『些細なことでも』
大した変化じゃない。違和感と呼ぶにも小さくて普通ならばふっと流してしまえるような、けれど確かに喉に引っ掛かる小骨のような何か。
「ねぇ」
「ん、なに?」
くるりと振り返った彼は一見いつもと何ら変わりないように見える。でもやっぱり何かが違う、そう感じてしまう。浮かべられた笑顔が普段よりもほんの少しだけ悲しそうというか、どこか翳りがあるというか。
きっと他の人ならば気が付かないのだろう些細なことでも、腐れ縁と呼べるほど長い付き合いを経ていればいやでも察せてしまうもので。
「なんかあったでしょ」
「…べつに、なんにも」
まっすぐ彼の目を見据えてそう問い掛けてみれば、ゆらゆらと居心地が悪そうに彷徨う視線。
微かだった違和感が、確信へと変わった。
しばらくじっと見つめてみるけれど、彼はぎゅっと口を噤んだまま俯いてしまっている。自分の本心を隠すことが上手な彼は、元来頑固なこともあって悩みを抱えていても中々素直に頼ってくれない。
長い沈黙が二人の間に横たわる。これ以上待っても、きっと彼が打ち明けてくれることは無いだろう。だからもう一度口を開く代わりに、そっと僅かに下がってしまった頭に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、びくりと彼の肩が跳ねた。
まるで先生に叱られている子供のような気まずそうな表情から一転、彼の目が驚いたように見開かれる。けれど制止の言葉が出ることは無かったから、そのまま所々跳ねた髪を指で梳くようにして柔らかく撫でた。
「あのさ」
「…なに」
「話ぐらいなら、いつでも聞くから」
顔を覗き込むようにしてそう彼に言えば、綺麗な瞳がゆらりと、先程よりも大きく揺らめいた。
「だから、話したくなった時はちゃんと話してよ」
「…うん、ありがとう」
僅かな間が空いて、ふわりと彼が笑う。花が綻ぶようなその笑みは、今度こそ間違いなく彼の本心から咲いたもののように見えた。
9/3/2023, 1:07:10 PM