ピノ

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3/20/2026, 7:47:33 PM

前方からゾンビがやって来る。
走る速度はもたもたしている。
電気つけっぱか、
ゾンビが眼前に迫っている。
行き止まりに来てしまったみたいだ。
まだ5分ある、
ゾンビが食いかかってる。







止まった。

何もかも止まった。ゾンビたちは行儀よく停止し、目の前にはゲームの一時中断画面のような選択肢が現れる。走馬灯にしては無機質だ。再開を選べばゾンビに殺される。終わりを選べば、助かる。もう分かってしまった。良かった。ここで止まるということは夢だ。どっちにしろ助かった。悠長に待っていても大丈夫だ。だってゾンビは襲ってこないし、襲ってきたとしても痛みはない。気長に構えることができる。よし、待ってみよう。この先はないのだろうけど、夢を操れているという全能感に浸ってみよう。
かすかに光、
ゾンビがやってきた!!!


停止。
簡単だ。方法は知っている。怖いものはもうない。
こうなったら、やることはあまりない。
ゾンビが消える。
必死に好みの女性を思い浮かべる。
なるべくはだけた格好で。






眩しい!!!!









あぁ、電気つけっぱだったんだ。
静かな部屋。ゾンビも女の子もいない。天井につるされた小さな満月。まだ夜か。いやそんなことはない。朝だ。
移す。時計。アラームは。確か、消した。
ということは!13分過ぎている。
これではもう、助からない。

12/15/2025, 10:33:42 AM

点滅、瞬く。
暗転、明転。繰り返す。

世の中は舞台であり、その舞台上にある装置が壊れ、ハリボテだと気付かされた時、人は絶望して世の中を不条理に感じるのだと。カミュが教えてくれた。

光が照っている。その間は舞台上で芝居は続いていて、終わることなど予感させない。暗転は急にやって来る。暗転なのかも分からない。予定通りに照明が落ちたのではなく、証明機材が落下してきて、音を立てて静寂をもたらしたのかもしれない。光が照っている間はここで終わりなんて考えない。まだまだだ。でも、きっと素晴らしいと思っている。

つくのか?明かりはもう一度つくのか?

暗転か、終演か。どっちだ。

少し、照って来た気がした。すこし明るくなった気がした。もう真っ暗ではない。光だ!
いや、目が慣れただけだ。

明日への光は唐突にいなくなる。予感などさせない。
悲劇の形で降り注いだデウスエクスマキナは、やはり舞台装置であって、神ではない。

暗転、反転、横転。
光がないと、どこにも行けない。
目が慣れただけじゃ、どこへも行けない。

11/12/2025, 2:57:02 PM

部屋のチャイムが鳴る。

今日は木曜日。木曜日に僕の家には宗教の勧誘をしに男性がやってくる。神様の言葉を借りて、僕にそれらしい心理を吹き込むが、それを聞くたびにその男性の心からの言葉なのか疑問に思う。

神様はどうして人間を創ったのか。あなた方の目指している幸福とはなんなのか。人に優しいとはどういうことか。神様がそうしろと言われたことに従うことが正しいのか、甚だ疑問に思う。

木曜日以外の曜日、僕は1、2時間ふとんに丸まって、考えに浸る。考えるのは決まって別れてしまった恋人のこと。優しい人間とはなんなのか。どうしたらよかったのか。これからどう生きるのか。そんなとき、誰かの工作した神様に縋っても何も意味がないことに気づく。慰めでしかない。

ひとは1人では生きていけないと言うが、本当にそうなんだろうか。意外とやっていけるものなんじゃないか。こういったことをぐるぐると考えていると、先の見えない大きな一本道をひた歩いているような感覚になる。ゴールがあるようで、実は目の前には途方もない壁が行く手をふさいでいるようにも思える。

同じところをグルグル回っているようでも、今日と昨日で考えていることは違う。180°の転換がある日もある。そう考えると、決まった道を回る迷路ではなく、とても簡単で、ただゴールはとてつもなく遠い、悪ガキの悪戯で作った迷路を歩いているのかもしれない。

今日は水曜日。ふとんから顔を出してデジタル時計を見上げると23:50を表示しながら、僕に曜日と湿度を告げる。
明日は木曜日。あの宗教勧誘の男性がやって来る。明日はもう一人、神の子羊を連れて来るそうだ。僕の部屋は手狭で汚いので、あまり2人も入れたくないんだけどなあ。

心の迷路。このぐるぐるとした考えをたったの4文字にして表現できてしまうのか。でも、そういった簡単な言葉では表せないんだけどなあと、言葉の存在を残念にも思ったりする。

走る。なのか、歩く。なのか、彷徨う。なのか、籠もる。なのか。どう対処したら良いかわからないが、どうにか外に出られたら良いと思う。空から、神様が手を差し伸べてくれないだろうか。なんなら蜘蛛でもいい。

まっすぐ伸びる終わりのない道を迷路と呼ぶこともできるだろう。