学生の話
引用:「こころ」夏目漱石著
「山月記」中島敦著
(ネタバレ少しあります)
──────
「夏目漱石っているじゃん」
「月が綺麗な人?」
「まぁそうだね。あながち間違いではないよ、言い方だけ直して」
「すいません」
テスト期間中、図書館で勉強している私たちは「補習を回避する」というただ一つの目標に向けて猛勉強をしていた。そこで、今回のテスト範囲となったのが夏目漱石が書いた「こころ」である。
隣にいる彼は一つ下の私の後輩。マネージャーと部員、というそれ以上もそれ以下もない関係性だけど、この時期となると誰よりも結束力は高くなっていた。
彼の方では「山月記」がテストで出るようだった。去年、私も虎になった気分で問題を解いていたのは内緒にしておきたい。何となく、恥ずかしいし。
「先輩」
「?なに?」
「ここなんスけど…」
ワークの問題とついてくるように、彼がぐっと近づく。
特に何も無い関係、と思ってはいるが、この距離感だとあまりよろしくないことを考えてしまうのは思春期だからだろうか。
「臆病なじそんしん?とか、尊大な…」
「羞恥心」
「それっス。これの心理を答えよ、ってなんスか?」
「えぇ…」
私に聞かれても…という訳にもいかず、一緒に考えてみる。登場人物の心理を考える問題は私的に「いかに感情移入できるか」だと思ってるので、目を瞑って考えてみる。
…何となくだが、分かってきた。
自分の気持ちを公に出したくなかったり、それは自分が出来ない部分を知られたくない、という保身からなるのではないか────と言えばいいか。ヒントにしかならないかもしれないが、私の考えを伝えるには十分な気がする。
うん、と俯いた状態から顔をあげようとした時、むにっと口元に何か当たった気がした。
(──?!)
鈍感では無い私。これがどういう状況なのか、10文字以内に答えよと言われれば簡単に答えられる。
私はキスされている。
衝撃のあまり固まっていると、人肌より少し温かい温もりが離れていく。
「すいません、我慢できなくて」
「…は?え?」
「ここまできちゃったんでもう全部言っちゃうんですけど、俺先輩のこと好きなんで」
「うん…?」
「この勉強会も下心ないかって言われたらめちゃくちゃあるんですけど」
「成績悪いんじゃなかったの」
「悪いのは、そうっスけど…」
2人で話していると、先生に注意された。どうやらカウンターまで声が聞こえていたようだった。現場を見られてないなら、まぁ、いいか…
ごめんなさい、とだけ言ってまた勉強を再開する。
すると、彼はカウンターにいる先生に聞こえないような掠れる声で話しかけてきた。
「俺、焦ってたんスよ」
「なんで?」
「先輩、今日告白されてたの見ちゃったんで」
「まじか」
今日、部室の裏に呼び出されたと思えば同級生の部員から告白された。特に好意も何も無かったので、ありがとうとだけ言って断ったが。まさか見られてたとは…
「先輩がなんて言ったのかは聞こえなかったんで」
「え、断ったよ」
「…ならいいんスけど」
気持ちだけ先走っちゃったんで。
横取りしようって、思ってました。
先輩という立場上なのかはたまた別の感情なのか分からないが、ぶすくれる彼がどうにも可愛く見えてしまう。
ふふ、と声を漏らしそうになるのをグッとこらえて、机に体を向ける。
問題文を読んでみると、私も心理に関する問題にあたった。うわ、まじか…
【「私」と「お嬢さん」の関係について、「K」から見た二人の関係はどのように感じただろうか。】
…どうなんだ、これ。
Kは実際二人が結ばれて前向きな気持ちでは無かったはずだけど、二人はKがいなくなるまで少なくとも幸せだった、のだろうか。
Kにこころを寄せて、考えてみる。
「私」は、「K」から、「お嬢さん」を取った───
(横取りしようって、思ってました。)
ふと、彼の言葉が蘇る。理由なんて、考えなくとも分かった。
今の私は、「お嬢さん」と同じ立場なのだろうか。
私に告白してきた部員は、私と彼との関係性を知らない。知らなければ、幸せだったのだろうか?
考えるほど、ぐるぐるしてきてしまう。
でも、私たちの場合、物語とは違う点が一つあることに気がついた。それは、私が敢えて向き合おうとしてこなかったもの。
私の「ココロ」である。
正直、彼にキスをされてから気づいてしまった。気づかされてしまったのだ。
私は彼のことが好きなんだ。
言語化してみると、なんだか小っ恥ずかしい。
でも、体が自然と彼の方を向いていて、
彼の頬に、私の唇を添えていた。
答案に一言、添えてから──────。
【「K」が二人の発展した関係性を知らなければ、幸せだったと思う。】
20250211 【ココロ】
年齢設定なし
──────
「今日はありがとうね、予定じゃなかった所までついてきてもらっちゃって」
「いや全然大丈夫。むしろ俺が行かない所ばっかで面白かったし」
「そう言って貰えるの嬉しいなぁ」
付き合って半年が経とうとしている私たちに映画のペアチケットが委ねられたのは今から2週間前。
友達から「貰ったけど映画あんまり興味ないんだよね」という言葉と共に握らされた2枚の紙切れは、デートの口実になるには十分の材料だった。
映画を見た後、喫茶店で感想を話し合っていた時に「ここ行きたいと思ってたんだよねぇ」とひとりごちていたら「じゃあ行こうぜ、今からでも間に合うだろ」と二つ返事で場所を変えてもらっていた。
こうやってすぐ行動に移せてしまうところは、私が彼に惹かれた部分でもある。
「…なぁ」
「何?」
「そこの公園、寄ってかねぇ?」
「ふふ、いいよ」
帰り際にどこかに寄ろうとするのは早く帰りたくない、という彼の意思表示であることを私は知っている。
なんだかそれが嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまいそうになるのを必死で抑える。
桜の木の下にあるベンチに2人で並んで座ると、ひんやりと冷たい感覚が脚に伝わってくる。でもそんなことをどうでもいいと思うほど、私はこの時間が好きなのだ。
「今日は星が綺麗だね、お月様見えないからかな」
「だな。…ちょっとさみいけど」
「さすがにね。…帰りたくないなぁ」
私の言葉をまるっと飲み込んでしまうように、息が白くなって消えていく。明日もこのぐらい寒くなるのかな…
ぼーっと星を見ていたら、コートのポケットに入れていた手が温もりに包まれた。
思わず自分の手元を見ると、彼の手が私の手を覆っているのが目に入った。
「んぇ、どうしたの」
「…何となく…」
そういう彼の耳は、街灯に照らされていてよく見えた。
赤くなっているのも、見えてしまった。
そっぽを向いていた彼の表情は分からない。
でもそんな彼を見て、私も照れずにはいられなかった。
じわじわと顔が赤くなっていくのを感じでどうしようか、と私も逆方向にそっぽを向くと、彼の手が離れていく。そして、とんとん、と肩を叩かれた。
今日はいろいろ急だなぁとか、疑問符で頭がいっぱいになっている私は、彼にまた「どうしたの」としか尋ねられなかった。
照れているのが彼にバレないように顔を向けると、手とは違う柔らかい温かさが唇に伝わってきた。
彼が色っぽい音を鳴らして離れるのとは反対に、私は再びせがんでしまいそうになる。
「…好き」
今日の彼の行動が私にとって?でいっぱいになった結果、最後の決定打によってこの2文字でまとめるざるを得なかった。
ならばこの関係が、この時間が、ずっと続いて欲しいと星に願うように私も彼に愛を伝えさせて─────。
20250210 【星に願いを】
学生の話
若干ケガの表現あります
──────
「〜っ!…いったぁ…」
掃除が終わってから、後は帰るだけとなっていた私。
廊下に水の拭き残りがあったのか、盛大にすっ転んでしまった。
膝を見ると、赤くなっていてすぐアザになりそうな見た目をしていて少し萎える。制服スカートだしこういうの結構目立つんだよね…
しかも擦り傷?というか、摩擦で肌がこう、ずりっとなってるあれが出来ていた。道理でヒリヒリするもんだ。というか、血も若干滲んできてるじゃんこれ。
消毒してもらう為に、とりあえず保健室に向かった。
──────
「失礼しまーす…」
「こんにちは、どうしたの?」
扉の先にいたのは保健室の先生…ではなく、一人の男の子。靴の色が同じだから、多分同級生だろう。
状況を説明しようとすると、「とりあえずここ座って」と椅子の方に促される。大人しく座ると、彼も向かいに座ってきた。
「とりあえず学年、名前、怪我したとことかこれに書いてね」
すっと差し出してきたのは保健室の利用者記録。久しぶりに書くなこれ。とりあえず項目をつらつらと空欄を埋めるように書き進める。
「あ、転んだのか」
「お恥ずかしいことに…」
「あるよね、俺もこの間帰りに転んじゃったよ」
あはは〜…と恥ずかしそうに笑う彼。
患部を見せるとあらら、と言いながら救急箱を持ってくるために棚の方に向かっていった。
怪我をして心も弱っているのだろうか。そんな彼の背中を眺めていると、なんだか心強く感じた。
──────
「はい、これで大丈夫」
「ありがとう…」
なんでここにいるの、と聞いたら先生待ってて…と言っていたので、いつもいるような感じではないらしい。
というか、テキパキと手馴れた様子で処置をしている彼は正直かっこよかった。彼いわく、部活で怪我をする人がいるといつも進んでやっているからだそう。それにしても手馴れすぎだよありゃ。プロフェッショナルでしょ。
「…どうしたの?」
彼の動作に感動して彼をぼーっと見ていたら、膝まづいていた彼が顔を覗き込んできた。顔が、近い。心臓がどくどくと動き出しているのは、驚いたせいなのか。
「いや、なんでもない、けど」
「うん、なら良かった」
するとすっくと立ち上がった彼が私に手を差し出してきた。
「そろそろ帰らないとだから、出口まで送るよ」
「いや、でもすぐドアあるし」
「いいからいいから」
少し躊躇いつつそっと彼の手に私の手を乗っけると、ぎゅっと握られて立ち上がらされた。そして扉の前へ──これらの動き一つ一つがまるで王子様のように見えて、初めてこんなことをされた私は少し恥ずかしくなった。更に加速する心臓の音が聞こえない事を祈るように、私も手を握り返す。
「それじゃあ、気をつけてね」
「うん、ありがとう」
手を振ってきた彼に、私も振り返す。
保健室に戻っていく彼の背中を見ながら、ふと芽生えた私の気持ちについて考えずにはいられなかった。
20250209 【君の背中】
社会人の話
──────
関東住みだった私たちだったけど、年度末が近くなった今、人事異動が発表された。
私の勤務する会社自体、全国的に展開されている企業であることもあってどこに飛ばされるか本当に分からない。ここの辺りで、とは上の方に言っているが。
「──以上です」
私は、隣県への異動となった。
関西に行く、という程では無いが、発表された時とてつもなく寂しいという感情が波となって押し寄せてきた。
家族とだいぶ離れることになるのもあるが、一番は…
──────
「えぇ、ほんと?それ」
「うん…」
大学生の時に付き合い始めた彼氏。そろそろ4年になるといったところか。
実際出会ったのはバイト先だったが、今は彼は大学院生、私は短大を卒業して社会人になっている。
2人の中では、「そろそろ同棲するのはどうか」という話が出そう…という雰囲気だった(と思う)。
ここまで言えばわかると思うが、私が寂しいと思った核心はここにあった。
「だからね、直接会える機会がめっきり減っちゃうかもしれないなって」
「こうやって電話するのも大変だしね」
「断っても無理そうだったしなぁ…」
今回の人事異動は結構大きなプロジェクトのチームで動いているため、私だけここにいるというのも気が引ける。しかも、まだ就職して3年程しか経っていない私だ。
「離れちゃうの、寂しい」
「そうだよね…しかも一人にさせるのも心配」
「お母さんみたいなこと言うじゃん」
「心配なのは心配なんだよ」
「まぁ仕方ないよねぇ」
異動先には会社の人以外知り合いは居ない。私からすると「未知の世界」なのだ。大学も県内だったし、心配する気持ちは拭えない。
やはり、行く以外の選択肢はないのだろうか。
すると、彼が電話先で「あっ」と頭の上に電球がぴこんと出るように言った。
「あのさ、その異動って来年度からだよね?」
「まぁ、そうだけど」
「…俺も着いてっちゃだめ?」
「…はぁ?」
いやどういうことだ。
大学に通うのを辞めると言っているのとそう変わらないだろう。頭の理解が追いつかず、ショートしそうになる。
「え、どういうこと?」
「俺、今24でしょ?大学院2年目ね、浪人してないから」
「そうだね」
「修士課程、って知ってるでしょ」
確か、院生を2年間過ごす過程だったはず。
そうなると…
「…今年で卒業、ってこと?」
「そゆこと」
なるほど、と言いかけたところで1つ引っかかることがあった。
彼の就職先であるはどうするのだろうか?
就活はしていた所を見たことがない気がする。ずっとバイトしていたとしか言えない。
どうするのか聞くと、あっけらかんとした声で話してきた。
「そっちにさ、俺の知り合い?って言うか、兄ちゃんの友達の会社があんのね」
「そうなんだ、凄いね」
「凄いよね〜。でさ、そこワンチャン俺の事雇ってくれるんじゃないかと思って」
「そう簡単にいく?」
「って思うじゃん?確か俺の専攻科目さ、そこの会社で結構使えると思うんだよね」
「はぁ…」
如何せん、無理やりすぎではないか。
でも彼なりに一緒にいる提案をしてくれたのは、素直に嬉しかった。
「まぁ連絡してみないとわかんないけどね。今度聞いてみる」
「分かった、雇ってもらえるといいね」
「──ってことで!」
うぉ、いきなり声でかくしないでくれ。思わず可愛くない声でそのまま「っうぇ」と言ってしまった。
「何」
「何?じゃないでしょぉ」
俺たち、晴れて同棲、ってことでしょ?
彼の言葉が、きらきらと輝いて聞こえた。
そっか、同棲か。一緒に、住むんだ。住めるんだ。
「これでこうやって電話しなくてもずっと話せるようになるね」
「でもまだ決まったことじゃないでしょ」
「俺の方でだめでも、絶対やるから」
「さすがにそれは心配だから先送りにするよ」
一度遠くになりかけた私たちの距離が、ぐっと近づいたように感じた。
家族や友達と離れてしまうことは悲しいけど、ここから遠く離れた地で新たな生活を彼と送れることが、私にとっての最大の救いがすぐ近くにいてくれることが、何よりも嬉しかった。
「…ありがとう、一緒にいるって言ってくれるの凄い嬉しい」
「ううん、俺も嬉しいことだし、こちらこそよろしくねって感じ!俺もありがとー!」
声から分かる、にへらと笑う彼の顔。
数ヵ月後には直接見れるような距離感であることを願うばかりだった。
20250208 【遠く…】
年齢設定なし
──────
「麦山ちゃんて朝ごはんどっち派なの?パン?ご飯?」
「んーどっちかって言うと、ご飯かな」
「苗字麦ってついてるのにご飯なんだ」
「偶然だよそれは」
クラスメイトに言われた一言。それ言ったら米山さんとかはみんなご飯派になっちゃうのでは…
そういえばこういう話があるから気まずくなるのが嫌であまりみんなに言ってなかったな。
私、小麦アレルギーだからパン食べないんだよね。
20250207 【誰も知らない秘密】