【6,お題:目が覚めるまでに】
よく夢の中で「あ、いま俺夢見てるな」って何となく自覚するような感覚が度々ある。
たった今も夢の中にいることを自覚したばかりだ。
「......いやなんの夢これ。」
広い原っぱのような場所にポツンと立っている。空は蒼く澄みわたっていて日差しはほんのりと暖かい
夢の中なのに横になったらすぐに眠れてしまいそうなほどに、居心地のいい場所だ。
近くに川が流れているのか、ほのかに聞こえてくる水流音が眠気を誘ってくる。
「.........まぁいっか、どーせ夢だそのうち覚めんだろ」
せっかくなら、目が覚めるまでに少し探検してみようとおもむろに足を動かす。
踏みしめた感覚は完全に草原の草そのもので「ホントに夢だよな?」と疑心暗鬼になりかけながら歩を進めた。
しばらく歩くと風景が変わった。
「どこだ、ここ...」
いつの間にか辺りは緑の草原から、カラフルな花畑へ変わり
同じようにカラフルな蝶々がたくさん飛んでいる。
「...」
何故だか、綺麗とは思えなかった。綺麗と言うより“嫌悪”というかすごく嫌な感じだ。
頭の奥になにかがへばりついてるような気持ち悪さがある。
不意に、一際目立つ真っ黒な蝶が腕にとまった。
「っ!やめろっ!」
バシッ!
思いきり手で振り払う、黒い蝶はふわふわとどこかへ飛んでいった。
「っっ!」
訳も分からずに走り出す、一刻も早くこの場所から離れなくては、そう感じた。
頭にあるのは“恐怖”とほんの少しの戸惑い、
何か“ある”
頭の奥底に黒い霧がかかっているようだ、何かがあるのにその何かが分からない
気持ち悪い。
「はっ...はっ...はっ...」
息が乱れる。
何だ?俺は何かを忘れている?何を?何故?
思い出せ、目が覚めるまでに
突然、目の前が大きく眩んだ。
目が開けられない、ああ覚めるんだと直感で理解した。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ピッ...ピッ...ピッ...ピッ...
独特な匂いが鼻をつく。
目を開けて最初に視界に入ったのは真っ白な天井
あ...そうだ俺......
白い病室の中、小さな嗚咽がこだました。
【5,お題:病室】
5歳の時に喘息の発作で初めて救急車に乗った。
酸素マスクをしないとろくに息ができない程酷かったから、入院はすぐに決まった。
母さんの付き添い入院は出来ないようだった。
3歳の弟は目が離せない時期だし、預けられるような親戚も居ないから
仕方がないと自分に言い聞かせたがやっぱり心細くて、
帰ってしまう母の背に「置いてかないで」と叫んですがった記憶がある。
でも、寂しさはすぐに吹き飛ぶことになった。
入院して3日目家よりも味が薄くて物足りない食事の後、私は外を眺めていた。
絵本もDVDも見る気にならなくて、親と手を繋いで帰る子どもを恨めしそうに眺めていた。
その時だった
ガササッ!
「!えっ...何?」
病室の窓から見える大きな木、たまに伸びすぎた枝が部屋の中に入ってきて部屋が葉っぱまみれになってる。
その木に白い服の小さな男の子が引っ掛かっていた。
パッと見、同い年くらいだろうか?干された布団みたいに伸びている男の子に、私は恐る恐る声をかけた。
「え...っと、大丈夫?」
「うぅ...、...っ!?」
目が回っているのか、ふよふよと視線が定まらない男の子
不意に目が合い、「あ、どうも」と小さく会釈したら急速に意識が覚醒したのか
驚いてバッと飛び上がった。
白い服に白い肌と髪、とにかく「白」という印象の男の子だった。そして特にその中でも目を引いたのは
背中から小さく覗く、これまた真っ白な“羽”だった。
「あなた、飛べるの?」
点滴に繋がれた左手を引っ張り、精一杯体を乗り出して好奇心のままに男の子に尋ねる。
男の子は少しの間、下書きを書いては消すように何度も口をパクパクさせていたが
やや間があってから「飛べるよ」と答えた。
「まぁ、あんまり上手くないけどね...」
「ふーん」
話すことはもうないとばかりに、そそくさと飛び立とうとする男の子に私は待って、と声をかける。
「明日も来て!この病室、他に誰も居ないの寂しくてどうにかなっちゃいそうなの!」
「...!......いいの?」
「っ!もちろん!」
それから完全に退院出来るまでの7年半、その男の子は毎日欠かさずに病室に来てくれた。
そしてどこから持ってくるのか、花やちょっとした遊び道具を運んできた。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
5歳の私が一人ぼっちの入院生活に耐えられたのは彼のおかげだと思っている。
彼が居なければ私の入院生活はもっと苦しいものだっただろう。
そして、後で聞いたことだけどあの病室は“特別”で、親が付き添えない子供たちの部屋なのだそうだ。
何でもその部屋には幽霊が居て、親から引き離された子供をたちの面倒を見てくれるとか
他にも彼に救われた子がいるのだろうか?
彼は小さな部屋の主治医だ。
【4,お題:明日、もし晴れたら】
明日もし晴れたら、久しぶりに散歩に行こう。
この前行けなかった美味しいと噂のパン屋まで行こう。
明日もし晴れたら、晴れた日の空を描こう。
部屋から眺めるんじゃなくて外に出て絵を描こう。
明日もし晴れたら、彼女を誘って出掛けよう。
彼女おすすめの場所に連れてって貰おう。
明日もし晴れたら、明日もし晴れなくても
灰色の雲と濡れたアスファルトの匂いを美しいと思える人になりたい。
【3,お題:だから、1人でいたい。】
いつからだろう、最初はこんなんじゃなかったんだけどな
昼なのにカーテンが閉まった部屋は肌寒く薄暗い
途中で気持ち悪くなって食べるのをやめたカップ麺が布団の横に置いてある
僕はいつの間にこんな醜くなったんだ。
人との関わりが怖くなった。職場の人間関係が上手く行かなくなった。
人を信じられなくなった。どんな言葉にも裏があるように感じるようになった。
人に頼るのが下手になった。弱さを晒すのがこんなに怖いなんて知らなかった。
朝が来るのが怖い、でも夜の闇が恐ろしくて眠れない。
毎日のように送られてくる「もう大人なんだから」のメッセージ
なにも言えなくて既読だけつけてまた布団にもぐる。
うるさい
分かってるよ
分かってるけど
子供の頃夢見た世界はなんだったのか、あんなに楽しげに映った社会はフィルターにぼかされた偶像だった。
歳を重ねる程にどす黒いリアルに飲み込まれて、子供の時の夢ももう言えない。
もう僕に構わないでくれ、精一杯生きてんだ。
触れられたら壊れてしまう、次に叩かれたら耐えられない
こんなウジ虫みたいに生きてる僕だけど、死ぬのはごめんだ。だから僕は1人になることを選んだんだ。
【2,お題:澄んだ瞳】
その瞳は、きっと私よりも多くのものを見ているのだろう。
彼の瞳は幼い頃に見た大きな湖を思い出させた。
パッと見は青色だが、よく見るとうっすらと入る緑色とほんの少しの黄色
光の当たり具合で絶妙に色を変えるその瞳は、まるでこの世のものではないかのような神秘的な輝きを放っている。
「やあ、久しぶりだね」
窓の淵に優雅にたたずむ彼に私はゆっくり声をかけた。
「最近は顔を見ないから心配していたんだよ」
私達の会話はいつも一方的だ
「外の様子はどうだい?ここからじゃ見えないんだ」
そう声をかけたとき、ようやく彼が振り返った。
細くてしなやかな体つき、全身を覆う真っ黒な毛皮は日の光を受けて七色に輝く
無駄な肉がついていない端正な顔立ち、そのなかでも一際目立つ澄んだ瞳。
彼は“にぅうう”と低く鳴いて、私のベットの上へ飛び乗った
頭を擦り寄せてくる友を撫でながら、私はふとその背に桃色小さなの花びらが乗っていることに気づく
「そうか、もうそんな季節なのか」
友が贈り物を受け取ったことを確認すると、黒い猫は音もなくベットから降り
開け放たれた窓から外へと飛び出した。
いつからか、病で寝床から動けない友の変わりに季節を贈るのが小さな黒い猫の使命となっていた
ある夏は黄色い太陽の花びらを、ある冬は頭に冷たい氷の粒をのせて
“明日は何を贈ろう”
黒い小さな友達は、桃色の花びらが舞う坂をゆうゆうと駆けおりた。