【2,お題:澄んだ瞳】
その瞳は、きっと私よりも多くのものを見ているのだろう。
彼の瞳は幼い頃に見た大きな湖を思い出させた。
パッと見は青色だが、よく見るとうっすらと入る緑色とほんの少しの黄色
光の当たり具合で絶妙に色を変えるその瞳は、まるでこの世のものではないかのような神秘的な輝きを放っている。
「やあ、久しぶりだね」
窓の淵に優雅にたたずむ彼に私はゆっくり声をかけた。
「最近は顔を見ないから心配していたんだよ」
私達の会話はいつも一方的だ
「外の様子はどうだい?ここからじゃ見えないんだ」
そう声をかけたとき、ようやく彼が振り返った。
細くてしなやかな体つき、全身を覆う真っ黒な毛皮は日の光を受けて七色に輝く
無駄な肉がついていない端正な顔立ち、そのなかでも一際目立つ澄んだ瞳。
彼は“にぅうう”と低く鳴いて、私のベットの上へ飛び乗った
頭を擦り寄せてくる友を撫でながら、私はふとその背に桃色小さなの花びらが乗っていることに気づく
「そうか、もうそんな季節なのか」
友が贈り物を受け取ったことを確認すると、黒い猫は音もなくベットから降り
開け放たれた窓から外へと飛び出した。
いつからか、病で寝床から動けない友の変わりに季節を贈るのが小さな黒い猫の使命となっていた
ある夏は黄色い太陽の花びらを、ある冬は頭に冷たい氷の粒をのせて
“明日は何を贈ろう”
黒い小さな友達は、桃色の花びらが舞う坂をゆうゆうと駆けおりた。
7/30/2023, 1:40:04 PM