「なに、これ、懐かしい!」
「だろ。探したら見つけたんだよー。やる?」
「当たり前っしょ。やー懐かしいなぁ」
友人の優と実家のリビングで炬燵に入って、ゲームをTVに繋いだ。
マジで懐かしい。俺たちが中学時代にハマっていた格闘系のゲーム。およそ15年ぶり。
「うぉぉぉー!おりゃぁぁぁ!いけぇぇぇ!」
「優、うるさっ。久しぶりに五月蝿ぇ」
「だぁぁぁ、ちょっと待って、待って」
「待たねーよ」
カウンター攻撃はあっさり成功して、俺の得点になる。
優は悔しそうに2試合目の対戦のために前のめりで備えた。
平日の午後。
本来なら俺も優もバンド活動をしている時間帯に、2人で俺の実家で過ごしているのには理由がある。
---優の心が壊れてしまったから。
最近、練習に遅刻したり、そもそも来なかったりってことが続いて、おかしいとは思っていた。
メンバーやマネージャーと病院に連れて行かなきゃなぁと会話しつつ、アルバム作りを優先した。
その結果。
優は外出できなくなり、うつ病と診断された。
バンドは無期限の活動休止に入り、俺とボーカルの優は、バンドのバの字もなかった中学時代の思い出を辿っている。
夕飯はお袋特製のカレーライス。
お袋は昔から、来客があればカレーを振る舞う。優も当然、中学生の頃からお袋のカレーを食べていた。
俺の部屋に運んでもらってカレーを食べながら、俺は優に聞いてみた。
「今日は泊まっていくだろ?」
「うん。急で迷惑かけちゃうけど」
「らしくないなぁ。昔はよく突然言い出したじゃんか」
「大人になると色々気を使うんだよ。俺もお前も」
「そっか。そういうもんか」
「そういうもんだよ」
中学生の冬の青春のやり直しなんか簡単だと思っていた。
でも、実際は難しい。
ただ、バカやってたあの冬と同じ青春を過ごして、優に元気になってもらいたいだけなのに。
「明日さ、柊が来るんだってさ。何して遊ぶ?またウチで遊ぶ?ゲームなら他にも…」
中学のとき、俺たちはいつも一緒に遊ぶグループがあった。柊はその中の1人。
ゲームカセットを収納したボックスを引き出した、その時。
「悪い、俺、まだ…」
元気のない小声に振り返る。
優が自分の身体を抱きしめるように、自分の腕を掴んでいた。
「拓馬以外のヤツとはまだ、無理…かもしれない…」
「…そっか」
「ごめん」
「ごめんなんて、別に何も悪いことしてねーじゃん」
頭を上げて欲しくて、わざと軽い調子で言う。
優は顔を上げた。でもその表情はやるせなくて、かえってこの表情の方が哀しかった。
「悪いことだらけだろ。俺のせいで活動休止になって、新曲の発売は無期限の延期。収入だけみても激減だ」
「収入はさ、俺も優も印税が入ってくるじゃん。優が今まで歌ってくれてたおかげだよ。感謝してる」
「でも、新曲出さなきゃいつか飽きられて売れなくなる。俺のせいで…!」
大切な友人の心の叫びを、どうすれば良い?
優が悪いわけじゃないって、どう伝えれば良い?
優を抱きしめて、随分痩せてしまったことを知る。
食事もあんまり食べられなくなったと聞いた。
カレーライスは美味しいって食べてくれたけれど、サラダは残していた。
「俺たち、無期限の活動休止中だよ。
無期限ってのは、期限はないってこと。活動休止ってのは、活動を休憩するってこと。良いんだよ、今は人生の休憩中で、仕事のことなんか忘れてれば」
「忘れるなんてできるわけないよ」
「そうか?今日、優とゲームしてたら、俺は忘れてた。優は?」
「あの瞬間なら…」
「忘れられただろ?いったん音楽のことを忘れてさ、俺たちが楽しくて仕方なかった中学の頃に戻ろうぜ。人生の休憩中なんだから」
「でも…」
声に心細さが滲み出ている。
どうすればわかるのかな。
今は何も気にしなくて良いこと。
優はひとりじゃない。俺がそばにいることを。
「まださ、活動休止して1週間も経ってないじゃん。
優が不安ならさ、とりあえずの期限を決めてみる?」
「期限付き?」
「そう。いつが良いかなあ」
「……冬?」
「冬?良いじゃん。
じゃあ、冬の間は俺と優の、人生の休憩期間。延長OK、短縮もOKでどう?」
「…拓馬も一緒に…?」
「もちろん。俺も優と一緒に休憩だ」
「拓馬も一緒なら」
「よしっ!」
バシッと背中を叩くと「痛え」と優が小さく呻く。
脂肪がないもんなあ…休憩中に少しでも体型が戻ると良いんだけどな。
「一緒に人生の休憩をしようぜ。コーラとポテチ食べる?」
「少しもらう」
「うん」
喋って、ゲームして、うたた寝して。俺はバカみたいにバカみたいな話を喋り続ける。
冬は一緒に、人生の休憩を。
冬は一緒に
ねぇ。
さっきからずっと、自分がとりとめもない話をしていることに気づいてる?
最近流行りのレジャー施設とか、カフェとか、実はあんまり興味ないでしょ。
キミがめちゃくちゃインドアなのを僕に知られていないとでも思っているの?
知ってるよ。
とりとめもない話を終えたときの沈黙が怖いんでしょ。
僕に見つめられるのがわかってるから。
でもさ。
そろそろ良いかな。
僕はキミをジッと見つめて黙らせた。
さぁ。
そろそろ本題に入ろうか。
僕とキミの関係を、一歩先に進めるために。
とりとめもない話
2日前の日勤で出勤した直後、小児科外来の看護師がインフルエンザで出勤停止になった補充要員として、3日間、小児科外来で勤務するように命じられた。
今日が最終日3日目。
この3日間の患児の多くは熱発。インフルエンザ、コロナ、風邪。それらを縫うように持病持ちの定期受診患児が来院するといった具合。
今朝、起床時に感じたのは、喉に若干の違和感と鼻汁。だけど平熱。
病院に到着する頃には、喉の違和感は軽度の痛みに置き換わり、風邪特有の倦怠感が多少あった。
念のためにドラッグストアで購入したコロナとインフルエンザの抗原検査キットでチェックしてみたが陰性だった。
今日を乗り切れば、明日は休み。明日はゆっくりしよう。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日。
発熱者の外来患児は増え続けている。
特に今日は、子どもや母親に絶大な人気を誇る佐々木先生が外来担当ということもあって、目が回るほどに忙しい。
私が若干感じた不調は、働いているうちにアドレナリンのためか全然気にならなくなった。それどころか、忘れていたのに。
午前診療の最後の患児の診察が終了したのは午後14時を回っている。午後の診療は15時から。午前に使用した物品の片付けと診察室の消毒がまだ業務として残っている。
休憩時間は普段から1時間取れたことはほぼないからそれは通常としても。
佐々木先生をチラリと見る。
仕事熱心な佐々木先生は、きっとこの後病棟へ向かうのだろう。
今日入院させた喘息の児と肺炎の児の様子を見に。
二人とも、症状は軽くはなかった。
そして、休憩が取れてないことなどなかったかのように、笑顔で午後の診療を開始するのだ。
「宮島さん、ちょっとここに座って」
「えっ?」
「ほら、早く」
ここって、佐々木先生の目の前の、患者が座る椅子なんですけど。
訳がわからないけれど座らないといけない雰囲気を感じて、ちょこんと座る。
佐々木先生はちょっとごめんね、と私の首筋を指で触っていく。
「リンパは腫れてないね。でも熱いから熱を測ってね」
「……気づいていたんですか?」
「うん。僕がキミのこと、好きになって何ヶ月経ったと思ってるの」
「っ、」
「はい、あーん」
おずおずと口を開けて、あーと声を出す。
「咽頭がちょっと赤いね。背中聴診するけど良い?」
「お願いします」
ナース服の上から背部を聴診。こっちは問題ないね、と言いながら、先生は電子カルテに入力する。
外来を見渡したけれど、他の看護師の姿はない。
佐々木先生が私を好きなことを私や仕事仲間にオープンにした日から、ごくたまにこういう時がある。佐々木先生と私を二人きりにする瞬間が、同僚たちによって。
そんなとき、佐々木先生は私のことを好きだと軽く伝えるのだ。
言葉だったり、態度だったり。
私はそれが決して嫌ではなく…寧ろドキドキと動悸がする。
胸が熱くなって、頬が熱くなって、私はこの感情をどう処理すれば良いのかわからなくて。
最近はちょっとだけ困っていたりする。
「コロナとインフルの抗原検査やっておいて。結果が出たら僕に連絡して。あと熱も」
「はい」
「今日は帰って良いからね。送っていけなくて申し訳ないけど」
「そんな、大丈夫です。って言うか、帰ったら、外来が」
「外来は何とかするよ。
それよりも、風邪かコロナかインフルかわからないけど、ちゃんと休みなさい。じゃないと、申し訳ないよ」
「え?」
「本当はキミが3日目の今日も無事に外来を終わらせたかったんだけどね。小児はマスクをつけられない子も多いし、密着もするし、難しいよね。キミも手洗いとか感染予防を頑張ってくれていたけど」
佐々木先生はいつも、私たちの努力を認めてくれる。どんなときでも、変わらずに優しい。
こんなに連日仕事で忙しくても、休憩時間がなくなっても、午後の外来が忙しいことも予測できるのに。
「佐々木先生」
「ん?」
「私、ちゃんと今日の午後診の最後まで佐々木先生と一緒に仕事したかったです。でも、できなくなってごめんなさい」
「宮島さん」
「佐々木先生まで、風邪引かないでくださいね」
「うん。わかった。ありがとう。気をつけるよ」
先生は手洗いをして、小児科外来を後にした。
私は自分で抗原検査を行なって、15分後に検査結果を陰性だと確認する。熱は37.6℃。まだ熱型を確認しなきゃいけないけれど、とりあえず今日は風邪だと確認できた。
風邪なら、熱が下がれば、また佐々木先生と一緒に働ける。
良かった。うん。早く治さなくちゃ。
私は弾んだ心のまま、佐々木先生の仕事用のスマホへ連絡した。
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私の住む街は、年間を通して雪が降る日は片手で足りるほど。
中でも降雪日は1〜2日だけという雪にはほぼ無縁と言って良い。
そんな私が、毎年、降雪を楽しみに待っている。
長野県や静岡県に雪が降った晴天の日、私の住む街から遠く南アルプスが見える。
それは年間を通して南アルプスに雪が積もった季節だけ見られる特別な景色。
見慣れた景色のその奥に、美しい山々が連なっている。
美しいなぁ。
私は白い息を吐きながら、スマホのカメラを起動させるのだ。
雪を待つ
「愛を注いでいたら、いつか報われるのかなぁ?」
グラウンドでサッカーボールを追いかける彼。
それをグラウンドを取り囲むフェンス越しに眺めた。
同じクラスの彼にそれとなくアピールしているんだけど、今のところ手応えは全くない。
恋心を気づかれてすらいないと思う。
「私、愛と努力って似てると思うんだよね」
「へ?どういうこと?」
私の隣で同じくサッカー部を眺めている親友。
彼女の言葉を咀嚼できなくて聞き返す。
彼女はサッカー部のGKに恋している。
ちなみに私の好きな人はFWだ。
「キーパーの彼が言ってたの。
キーパーはこれ以上練習できないくらい練習しても、必ずしも試合で無得点に抑えられるわけじゃない。シュートを止めるために右側に飛んだけど左側に打たれたりとか。シュートの前に止める方向を予測するから、どうしようもないこともあるんだって」
「努力は報われないってこと?」
シュート練習と、それを止める練習をしている彼に視線を移す。
随分と寂しいことを言う。
でも彼がそんなことを言っていたとは信じられないほど、懸命に練習を続けている。
「努力しても試合で必ずしも結果として結びつかないこともある。けれど、長い目で見れば努力したことは自分の身になってるんだって。小学生の頃からキーパーやってる自分が言うから間違いないって言ってた」
「ふぅん。自分のどんな身になったのか聞いてみたいなぁ」
愛と努力は似ている、か。
努力しても、試合で結果が得られるとは限らない。
愛を注いでも、片想いが実るとは限らない。
努力したら、長い目で見れば自分の身になる。
愛を注いでいたら、長い目で見れば自分の身になる…?
親友が呟いた。
「愛を注ぐ経験値が、愛し方のレベルを上げるんじゃないかなあ」
「なるほど」
「付き合ってる人たちを羨ましいなって思ってたけど、まだ皆んな、レベル上げの途中なんだよ」
「うん。きっとそうだね。もしかしたら死ぬまでレベル上げするのかも。人は人と無関係ではいられないから」
「深いね」
「深いわ」
「あっ!」「あっ!」
2人同時に叫ぶ。
試合形式の練習が開始されて早々、FWの彼がシュートを放ち、GKがそれを止めた。
「キーパーめっちゃファインプレーだった」
「シュートもめっちゃ綺麗だったよ」
真剣な表情でボールを追いかける彼は、あっという間に私たちから遠ざかってしまった。
私がずっと見ていることなんて気づいてても気づかなくても。
結局私は彼のことが好きなんだなぁと思う。
真剣な横顔にときめいてドキドキしているから。
愛を注いで、私の想いは報われる?
わからない。
でも、人生におけるレベル上げの途中だと思えば、
愛を注ぐことに躊躇いなんていらないのだ。
「FWがんばー!」
親友が笑って、私と同じく声を張り上げる。
「GKがんばー!」
応援の声に気づき、サムズアップしたものの、照れてるのが可愛い。
私たちは調子に乗って、もっと応援してみる。
彼はもうヤメロと両手でバツを作って、照れながらボールを追いかけて行った。
愛を注いで