【42,お題:胸の鼓動】
耳が聞こえない...物凄い耳鳴りだ、頭もクラクラするし...
薄暗く、あちこちにゴミが散乱した部屋の中
元のフローリングが見えないくらいに、敷き詰められたビール缶やカップラーメンの残りカス
さっき更に新しく散らかしちゃったけど、まあもういいか
掃除してくれる人には、ちょっと申し訳ないなぁ...この汚れは多分落とすのに苦労するだろうし
悪臭が酷い部屋の中心で、俺は座り込んでいた。まあ正確には俺1人じゃないケド
「ぁ”ー...ねぇ、ダイジョーブ?」
腕の中、俺にしがみついて震えている5歳ほどの少年
さっきここに来て、ゴミを片付けてから数十分、ずっとこんな感じ
仕方ないから背中をさすってなだめてるけど、一向に収まる気配なし
ガチガチと歯の根が合ってないし、顔が真っ青で血の気が引いている
ピタリとくっついた所から、ドクドクと心臓が躍動している音が聞こえてきた
こんなにビビらせるつもりなかったんだけどなァ...まあ、でも...
「よかったァ、生きてて...遅くなってごめんねェ」
鉄臭い臭いの漂う、暗い部屋の真ん中で
俺は、そのアザだらけで華奢な身体を優しく撫でた。
【41,お題:踊るように】
小さい頃に一度だけ人魚を見たことがある。
家族で海に来て、1人泳いでいた時だった
クルルル、キュイ!ピィィィ
イルカみたいな高い鳴き声に
なんだろうと思い、大きな岩の外側を覗き込んだ時
パシャン!ザパン!
「!......す、ごい...」
ピーコックグリーンのきらびやかな身体をもった、私と同い年くらいの見た目をした人魚の子供
何度も水面から飛び上がり、空中で身を踊らせるその姿は
生きていることを全力で楽しんでいるように見えた
ふと、その人魚と目があった。
ピィィィ?キュゥ
好奇心で満ち溢れた、2つの瞳が私を見据える
キョトンと首を傾げると、君も遊ぼうよ、と言うように手を差し出してきた
「私も、いいの?」
おもむろに手を取ると、グンと引っ張られ水中に身体が沈む
驚いて目を見開くと、見渡す限り広がる澄んだ青の景色と
いたずらっぽく笑う人魚の男の子が居た
にっと、こちらに向けてピースをすると
男の子は踊るように身を捻り、水中で何度も宙返りをしてみせた
すごいなぁ、と感心しながら見ていると
男の子は一度海底に届くほどに、深く深く潜っていき
すぐに身を翻して、勢いのままに海中から飛び出した
ザッバァァァッ!
軽く3mほど飛んだだろうか?
落下した勢いを泳いでいなし、海面から顔を出して得意気にこっちを見る姿に
私は思わず拍手を送った。と、
「結海~?帰るよ~どこにいるの?」
「あ、お母さんだ。私もう行くね」
じゃあね、と手を振る
彼はキュイ!と鳴き返し、真似して手を振ってくれた
少し歩いて、振り返ったときにはもう彼の姿はなかった。
私しか知らない、幼き頃の大切な一夏の思い出
【40,お題:時を告げる】
朝焼け前の薄暗い空気の中、小柄な少年が塔を登っていた
まだ肌寒い季節、茶色のローブを羽織って一歩一歩と踏みしめながら
石の階段を上がっていく
塔の上に付く頃には、辺りは明るくなり
東の空から太陽が覗き始めていた
ちょうどいい時間だな
少年は、太いロープを小さな両手で握り締め、思い切り打ち鳴らした
ゴーン...ゴーン...ゴーン...ゴーン...
その音は、夜明けの森に 街に 海に 空に 高らかに鳴り響いた
その音で人々は目を覚まし、動物達は歌を歌う 風は踊り 海は波音を響かせた
澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸をする
ザァァッと風が頬を撫でていった
鐘を打ち鳴らして、時を告げる少年は
次の鐘の時間まで、塔の奥に消えていった。
【39,お題:貝殻】
「あっ!凪沙、夜の海だよ!見て見て!凪沙!」
「そんなに叫ばなくても聞こえてる!見つかっちゃうから静かに!」
日が沈んだ砂浜を、パタパタと駆けぬける
暗くなったら、1人で海に行っちゃいけないって決まりがあるけど、2人だし関係ない
屁理屈を頭の中で唱えながら、優海の後を追って砂浜を走った
わざわざ大人の目を盗んで夜に来たのは訳がある
「もー、どこに落としたの?!」
「えぇと、あっち?いや、向こうかも...?」
優海が家の鍵を失くしたのだ、昼にも探したが見つからなく
反射板のキーホルダーが付いているらしいので、夜に月明かりを頼りに探そう、ということだった
大人に頼ればいいって思うかもしれない。でも、......大人は信用できないから
「あーっ!あった、凪沙!あったよ!」
「あったの?よかったじゃん!」
鍵を握った片手をブンブン振り回しながらこっちに走ってくる、子供か
「じゃあ帰ろっか...て、何それ?貝殻?」
優海のもう片方の手には、大事そうに桃色の貝殻が握られていた
「これね、桜貝って言うんだよ!」
そう言うと、優海はその二枚貝を私に差し出した。
「桜貝は幸せを呼ぶ貝なんだ、俺。凪沙に世界で一番幸せになってほしい」
私はそれを受け取り、2つに割った。えっ、と言う声が聞こえたが気にしない
2つになった桜貝の片割れを、優海に押し付ける
「半分こね、私だけ幸せになるなんて嫌だし」
優海は、軽く目を見開き、それからフッと笑った
「やっっっったぁ!凪沙からのプレゼントだぁっ!」
「うるさい!静かに!」
手を繋いで家まで帰る
2人の手には大事そうに、桜貝が握られていた。
【38,お題:きらめき】
それは人類が地上から消え去った後
肉体を持つ人間ではなく、プログラムされた意思をもったAIが世界を廻している時代
「おい、A-0373聞いたか?」
「聞いたって、何を?」
「サイバーシティのB-9600のことだよ
アイツ“きらめき様”に逆らって、リセットされたって」
「えぇ、無謀なことをする奴がいるもんだねぇ...」
機械化が進みに進んだこの星は、恐ろしいほどに娯楽が少ない
綺麗な風景なんて、常に薄暗い街では見れたもんじゃないし
食べることも眠ることも必要ないこの体では、何かをしたいと言う欲求はほとんどない
それ故にここの住人達は一日中椅子に座っていたり、各自ボーッと時間を潰しているのだが
最近こういったニュースが流れてくることが増えてきた。
「何でも、人間が居た時代に世界を戻すんだとよ。馬鹿なこと考えるよなぁ若いもんは」
「RBLON-リベリオン- だっけ?反逆の意思を持ったヒューマノイド達の集まり」
「あぁ...確かそうだったなぁ、やめときゃいいのに。全員捕まってジェイル行きだぜ」
何故そこまでのリスクを冒そうとするのか、自分には到底理解できない
自分達は人間じゃないので、恐怖を感じることはないが
初期化-リセット- は誰だって嫌だろう。
「......A-0620、君は今の世界に満足している?」
「たりめーだろ、変なこと言ったら俺も消されちまう」
全てが機械化され、生身の体を持つ生き物なんて居なくなった世界
どこに言ってもガスの匂いが充満しているディストピア
昼でも暗い夜の街、光を知らず 光から目を背けながら
僕らは今日も作動している。