【またね】
ひとつの扉が静かに閉じて
やわらかな風が背中を押す。
ただいまと言える場所を胸に
選んだ道を、あなたは歩き出す。
手渡された小さな花束は
言葉にならなかった「ありがとう」と
まだ言えなかった「またね」を抱いていた。
すれ違い、交差し、分かれても
またどこかで、必ず会えると信じている。
だから今はーー
手を振って、笑って
「またね」。
【泡になりたい】
しずくが弾ける朝の光の中で
わたしはただ、誰かの胸に
そっと触れる泡になりたい
深く沈むことも
流されることもせず
揺れる水面で 一瞬の煌めきだけを生きる
約束も
未来も
過去さえも溶かして
この想いだけを手紙にして
あなたの心に届けたら
すぐに、溶けてしまいたい
重さを捨てて、ただの愛になりたい
忘れられても構わない
それが、わたしの願いなの,
【ただいま、夏。】
ぎらりと照り返す午後のアスファルト
傷を抱えたまま それでも
僕は またこの季節に戻ってきた
ほどけない思い
動けない日々
それでも心は 熱を失わなかった
誰にも届かなくていい
誰かに笑われてもいい
ただ、走りたかった
この夏に
もう一度、僕の名前を叫びたかった
怖かった過去も
閉じ込めた言葉も
全部 この風が吹き抜けていく
さあ、もう一度
太陽の下で叫ぼう
ーーただいま、夏。
【波にさらわれた手紙】
潮の香りが満ちる午後
あの日、書きかけた言葉を
そっと封じて波へとゆだねた
伝えたかった気持ちは
風に乗って遠くまで届くはずだった
けれどそれは、空の流れにまかせて
いまはただ見送ることにした
形にはならなくても
想いはきっと、生きている
海の底で眠るように
大地の奥で脈打つように
忘れたふりをしていた願いが
風のささやきとともに目を覚ます
あの手紙は、まだ旅の途中
やがてあなたのもとに
新しいかたちで還ってくるだろう
だから、待つのではなく
感じていて
呼吸のように静かに深く
【8月、君に会いたい】
蝉の声が遠くに揺れて
懐かしい記憶がふと胸をよぎる
あの夏の日
言葉にできなかった気持ちが
陽炎のように揺れていた
本当はずっと気づいていた
君のまなざしの奥にあるやさしさも
ただ静かに寄り添ってくれたやさしさも
目を逸らすことで守っていたものが
あると知ったのは
あの時じゃ遅すぎたのかもしれないね
でも、今なら伝えられる
あの夏より少しだけ強くなった自分で
8月
もう一度だけ君に会いたい
ほんの少しでも
あの時の続きを話せるように