無音

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【126,お題:距離】

早朝のカフェ、おうちご飯も良いけどたまには外食したいじゃん!
という彼からの提案で、近場のカフェで眠気を覚ます、初冬の朝の日

隣に居るのに、貴方の視線はいつも遠くの誰かを見つめている
ここには居ない誰か、私以外の誰か
付き合ってしばらくした後、彼からぽそっと話してくれた

きっと、前の彼女さんを見ているんだろうなぁ

彼がとても良い人なのは知っているし、私もそこが好きで「付き合って」なんて言ったんだ
でも、付き合ってもずっとどこか上の空で、「どうしたの」って聞いたら、おもむろに話してくれた

前の彼女さんは、病気で亡くなってしまったこと

突然の発作で「貴方は、絶対に幸せになるのよ」って言い残して、彼の腕のなかで冷たくなったこと

話を聞かされた後、彼は困ったように笑って柔く涙をこぼした

私は、少しは同情してたんだと思う
だって最愛の人を失うなんて、悲しいし辛い
でもね、それと同じくらい嫉妬もしてた

もう居ないなんて、ずるい

そんなの、勝ち目ないじゃない

彼の心と前の彼女さんの心は、きっと私よりも強い絆で繋がってたんだね

彼は彼女さんの話をするとき、いっつも楽しそうで悲しそうな顔をする
それだけ心の距離が近かったんだ、私以上に

もう死んじゃっているなら、どうしたって勝てやしない

彼の心を拐うだけ拐って、もうこの世に居ないなんて

正直者で優しい彼が、ずっと一途に思い続けている人なんだ
悪い人なんかじゃないのは、彼が話す表情で伝わってくる

私じゃ勝てないくらい、良い人だってことも

どんなに私が見つめても、貴方の心の距離は前の彼女さんの方が近い
そんなこと分かりきっている、でも

頼んだホットココアを口に運ぶ、思ったより熱くて火傷したのか、舌先がジリジリと痛んだ
どろどろとした感情もまとめて、喉の奥に流し込む

「私だって、諦めたくないの」

ぽそりと発した言葉は、温かなため息と共に空に溶けた

12/1/2023, 2:11:14 PM