てゃ

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9/3/2023, 1:07:10 PM

『些細なことでも』

大した変化じゃない。違和感と呼ぶにも小さくて普通ならばふっと流してしまえるような、けれど確かに喉に引っ掛かる小骨のような何か。

「ねぇ」
「ん、なに?」

くるりと振り返った彼は一見いつもと何ら変わりないように見える。でもやっぱり何かが違う、そう感じてしまう。浮かべられた笑顔が普段よりもほんの少しだけ悲しそうというか、どこか翳りがあるというか。
きっと他の人ならば気が付かないのだろう些細なことでも、腐れ縁と呼べるほど長い付き合いを経ていればいやでも察せてしまうもので。

「なんかあったでしょ」
「…べつに、なんにも」

まっすぐ彼の目を見据えてそう問い掛けてみれば、ゆらゆらと居心地が悪そうに彷徨う視線。
微かだった違和感が、確信へと変わった。
しばらくじっと見つめてみるけれど、彼はぎゅっと口を噤んだまま俯いてしまっている。自分の本心を隠すことが上手な彼は、元来頑固なこともあって悩みを抱えていても中々素直に頼ってくれない。

長い沈黙が二人の間に横たわる。これ以上待っても、きっと彼が打ち明けてくれることは無いだろう。だからもう一度口を開く代わりに、そっと僅かに下がってしまった頭に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、びくりと彼の肩が跳ねた。
まるで先生に叱られている子供のような気まずそうな表情から一転、彼の目が驚いたように見開かれる。けれど制止の言葉が出ることは無かったから、そのまま所々跳ねた髪を指で梳くようにして柔らかく撫でた。

「あのさ」
「…なに」
「話ぐらいなら、いつでも聞くから」

顔を覗き込むようにしてそう彼に言えば、綺麗な瞳がゆらりと、先程よりも大きく揺らめいた。

「だから、話したくなった時はちゃんと話してよ」
「…うん、ありがとう」

僅かな間が空いて、ふわりと彼が笑う。花が綻ぶようなその笑みは、今度こそ間違いなく彼の本心から咲いたもののように見えた。

8/28/2023, 9:20:59 AM

『雨に佇む』

一面灰色の世界に浮かぶ、一際目を惹く色彩。

申し訳程度の屋根になんとか収まるように身を縮こまらせながら、ぼんやりとどこかを眺めている君を見つける。

手の中の傘をぎゅっと握り直して、僕は一歩を踏み出した。


8/25/2023, 3:39:55 PM

お題『向かい合わせ』

ことん、ぎぎぃ。

すぐ近くで鳴った物音に閉じていた瞼を薄っすらと開ければ、ぼんやりとした視界の中に映るのは酷く見覚えのある顔だった。

突っ伏して眠っていた俺と向かい合うようにして前の席に腰掛けているその人物は、こてん、と可愛らしく首を傾げながら、なおも寝た振りを続ける俺の顔をじっと見つめている。

なんとなく起きていることを悟られたくなくて薄らと開いていた目をしっかりと閉じ直したは良いけれど、突き刺さるような視線を感じながら真っ暗な視界の中でじっとしているのは中々に居心地が悪い。

いっそ今目覚めた風を装って目を開けてしまおうか。そう思ったその時、重たい前髪がさらりと不意に払われた。
露わになった額が冷たい空気に撫でられたのを感じた瞬間、そこに柔らかな感触が伝わった。ふに、と一瞬肌に触れたそれは、温かな吐息を一つ溢して離れていく。

今のって、まさか。俺がぴしりと硬直している間に、がたがたと慌ただしく机の動く音がする。
そのままぱたぱたと足音が遠ざかっていけば、遠くの方から聞こえてくる楽器の音や運動部の掛け声だけが響く静かな空間が戻って来た。

恐る恐る目を開けば、そこにはもう誰もいなかった。

夕陽に彩られた教室。色んなユニフォームを着た生徒たちが入り乱れる窓下の運動場。

俺がうたたねしてしまうまでと全く同じ光景の中で、ただ乱雑に放置されたままの目の前の椅子だけが、先程までの出来事が白昼夢などでは無いことを語っていて。

かあっと顔に熱が集まっていくのを感じる。どくどくと逸る鼓動がうるさい。火照った肌を隠すように手で覆えば、ひんやりとした指先が額へと当たる。振り払いたいはずのあの感触が、まだくっきりとそこに残っていた。

8/24/2023, 2:10:21 PM

視線の先、楽しげに笑うあの人の笑顔に、どうしようもなくやるせない気持ちになる。
愛しげに柔らかく細められたあの眼差しは、どうしたって俺に向くことは無い。
好きな人の一番好きな表情の筈なのに、その先にいるのが俺では無い事実が重く重くのしかかって、今はただ行き場のない気持ちを唇を噛んで逃がすしか無かった。視界がじわりと滲んで、堪らず顔を俯けた。