつけて帰って」
「はい。ケーキご馳走様でした。ありがとうございました」
立ち上がってペコリとお礼する。
浅尾先生は当直室へ戻って行った。
初めて尽くしだった、看護師1年目のクリスマスイブの夜勤。
学びが多く、先輩たちの温かさや、浅尾先生の人となりを知ることができた。正義感が強く、スタッフを大切にして、毅然として、とても優しい。おまけにカッコいい。
あたしの胸の音は正直に、とくんとくんと大きく速く鳴り響く。
でも、先生は結婚しているから。
あたしは今夜だけ、先生に恋をして、そして忘れることに決めた。
イブの夜は聖なる夜。
朝にはきっと、外科医の1人になっている。
今夜だけは、嘘をつかないで、浅尾先生に恋していたい。
誰にも言わずにそっと、内に秘める恋を。
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「お母さん、これ、ラッピングしてよ」
旦那に渡された物を見て、私は旦那と渡された物を二度見する。
それは、先週、私が購入してラッピングした物と全く同じ物だった。
「コレ買ったよ」
「わかった。じゃあワシは買わなくて良いね」
「うん」
そういうやり取りをしたのに…。
「ねぇ。サンタクロースが2つ同じ物をプレゼントするって聞いたことないけど」
「…ワシも」
「こっちは見つからない所に隠さなきゃ。てか、このプレゼントの使い道ないよ?メルカリにでも出す?」
「…そうだね。…でも、ワシらの以心伝心すごくない?これだけ子ども用のプレゼントが溢れている世の中で、相談なく全く同じ物を買うなんてさぁ」
「確かに凄いことが起きてるけど。以心伝心の意味違うよ。心が通じ合うことだから」
ついバッサリと一刀両断してしまった。
旦那は落ち込んだ様子で、プレゼントを手に庭に出た。ベランダから眺めると、庭の倉庫にプレゼントを隠しているのか、なかなか倉庫から出てこない。
ウチのサンタクロースは、どうも空回りをしがちだ。
子どもにプレゼントしたい気持ちが強すぎての空回りなのか、ウチの子好みのプレゼントを見つけてテンションが上がっちゃったのか。
「ねー!寒いから中に入りなよー!」
「ついでにちょっと片付ける」
なんか変なスイッチが入ったのか、上着も着ずに倉庫の物を庭へ次から次へと出している。
そのうち私も片付けに駆り出されるのが決定した。棚を雑巾で拭いてとか、この箱の物を仕分けして、とか。
今日はショッピングモールにでも旦那を誘おうと思っていたのに。
あーあ。
ため息を吐いたら吐く息が白い。
室内へ戻って旦那のダウンを引っ掴んで、ついでにラッピングしたスヌードも持つ。クリスマスにあげようと思ったけど、まぁ良いや。
「はいよ」
「なに?」
「プレゼント」
「ワシに?やった!」
本当に嬉しそうに笑って、どれどれとリボンを解く。
「おーありがとう!」
「うん。じゃあ寒いけど頑張って」
「行っちゃうの?」
「うん」
どうせ1時間もせずに呼ばれるのだ。
その頃、コーヒーでも淹れて持っていこう。
ひらひらと後ろ手に手を振って、私は家の中に入った。
プレゼント