【127,お題:光と闇の狭間で】
血のように真っ赤な満月の夜、静けさに包まれた闇夜の空とは反対に
――地上は人々の悲鳴で溢れていた
凄まじい絶叫、悲鳴、血肉の飛び散る湿った音
吐き気を催すほどの、濃い赤錆の生臭い臭い
あっちへこっちへと、泣き叫びながら逃げ惑う人間達を追うのは大型の黒い獣だった
銀色の毛皮が血に塗れて、赤く染まる
「人狼だ!」と、誰かが叫んだ
「忌まわしい化け物だ!」と、誰かが怒鳴った
しかし次の瞬間には、皆物言わぬ肉塊へと変わり果て、徐々にその村に静寂が戻る
――そうして、赤い月の夜に村が一つ消えた。
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街の喧騒の中を少年は走っていた
何かに追われているわけでも、急いでいるわけでもないが
そうしていなければ、頭がどうにかなってしまいそうだった
ドシャッ
「ッ......!」
石畳の街路に足を取られて転ぶ、身体を強か打ち
周りを歩く人間が数人、何事かと振り返る
「君、大丈夫かい...?どこか怪我してたり...う、うわっ!?」
心配して側に寄った男性は、少年の顔を見た瞬間に目を見開いて後ずさった
少年の顔にはベッタリと血がこびりついていた
「ばっ、化け物だ...ッ...!」
男性が叫び一目散に駆け出していく、そのただならぬ雰囲気にその他の人間もざわめき出す
少年は急いでその場から逃げ出した
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少年は人気の無い路地裏で、膝を抱えしゃがみこんでいた
「...ッ...」
彼は、人狼だった
いや正確には、”なってしまった”と言った方が正しいだろう
もといた村を一夜にして破壊してしまうほどの力を持ち、本人はその制御のしかたを知らない
「なんで、俺だけ」
赤い月の夜、血溜まりに映った自分の顔、その顔は人間のものとは思えないほど獰猛に嗤っていた
「俺だけ...ッ、皆を殺しておいて...喰っておいて...!...なんで逃げてんだよ俺はッ...!」
爪を立てた膝に血が滲む、彼はもう人間ではない
だが、心優しき彼は人を殺してでも生きながらえたい、なんて思考は持ち合わせていなかった
人間にも人外にもなれない、光と闇の狭間で苦しむ哀れな命
「...ッ...!」
ガリガリと自分の肌に爪を立て、皮膚を喰い破ろうと牙を突き刺す
すっかり周りを血塗れにした後、少年は脱力して力無く倒れた
大量の傷による失血死、それが彼の選んだ道だった
「...ごめんなさい...ごめんなさい...ごめんなさい......ごめん...なさ...い...」
意識を失う最後までその言葉を呟き続け、少年は動かなくなった
.
.
.
.
「ん?...ねぇあれ見てよ、子供が力尽きてんだけど」
「え?...うわ本当だ、血塗れだし...一体何があったんだろうねぇ?」
「あいつどーする?ガキだけど...多分人間じゃないな、変な感じ」
「ふふ...君は私が、困った人を放っておくような薄情な人間だと思っているのかい?」
「うわ助ける気かよ、面倒事に首突っ込むの好きだねぇ」
「君だって、わくわくしている癖に何を言っているのかな?」
「あっバレた?」
二人の人影は、少年を拐って愉快そうに姿を消した。
【126,お題:距離】
早朝のカフェ、おうちご飯も良いけどたまには外食したいじゃん!
という彼からの提案で、近場のカフェで眠気を覚ます、初冬の朝の日
隣に居るのに、貴方の視線はいつも遠くの誰かを見つめている
ここには居ない誰か、私以外の誰か
付き合ってしばらくした後、彼からぽそっと話してくれた
きっと、前の彼女さんを見ているんだろうなぁ
彼がとても良い人なのは知っているし、私もそこが好きで「付き合って」なんて言ったんだ
でも、付き合ってもずっとどこか上の空で、「どうしたの」って聞いたら、おもむろに話してくれた
前の彼女さんは、病気で亡くなってしまったこと
突然の発作で「貴方は、絶対に幸せになるのよ」って言い残して、彼の腕のなかで冷たくなったこと
話を聞かされた後、彼は困ったように笑って柔く涙をこぼした
私は、少しは同情してたんだと思う
だって最愛の人を失うなんて、悲しいし辛い
でもね、それと同じくらい嫉妬もしてた
もう居ないなんて、ずるい
そんなの、勝ち目ないじゃない
彼の心と前の彼女さんの心は、きっと私よりも強い絆で繋がってたんだね
彼は彼女さんの話をするとき、いっつも楽しそうで悲しそうな顔をする
それだけ心の距離が近かったんだ、私以上に
もう死んじゃっているなら、どうしたって勝てやしない
彼の心を拐うだけ拐って、もうこの世に居ないなんて
正直者で優しい彼が、ずっと一途に思い続けている人なんだ
悪い人なんかじゃないのは、彼が話す表情で伝わってくる
私じゃ勝てないくらい、良い人だってことも
どんなに私が見つめても、貴方の心の距離は前の彼女さんの方が近い
そんなこと分かりきっている、でも
頼んだホットココアを口に運ぶ、思ったより熱くて火傷したのか、舌先がジリジリと痛んだ
どろどろとした感情もまとめて、喉の奥に流し込む
「私だって、諦めたくないの」
ぽそりと発した言葉は、温かなため息と共に空に溶けた
【125,お題:泣かないで】
地に足が着かない妙な感覚にも慣れてきた
いつもより数m高い視線に、ぐるりと首を回らせ、重心を器用に移動させて、イルカのように一回転
ふわふわと頼りなく宙に浮かぶ自分の身体、なんでこうなっちゃったんだろうと、後悔ともつかない曖昧な感情を飲み込む
「死んだら、楽になれる」そう思ってた過去の自分を呪ってやりたい
この世界が嫌で、拒絶して、馴染めなくて、みんなの言う”普通”が僕には合わなかったみたいだ
『なにやってんだろ』
口にした言葉も音にはならず、薄暗い無音の部屋の静寂に吸い込まれるように消えていく
...ガラガラッ
『!...』
静寂を壊す音に、ビクリと肩を揺らした
灰色い部屋に入って来たのは、真っ黒い服を着た青年だった
仏壇の前に静かにしゃがみこむと、一礼してからマッチで蝋燭に火をつけ
線香に火を移すと、残り火を軽くあおいで消してから、ゆっくりとした動作で香炉に立てた
ぼんやりと焦点が定まらない瞳でその煙を眺めた後、おもむろに両手を合わせて目を閉じる
『―――』
全く重力のかからなくなった身体、それでも行きたい方向には自由に動ける違和感を感じながら
ふわふわと宙を漂って、青年の後ろに浮かんでその姿を見ていた
「――なぁ、俺はさ」
『!?』
急に響いたその声に驚き固まる、しかしすぐにその声が自分へ向けられたものだと気付いた
ここに浮いている幽霊と化した自分ではなく、仏壇の中の――写真の自分へと
「俺は...ッ何をすれば良かった...?なんて、言ってやれば良かった?...俺はッ」
ふるえた声で、神に祈りを乞うような弱々しい口調
その言葉、声からは、後悔とも悲しみとも怒りともつかない、どろどろに溶け合った複雑な感情が見て取れた
写真の自分は、死んでいる自分よりも死んだような瞳でその青年を見ていた
もっといいは写真なかったのか、いや、あの頃の自分は写真なんて嫌ったか
「ごめんなぁ...ごめん、無力でごめん、なんにも出来なかったな俺」
青年は自虐的に嗤うと、その目からポロポロと雫が溢れた
声にならない嗚咽を上げ、ごめんと何度も謝る後ろ姿を、ただなにも出来ず眺める
「はは...なんで泣いてんだ俺...なにも出来なかったくせに、泣く資格なんてねぇよなぁ...ッ」
流れた涙を拭うこともせずに、頬を伝った雫がポタポタと落ちる
なにも言えない、いや言ったところで届かないだろうが、なにも言葉が出てこなかった
自分が死んで、こんなふうに泣き、悲しんでくれる人がいることも知らなかった
こんなに自分は愛されていたのか、漠然と感じた感情に名前を付けるとしたら、これは後悔だろうか?
何を今さら、そもそも自分で選んだ道だろう
...だが、目の前で泣き崩れる青年の姿に、どうしても今は無い心臓がざわめく
何か言ってやりたくて、君が苦しむことないと、気にしなくていいと
しかしなにも浮かばず、下書きを何度も書いては消すように、言いかけてやめるのを繰り返す
ようやく紡ぎ出された一言は
『「泣かないで」』
僕のために悲しまないで、僕の事なんて気にしないで、君は幸せになって
勝手に強がって勝手に死んだ僕なんかに、君の優しさを使わないで
人のために泣ける君の涙は、もっと...別の誰かに使ってあげて
【124,お題:冬のはじまり】
朝起きた時に、布団から全く出れなかったこと
すぐに手が凍えて、動かしにくくなること
やけに温かい飲み物や、食べ物が食べたくなること
夜、星を見に行った時
フッと長く息を吐いて、それが白く広がるのを見たこと
あぁ、そっか
「もう冬かぁ...」
【123,お題:終わらせないで】
あなたが私を愛してないことなんて、ずっと前からわかってた
私を通して別の誰かを見ているような、いつも合わない視線
それでも
「愛してる」って言う平坦な声も、私を見ていない暗い瞳も、全部私は愛してた
あなたにとって、私は誰かの代わりでしかなくて
それ以上にはなれないことも、ずっと前から気付いていたの
でもそれでもいい
都合のいい存在でいいから、隣にいさせて
まだ、この関係を終わらせないで