無音

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【5,お題:病室】

5歳の時に喘息の発作で初めて救急車に乗った。
酸素マスクをしないとろくに息ができない程酷かったから、入院はすぐに決まった。
母さんの付き添い入院は出来ないようだった。
3歳の弟は目が離せない時期だし、預けられるような親戚も居ないから
仕方がないと自分に言い聞かせたがやっぱり心細くて、
帰ってしまう母の背に「置いてかないで」と叫んですがった記憶がある。

でも、寂しさはすぐに吹き飛ぶことになった。

入院して3日目家よりも味が薄くて物足りない食事の後、私は外を眺めていた。
絵本もDVDも見る気にならなくて、親と手を繋いで帰る子どもを恨めしそうに眺めていた。

その時だった

ガササッ!

「!えっ...何?」

病室の窓から見える大きな木、たまに伸びすぎた枝が部屋の中に入ってきて部屋が葉っぱまみれになってる。
その木に白い服の小さな男の子が引っ掛かっていた。
パッと見、同い年くらいだろうか?干された布団みたいに伸びている男の子に、私は恐る恐る声をかけた。

「え...っと、大丈夫?」

「うぅ...、...っ!?」

目が回っているのか、ふよふよと視線が定まらない男の子
不意に目が合い、「あ、どうも」と小さく会釈したら急速に意識が覚醒したのか
驚いてバッと飛び上がった。

白い服に白い肌と髪、とにかく「白」という印象の男の子だった。そして特にその中でも目を引いたのは
背中から小さく覗く、これまた真っ白な“羽”だった。

「あなた、飛べるの?」

点滴に繋がれた左手を引っ張り、精一杯体を乗り出して好奇心のままに男の子に尋ねる。
男の子は少しの間、下書きを書いては消すように何度も口をパクパクさせていたが
やや間があってから「飛べるよ」と答えた。

「まぁ、あんまり上手くないけどね...」

「ふーん」

話すことはもうないとばかりに、そそくさと飛び立とうとする男の子に私は待って、と声をかける。

「明日も来て!この病室、他に誰も居ないの寂しくてどうにかなっちゃいそうなの!」

「...!......いいの?」

「っ!もちろん!」

それから完全に退院出来るまでの7年半、その男の子は毎日欠かさずに病室に来てくれた。
そしてどこから持ってくるのか、花やちょっとした遊び道具を運んできた。

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5歳の私が一人ぼっちの入院生活に耐えられたのは彼のおかげだと思っている。
彼が居なければ私の入院生活はもっと苦しいものだっただろう。

そして、後で聞いたことだけどあの病室は“特別”で、親が付き添えない子供たちの部屋なのだそうだ。
何でもその部屋には幽霊が居て、親から引き離された子供をたちの面倒を見てくれるとか

他にも彼に救われた子がいるのだろうか?

彼は小さな部屋の主治医だ。


8/2/2023, 2:54:47 PM