無音

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10/24/2023, 11:40:02 AM

【88,お題:行かないで】

俺には父親が居ない、母さんが言うには事故で亡くなったらしい

だから俺はずっと母さんと二人暮らしだ、ずっと...
幼い頃の記憶は全く無い、この場所で、俺と母さんの家で
決して裕福ではないが、毎日楽しく過ごしていた

俺にとって母さんは誰よりも頼れる人だった

女手一つで俺を育ててくれた、嬉しいことも悲しかったことも一番最初に話したのは母さんだった
嬉しそうに今日あった出来事を語る俺に、母さんは笑って「じゃあ今日は、歩の好きなカレーにしよっか」と言ってくれた
この先何があっても母さんは俺の味方であってくれる、そう思っていた

...あの日までは


「ん...今何時だ...」

いつもよりも早く目覚めた朝、枕元の時計を見ると朝の4時
起きるのにはちょっと早いが、朝ごはんの準備でも手伝おうと思い、のろのろと上体を起こす

異変があったのは、その直後だった

ピーンポーン......ドンドンドンッッ

まだ朝の4時だ、にもかかわらずドアの向こうが騒がしい
何度もインターホンの音が鳴った、また酔っぱらいが部屋を間違えたんだろうか?

「警察です!ドアを開けなさいっ!」

警察、その言葉に寝起き直後の甘い熱が一気に覚めるのを感じた
ドアを殴り付けるように叩く、警官の口調は厳しい
止めてください!母がそう叫ぶのが聞こえた

...ガチャン!

ドアノブの回る音、警官が入ってきたんだ

「!ッ母さんっっ!」

警官が発している威圧的な大声は怖かった、でもそれ以上に母が何かされるという恐怖の方が強く
その恐怖に突き動かされるように、叫びながら扉を開けた......しかし、俺は警官に飛びかかることはせず
目を見開いて彫像のように動きを止めた、目の前の光景が信じれなかった、否、信じることを脳が拒否していた

「...は......?な、んで...?」

そこでは、警官に手錠を掛けられた母が、連れていかれようとしていた

「まって...なんで母さんが!母さんはなにもしてない!」

「落ち着いて、少年!」

「なんで!何でだよ!やめろっ!どうして、母さんっっ!!」

母さんが連れていかれる、最愛の母が、唯一の血縁が
殆ど悲鳴に近い絶叫を上げ、母を連れていこうとした警官に掴みかかった、引きちぎらんばかりに力を込めて母から引きはなそうと必死になる

だが、子供の力では鍛えられた警官にはかなわない
俺は為す術なく引き剥がされた、母は

「ごめんね、歩」

泣きながらそう言って、そのまま連れていかれた

「母さん!母さんっ!嫌だ!行かないで」

警官に羽交い締めにされながらも必死で叫び手を伸ばす
「落ち着いて、大丈夫だから」そんな声も全く耳に入らない
千切れそうなほど伸ばした腕は虚しく空を掻くばかりで、母には届かなかった

そして扉が閉まり、母は見えなくなった


その後聞いた話だが、俺が母親だと思っていた人物は
実際には血縁関係の無い他人で、幼い頃スーパーで1人になった俺を誘拐し
自らを母親だと偽って、ここまで育てたらしい

動機は、自身の子供が事故で亡くなり、俺がその子供にそっくりだったことから衝動的に...ということらしい

俺の本当の親は、父母ともに仲も良く。俺が誘拐された時から12年間ずっと諦めず、俺のことを探していてくれたそうだ


「翔太!あぁ良かった...ごめんねぇ、あの時私が目を離したからッ」

”翔太”が自分の本当の名前であること、目の前で泣き崩れているのが自分の本当の母親であること
それらを理解するのに数秒かかった

「大丈夫だったか翔太?変なことされてないか?」

目に涙を浮かべて、良かった良かったと笑う俺の父親
その顔はどこか俺に似ていて、眼鏡をかけた優しそうなタレ目が俺のことを見つめていた

「良かった...翔太が無事で...ッ」

「帰ってきてくれて嬉しいよ...お帰り、翔太」

知らない名前で俺を呼ぶ、知らない顔の両親
普通の子供なら両親に飛び付き、泣きながら今までのことを語るんだろう

でも、今までの俺にとっての母親は間違いなくあの人で
あの人から貰った、愛情も思い出も間違いなく本物で

「翔太?...大丈夫?」

違うよ...俺は、俺の名前は...

「きっと疲れてるんだろう、今日は早く休もう、何か食べたいものはあるか?翔太」

「そうね、何でもいいのよ翔太、遠慮しないで」

「カツ丼とかどうだ翔太!」

「それは貴方が食べたいだけでしょ!」

俺の好きなもの...


『おれ、母さんのカレー大好き!おいしい!』

『嬉しいこと言ってくれるじゃない!母さん、カレー得意料理にしようかな~』


.........

「寿司もいいよなぁ...あ、でもこの時間だと混むか」

「......がいい...」

ぼそりと発音した俺の声に二人が反応した
なになに?何がいいの?と、嬉しそうに聞いてくる

「......カレー...がいい」

「カレーね!じゃあ材料買って一緒に作ろうか」

「......うん......」


本当の親との再開を喜べないのは親不孝ですか?

犯罪者だった、偽りの母親にまた会いたいと思ってしまうのはいけないことですか?

俺は...


「味はどう?翔太」

「...うん、おいしいよ」

久しぶりに食べた誰かの手作りカレー、俺の大好きな母さんのカレー

「...ッ...」

それは酷く、涙の味がした。


10/23/2023, 10:16:50 AM

【87,お題:どこまでも続く青い空】

「お前が居るこの場所が、俺の故郷だから」

旅立ちのその日、お前は太陽みたいな笑顔で笑って言った

「俺は帰ってくるよ、絶対に」

「ああ、分かってる、お前が嘘は言わないってことぐらい」

カラッと澄み渡った美しい空、どこまでも無限に広がる青い空
旅立ちにはぴったりな天気だ

「ほら、早く出た方がいいんじゃないか?ここら辺は天気が変わりやすい」

「そうするよ、じゃあ行ってくる」

「気を付けてな」

「きっと帰ってくるからな」

大きく手を振りながら笑うその顔が、どんどん遠ざかっていく
幼い頃からずっと支えあって生きてきた、俺の半身のような存在
親友であり、家族であり、大切な仲間だ

そんなお前が決めたことなんだ、俺は応援するよ

「寂しくなるなぁ...」

誰にも聞こえないように呟く
ずっと一緒に生活してきたから、1人になるなんて久しぶりだ

でも、

「お前は嘘は言わないもんな」

このどこまでも続く青い空のどこかで、お前が元気に過ごせているなら
俺はそれで構わない

「絶対帰ってこいよ」

親友が遠ざかっていった、地平線の彼方を眺めて
青年は誇らしげに微笑んだ

10/22/2023, 2:14:00 PM

【86,お題:衣替え】

衣替え...皆さんもうされましたか?

私は、実はまだなんですねぇ...(笑)

最近ずぅっと風邪が冷たいですし、そろそろ暖かい服出そうかと

思うには思うんですよ、はい”思うには”ね


如何せん私、滅茶苦茶めんどくさがりでして(笑)

「あー今日寒いなー、暖かい服出そうかなーでもめんどいし明日かなー」

↑このような思考を続けて早1ヶ月ほど、時が経つのは早いですね


10/21/2023, 10:20:09 AM

【85,お題:声が枯れるまで】

声が枯れるまで、宝物を失くした子供のように貴方の名前を呼び続けた

「晴斗ーっ!どこいるの?ねぇ!晴斗!」

月明かりだけを頼りに、汚れるのも構わず草むらに突っ込む
ガサガサと、背の高い雑草を掻き分けながら必死で叫ぶ

手が切れる感覚、葉の鋭い草や棘に触れてしまったんだろう
だが今は、凍えるような寒さより 傷だらけの手の痛みより

貴方がいない事が何よりも恐ろしかった


「晴斗ーっっっ!!お願い、返事して!」

冷気を吸い込んで喉が千切れそうなほどに痛む、声が枯れ、ガラガラの掠れ声でもまだ叫ぶ

「晴斗ー!はるッ...ゲホッ!...ッ...!」

流石に無理をしすぎたか、足から力が抜ける
ドチャリと音を立てて、草むらに泥に倒れ込んだ

「晴斗...!どこに、いるの...?」

まだ倒れられない、あの子を連れて帰るんだ


大きな楓の木の下、泥塗れのボロボロの姿で貴方はいた
小さな身体を更に小さく丸めて、夜風に震えながら弱々しく息をしていた

「晴斗っ!」

ごめんね 寒かったね 怪我してない? お腹空いたよね 遅くなってごめんね

溢れてくる言葉に蓋をして、ひたすら強く抱き締める
何時間外に居たのだろう、氷のように冷たい身体が小刻みに震えていた

「かぁ...さん...?」

「晴斗!」

怖かったよね、ダメな母さんでごめんね
もう絶対こんな思いはさせないから

「お家...帰ろうか」

「...ぅん!お腹空いた」

小さな小さなその手を、もう離すことのないように

10/20/2023, 2:12:45 PM

【84,お題:始まりはいつも】

コップに入った水が飲み干されてしまうように

美しく咲き誇った花が朽ちて地に落ちるように

連載を始めた漫画が最終話を迎えるように

始まりはいつも、終わりへの出発点



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